カイザー#藪蛇 | ナノ
提出し忘れていた本日期限のプリントを職員室へと持って行った帰り道のことだった。今日の弁当のおかずは何が入っているだろうかとぼんやり考えながら渡り廊下を歩いていると、木々が風にそよぐ音が妙に心地よくて、そちらの方にふと視線を向けたのだ。青々と生い茂る木の陰に人影が二つ。一方は良く知る人物で、もう片方は名前だけ知るサッカー部のエース君であった。どうやらこの状況は愛の告白といったところだろうか。様子を見るからに彼女が彼から想いを伝えられているようで、彼は若干頬を染めながら困ったように笑っていた。学校でひときわ目立つ彼から告白をされるなんて、なかなか彼女もやるじゃないか。野次馬本能、下品ながらもそんな興味が湧き上がってしまい、俺は彼女がどんな返事をするのだろうと柱の影に背を隠し耳をそばだてた。彼女の返事が聞こえてきたかと思ったら、盗み見た視線が彼女の両の目とぶつかり合わさった。しまった、と思った時には既に遅く、突き刺さる殺気に俺は苦笑いが思わず零れてしまった。これはたぶん、教室で顔を合わせた時に何かしら責めてたてられるだろう、彼女の無言の圧力を背に感じながら俺はこの場を後にし教室へと足を進めた。


教室に帰ってから弁当のおかずのハンバーグをもぐもぐと咀嚼しながら、先程は彼女にしては予想外の言葉を口にしたものだ、と思った。

---初恋の人がいるの

甘く砂糖菓子のように繊細で、触れたら壊れてしまいそうな言葉と声色であった。そんな甘い言葉で断りを入れられてしまったのならば、きっとあのサッカー部のエース君はなにも言えはしなかったであろう。きっと他の誰でも押し黙るを得ない、それくらいに熱の篭った一言であった。それほどまでに想う人が彼女にはいるのだと思うと胸の真ん中が擽ったい不思議な気持ちになった。彼女の秘密を握ってしまった、そんな思いに思わず込み上げる笑いを止めることができなくて、ふっと零れてしまったと思ったら、俺の前の席にやってきた人影が乱雑に腰掛けた。見上げた先には不敵に笑っている彼女が。自身の弁当の包みを開きながら俺の名を呼んだ。先程とは打って変わって心地よいとは言い難い響きであった。


「よくまあ趣味の悪いことをしてくれたわね、丸藤」
「偶然居合わせただけだ」
「だったらすぐに立ち去りなさいよ」
「あんな場面誰でも興味が湧くさ」
「やっぱり趣味悪いじゃない」


悪態を吐きながら彼女はフォークでおかずをぐさぐさと刺しては口に放り込んで行く。女子なんだからもっとおしとやかに食べることは出来ないのだろうかと思っていると、俺の考えが見透かされたかのように、誰かさんのせいで頗る不機嫌なのよと彼女は言った。悪かったよ、と言うことしか出来なくて、俺は只管苦笑いを浮かべていた。こんな状況ではあるが、あの言葉を聞いてから興味がそこから離れることはなかった。興味本位、口にしてみればきっと彼女の機嫌は余計に崩れるだろう、わかっていながらも俺は聞きたくて仕方がなかったのだ。


「初恋の人って?」
「…そこまで聞いていたの」


おかずをパクリと口にして、幾度か咀嚼したのちにむっとした顔で呟いた。本当に趣味が悪いわね、と瞳が語っていた。別に彼女の秘密を手中に収めたいとかそういう訳ではない。知りたいから、知りたいのだ。知ったところでどうなるか、などなにも考えていなかった俺は多分おそらく本当に阿呆だったであろう。興味本位、それは如何に愚かな行為であるかを知らなかった。次に発せられる彼女の言葉に、俺は身体どころか呼吸さえも止まってしまったのだから。


「あんたのことよ」


息を吐くように愛の言葉をと同等のそれを吐き捨てた彼女は、素知らぬ顔で右手のフォークで俺の卵焼きを突き刺した。そしてそれが初めから自分のものであったのかように口に運び、それから咀嚼し、俺はその挙動をなにを考えることもなく見守った。もう一度彼女が俺の名を呼ぶ。それは渡り廊下で盗み聞いたあの時の声色と似ていて。それを皮切りに俺は慌てたように呼吸を再開する。心臓が耳元で鳴り響いていた。

20160908
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