十代#神の仰せのままに | ナノ
怪しく金色の瞳を輝かせ、白衣を着込んだこの男は、綺麗な唇を弧に描きながら、まるで舞踏会へと誘うかのように重い鉄の扉を引いて私を中へと迎え入れた。扉の向こうに広がるのは薄暗い下りの階段。男は明かりが無いにもかかわらずゆっくり階段を降りていく。慣れているかのようで歩みに迷いは一欠片もない。そして私は彼の背中を追いかけた。薄暗いこの空間で足を踏み外したらどうしようという考えが頭をよぎるが、彼の速さに合わせて歩を進めねば、目の前の彼が暗闇に消えてしまいそうで、怖くなった。この人を見失ってしまったのならば、私は暗闇に閉じ込められる。希望という光すら届かない暗闇に。だから必死に追いかけた。彼の揺れる白衣を。

さあさあやっと到着だ。

彼は歩みを止めて私の方へと振り返った。私は息を一つ飲み込んだ。迷いはない。それから目の前の彼は私をじいっと見つめ、ずっと待っていたんだ、と懐かしそうに瞳を薄め呟いた。私を?それともこの瞬間を?尋ねることなく私は彼の後ろの扉を見据えた。白衣の男の視線が痛いほど突き刺さる。これでいいのかと聞かれている気がした。



あの人は本当に天才だったよ。

白衣の男、遊城十代と名乗った彼はそう吐き捨てた。


俺が逆立ちしても追いつくことなど出来ない、根っからの天才で、それから、馬鹿でもあった。俺はいつだってあの人の発想や考え、発見に驚かされた。いや、俺だけではない、チームメンバーや研究主任、俺が御目にかかれないような立場の人たちまでも、あの人の研究に驚嘆し、期待し、そして称賛した。いつかあの人に追いつきたい、そう思って俺はいつも己を奮い立たせてきた。あのときはまだあの人は努力次第で追いつける人なのだと、俺は勘違いしていたんだ。そしてあれから時は流れ、俺は身を持って知った。あの人は、言うなれば神の権利すら再現し得る頭脳を携えていたのだ、と。


「これを作ってしまったのだから」


遊城十代は右手の手の甲で鉄製なのかなんなのか、私には到底理解出来ない複雑なつくりをした機械をコンコンと叩いた。

これがあの人の最高傑作だよ。
あんたの恋人、丸藤亮のな。

遊城十代は悲しそうに笑っていた。


あの人が地下の研究室に篭り切ってはや二ヶ月が経とうとしていた頃、俺は呼び出された。要件もなにもなく、ただ来てくれ、と。俺はすぐさま向かうとの返信を入れた。あの人が研究室に篭り切っている間、なにが行われているのか、きちんと食事をとっているのかすら、わからなかった。だから心配だったのだ。不慮の事故で突然恋人を失ったことをきっかけに、部屋から出て来なくなったものだから、仲間内では後追い自殺でもするのだろうかという噂が囁かれつつあった。恋人がいなくなったあの頃のあの人は、見るからに衰弱していたものだからあり得なくもない噂に、怖かったのだ。かといっても自分にできることなど、なにもなかった。だからあの人からの連絡がとても嬉しくて、早足で向かった研究室には、俺の想像の遥か先を行った研究が不気味に佇んでいた。

あの人は言った。これで世界を作り変えることが出来るのだと。そんな馬鹿なと俺はおもった。けれども彼の今までの実績や研究からするとその可能性は否定することは出来なかった。不気味な機械を前に俺は身を震わせた。彼は神が持ち得る権利を手にしてしまったのだ。この瞬間から、この人への羨望はもはや崇拝に到達した。俺にとって神であったのだ。
これを持ってすれば世界全ては彼を平伏しただろう。莫大な権力、金銭を手にすることが出来ただろう。けれども彼は馬鹿であった。本当に馬鹿だったのだ。


「世界全てを変えてしまえるこの機械を、あの人は自分のささやかな願いのために作ってしまったんだ」


君に会いたいという、ささやかな願いのためにね。


「君が生きている世界に作り変えた。けれどもそのせいで自分は現実改変の波に飲まれて消えた。…馬鹿な人だよな」


遊城十代の金色の瞳がまた怪しく輝く。私に選択を突き付けるかのように。亮の手がかりを手繰り寄せて、ここに辿り着いた時点で私の選択は決まっている。そのために私はここにいるのだから。


「私は、使うわ。」


亮が生きている世界を。それが私の望み。
遊城十代は笑う。少しだけ、悲しそうに見えた。気のせいかも、しれないけれど。


「お願いがあるの。これを起動し終わったあと、2度と使えないように壊して」
「…あの人の愛した人の最後の願いだ。聞き入れよう」
「ありがとう」
「…また会う日まで」


機械を起動し、彼女の望む世界に現実が作り変えられる。恋人の存在を望んだ代わり、彼女は以前のあの人のように改変の波に飲まれて行った。それから俺は彼女の言った通りに手当たり次第にぶち壊した。二度と起動出来ないように。あの人の最高傑作であった物がスクラップと化し、音もなく佇む前に俺は立ち尽くした。それから俺の背中側から扉の開く音がした。この場所を知っているのは、扉を開ける鍵を持っているのは。


「…十代」


聞き慣れた声にゆっくりと振り返れば、懐かしい姿を視界に捉えた。彼女の望みは叶えられたのである。ここにいる彼は、かの機械を作り上げる以前の彼であるはずだ。そう、恋人をなくし、研究室に篭りきりになる前の彼。なぜそうだと言い切れるかって?なんてったって、俺はこれを48回も繰り返しているのだから。


「暫く、研究室に篭る。連絡するまで、此処には来ないでくれ」
「なにか研究でも思いついたのか?」
「出来るかどうかわからないが、試してみたいんだ」


貴方なら、出来るさ。出来るに決まっている。だって貴方は何度それを作り上げてきたことか。俺は、47回それを作り上げ、自分の望みを叶え消えていく貴方を見届けた。そして同じ回数だけ、消えた貴方の手がかりを手繰り寄せてここにたどり着き、己の望みを叶えて機械の破壊を願い消えていく貴方の恋人を見てきた。


「また、二ヶ月後に」


彼は俺の言葉に眉を潜めたが、特に詰め寄られることもなく横を通り過ぎることが出来た。
きっとこの連鎖を止めることが出来るのは世界で俺ただ一人だけだろう。だが俺はきっと死ぬまでこの連鎖を断ち切ることはしないだろう。なんてったって、自身の信ずる神たる人とその寵愛を受けた人の願いそのものなのだから。彼らの願いを捻じ曲げ介入することなど、出来やしないのだ。

そして48回目の現実改変が、近づいていた。

20160813
参考→SCP_2000
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