吹雪#男ってのは | ナノ
亮と付き合って2年だった。たった2年だったかもしれない。けれどもその2年は私達にとってとても大切な時間で、彼とともに歩んでいきたいと決意するのには十分な時間であった。彼は口数は少なかったがいつでも私のことを一番に思ってくれていた。私が夜中に会いたいと電話をかければ、寮の外出禁止時間であるにもかかわらず、なんの戸惑いもなく当たり前かのように私の元へと飛んできてくれた。私が何も言わなくとも、そばにいて欲しいときには彼はずっと私のそばにいてくれた。なぜ言葉がなくとも私の考えていることがわかるのか不思議で、尋ねてみたことがある。その時彼は、君の気持ちに応えたいという想いが大きいからわかってしまうんだ、なんて歯の浮くような台詞を照れ臭そうに言っていたけれど、本当はただ私が顔に出やすい性格であるからだって、知ってるんだ。そのことに触れずに慣れない台詞を口にする彼が、愛おしくて、堪らなくて、私は彼が大好きだった。彼がそばにいてくれれば、それだけで良かったのだ。

デュエルアカデミアを卒業した私達は当たり前かのように、同じ部屋で生活し始めた。彼と一緒に両親に同棲する旨を説明しに行った時、彼は言ったのだ。結婚を前提に付き合っている、と。今まではっきりと言葉にしたことがなくて、お互いに秘めた想いのようにしてきたわけで、改めてその言葉を聞いて私の鼓動は高鳴った。これから先の人生、彼とずっとともに、歩んで行くのだと。

彼と付き合って2年目のある朝、ソファに座る彼の隣に腰かければ、彼が珍しく見てわかるほど上機嫌であることに気が付いた。彼の手元にあったのは、今日の試合の内容と対戦相手のこれまでの戦歴だった。エドフェニックスと戦えるなんて光栄だ、と彼は私の背に腕を回しながら微笑んだ。私も彼の手元の紙を見ながら、エドフェニックスの戦歴に驚嘆した。デュエルアカデミアでずっと彼のそばで見守ってきた私からすると、彼が挑戦者であることに少し違和感を感じる。これまで順当に勝って来ているし、きっと今回の試合に勝てば彼の実力はプロリーグでも認められ、リーグに君臨する皇帝になり得るだろう。目を閉じればその光景が浮かんで来る気がして、私は思わず笑みが零れた。それから彼は私に回す腕の力を少し強め、言ったのだ。

「この試合に勝ったら、伝えたいことがある」

彼の凛とした声が私の鼓膜を揺らし、それから、はい、と一言返事をした。私の鼓動は高鳴った。彼が言わんとしていることが、わかってしまったのだから。




「けれども亮は、エドに負けてしまった。帰ってくる彼をどう出迎えればいいか、私泣きそうになるくらい悩んだわ。悩んで、悩んで、でもそれは無意味だった。亮は帰ってこなかったのだから。私、探しに行けなかったの。彼の気持ち、痛いほどわかっていたから…」
「…それから?亮は帰って来たのかい?」

彼女の話を静かに聞いていた吹雪は、言葉が途切れたところで彼女を見つめた。そして、彼女が小さく息を吐き出したのを見計らって、続きの言葉を求めた。

「…ええ、三日後に帰って来たわ。私は泣き腫らした顔で彼を出迎えた。けれども彼は私の顔を見ることすらせずに、言ったのよ。別れようって」

彼女は長く密度の高い睫毛を震わせながら、呟いた。亮と決別を決意した自身を悔やんでいるのか、避けることのできなかった別れに嘆いているのか、微かに唇を噛み締めているようで、僕は思わず指先を彼女の唇に伸ばした。薄桃色の唇は僕の指先より熱を帯びていて、彼女は俯かせていた視線を上げて僕を見つめた。


「私は、ただ亮と居られるだけで、良かったのに」


彼女の想いとは裏腹に、きっと亮は己が許せなかったのだろう。彼女に告げた、勝つという約束を守れなかったことに、そして自分の無力さに。僕は亮の気持ちが痛いほどわかっていた。言葉にしようがない、譲れない何かがあるのだ。プライドと言えば聞こえがいいかもしれない、それとは少し違う、もっと薄汚く醜いもの。彼女は負けようが勝とうが、一緒に居られればそれで良かったかもしれない。けれどそのまま結婚したとして、亮は彼女と共にいようが、一生己に問いかけ責め続けたのだろう。言葉を果たせなかった自分が、彼女に見合う人間であるのか、と。

涙を瞳に溜め込んで、血色の悪い顔色をした彼女を見て、亮は馬鹿だな、本当に馬鹿だ、と思った。しかしながら、かく言う僕も馬鹿だったのだ。このまま彼女の哀しみに漬け込んで恋人のポジションを得ることなんて簡単なのに、それができないでいる。その理由は、彼女が愛した男に一度も勝てていないからだ。亮に勝てないまま、彼女に思いを伝えることなど出来ない。僕も、彼同様に、譲れないものを抱えていたのだ。

「男ってのは馬鹿な生き物だからさ」

ごめんね。心の中で呟いた。自分と、亮の分まで。

20160810
--------------
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -