819 | ナノ
幸せとはこういうものだったのか。

やっとのことで私がそう理解できた時にはその幸せはあっけからんと私の手のひらからこぼれ落ちていった。急いで落ちていった欠片を集めても集めてもそれが元に戻ることもなく、私の心の真ん中は黒く塗りつぶされてしまった。

仕方ないんだ、しょうがないんだ。幾度となく自らに呪文のように言い聞かせた言葉。今ではもうそんな言葉は慰めにもならなくなった。いや、今では、じゃない。昔から、自分にそう言い聞かせていたときから、そんな言葉は意味など慰めなどなってはいなかったのだ。ただ、自分を偽っていただけ。わかっている、と。自分の気持ちを握り潰して、なかったことにして心の奥底にしまいこんでしまった。

なにが一番残酷って、私の幸せが消えてしまったことではなく、私が自分を必死に偽っていたことを、影山は知りつつも、知らないふりをしていたことだ。
それのことは私も気づいていたし、彼も私に気づかれていたことを理解していたのだろう。いつだって彼は私に向かって無理に笑っていたのだから。彼の苦手な笑顔が、より引き攣っていたのをよく覚えている。きっとそれは彼にとって、私へのせめてもの罪滅ぼしだったのだ。私をおいていってしまうことへの。

会いたい、影山らしくないメールが届いたとき、私はもう覚悟していた。

私の幸せはなくなってしまうのだと。なぜ、幸せがなくならないように努力しなかったのか、足掻かなかったのか。そんなのものの答えは簡単だった。努力しなかったわけがない、足掻かなかったわけがない。すべてすべて、無駄に終わってしまったのだ。そして思い知らされた。私なんかという小さな存在が足掻いたところでなにも変わらないのだと。

私が今ここで死のうとも、世界は周り続けるのと同じように。

私は愛する人を間違えてしまったのだと思った。終わりが待ち受ける恋なんかに、身を投じた自分が馬鹿馬鹿しく思えた。でも、影山から別れの言葉を告げられたとき、この人以上に愛せる人など現れないだろうとも思った。それほどまでに愛していた人に、私は笑顔で別れを承諾した。彼の瞳が揺れていたのを覚えている。きっと私も同じような顔をしていただろう。

今でも瞳を閉じれば彼の姿が思い浮かんでくる。私の名前を呼んで、困ったようなぶっきらぼうな顔をする彼。それから恥ずかしそうに視線を外して、好きだと言ってくれた。私も、好きだった。心から。

ふと彼の声が聞こえて私は瞳を開けた。視界に飛び込んできたのは、テレビに映り、世界を相手にした試合結果についてあのぶっきらぼうな顔をして、インタビューに答える彼の姿。ああ、よかった、これでよかったのだ。彼が心から望んでいた夢を叶えられて。


「これ以上ないくらい、愛してたよ」


涙で歪んだ視界では、テレビの中の彼の表情はもうわからなかった。

20181230
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