819 | ナノ
呆然とした。ドクンドクン、血液が心臓から送り出される音が耳元で鳴り響くようだ。脳も心臓も肺も動いている。だけど私は指一本すらも動かせなかった。

今度からはちゃんと確認してから入室するんだった、とか、影山ってこんな人だったんだ、とか、情事の時の女の子の喘ぎ声ってこんなにも艶やかなのかとか、阿呆みたいなことばかりが頭を駆け巡る。女の子が私の開けたドアの音でこちらを振り返ろうとするが、彼が彼女の頭を腕で固定し激しい口付けをすることでそれは妨げられた。嫌な水音をたてて続けられる口付けの間、影山は私と視線を合わせたまま離さなかった。私も視線をそらせなかった。本当はそらしたいのに。

彼が私の机の上に座り、彼女と対面座位で繰り広げられている光景に吐き気がした。できることなら暴言の一つでも吐き捨ててやりたかったのだが、生憎彼のお相手をしているのはわたしの大切な友人のひとりであるのだ。私がこの場面に遭遇してしまったなんてバレたくなかったため、私は声を発することなくこの場から足を走らせた。どこへ向かうかは決めてはいない、ただ全力で走り続けた。

何時の間にかたどり着いた社会科準備室で、呼吸を荒げながら私はへたり込んだ。あの場にいた私は頭が混乱していた。だから変に冷静だったけれど、逃げ出してきた今よく考えてみればあれは何だったのだ。

私はケータイを机の中に忘れたのを思い出して放課後教室に戻ってきただけだったはずなのに。そしたら友人とクラスメイトである影山の所謂不純異性交遊に遭遇してしまった。最後に見た影山の狂気じみたあの視線が蘇ってくる。もう、わけわかんなすぎる。髪の毛をくしゃりと握りしめ、ひとつ息を深く吐き出した。すると頭上の方から私の名を呼ぶ声が降ってきた。なんで、この声は、影山。また心拍数が上がっていく。嫌な緊張が蘇ってきた。ゆっくりと見上げれば彼はいつもの様に眉間に皺を寄せながら、私のケータイを見せびらかしてきた。なんで、こいつが私のケータイを。


「上手くいって良かった」
「…なにが…」
「お前、ケータイ肌身離さないタイプだろう」


その一言に、ゾッとした。そう、普段は肌身離さない筈なのに、今日ばかりは教室に忘れてきてしまったのだ。


「…か、げやまが、私のケータイ隠して、取りに来させるよう、仕向けた…」
「正解」


にやり、と言った擬音がしそうな笑みだった。取りに来させるよう仕向けたというのは、私をあの状況に遭遇させたかったから?なぜ?これこそ私には意味不明だった。ただのクラスメイトの私にあんなものを見せつけたところでなにがあるというのだ。私は友人の秘密を目撃してしまっただけにすぎない。影山にはなんの得もない。


「…返して」
「恋は盲目って言葉、知ってるか?
俺も最近教えて貰ったんだけど」
「…ちょっと」
「人を盲目的に好きになるって意味じゃなくて、その恋のせいで常識や理性がなくなることなんだとさ」
「人の話、聞きなさいよ」
「なあ、知ってたか?随分前からお前の友人達とこんな関係になってる」


呼吸が一瞬止まる。だって影山が続けて言った名前が、私がいつも一緒に行動しているメンバー全員のものだったから。なんだ、それ。そんな私を余所目に彼は、俺が持ちかけた、と言う。


「狡いだろう。いつもお前のそばにいて。
だからお前と触れ合ったりしてる身体、犯してやった」


こいつ、頭おかしいんじゃないか、恐怖で怯えた瞳で彼を見上げた。私の表情から考えを読んだのか、影山は吐き捨てるように笑った。


「恋は盲目」


私か、影山か、どちらがそう呟いたのかよく覚えていない。

本当に混乱に陥った時、脳は仕事を放棄してしまうことを知った。ただただ、現実逃避をする。脳内で逃げたところで現実は変わりしないと言うのに。くつくつと笑う影山の不気味さに、はっと我に返った私は無我夢中で彼の腕から自らのケータイをひったくり、全力疾走した。
逃げるのか、なんて呑気な声が聞こえたが、振り返った先には獲物を捕らえようとしている獅子のような瞳の鋭さをもった影山がいて、恐ろしく思った。どこに走ればいいのかわからない、でも走らなければ。後ろから彼が迫ってくる足音が聞こえる。


「逃がさない」


駄目だ、捕まってしまった。

2018/12/24
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