819 | ナノ
朝練が終わって教室に入ればそこは生徒たちで賑わっていた。入り口に屯しているクラスメイトに挨拶すると、相変わらず朝から煩い、なんて揶揄を受ける羽目になった。もうこの扱いには慣れたものだ。それから自らの席にたどり着けば、となりの席の彼女は、俺に向かっておはようと微笑んだ。彼女だけは俺を煩いキャラ扱いせずに接してくれる。今日も笑顔が眩しかった。でも今日はいつもより上機嫌であることに気がついた。ああ、そういえば彼女は今朝の朝練をこっそり見にきていたっけ。あの時ばかりは、いつもは声をかけてくれるはずの彼女は、俺がすぐ後ろを通ったのにまったく気づかなかった。その理由は分かり切っている。彼女の意識全てがアイツに持ってかれていたからだ。その時の彼女の表情のせいで、話しかけようとした言葉を俺は飲み込まざるを得なかった。思い出しただけでも胸の奥底からどろどろとした感情が込み上げてくる。誰かを見つめている彼女なんて見たくなかった。愛おしそうに、嬉しそうに、頬を緩ませている姿なんて見たくなかった。

いつだったか彼女と話すたび心踊るように感じることに気がついた。それとなしに赤葦に話してみた時にそれの正体を知った。赤葦は困ったような表情を浮かべながら、それは恋じゃないんですかと言った。赤葦に言われて初めて、自分が彼女に恋をしているのだと気がついた。初めてだったこんな感情。朝、彼女が挨拶してくれるのだって、他愛ない話をするのだって、微笑みかけてくれることだけでも、全てが全て俺の心を鷲掴みにしたのだ。俺はこの感情を教えてくれた赤葦に感謝をしている。だが、同時に憎らしくも思っている。だって、彼女の心をつかんで離さなかったのが、赤葦だったのだから。


「木兎、今日はなにか上機嫌?」
「…そう見えるか?」
「うん。なにかいいことあったの?」
「いや、寧ろ嫌なことならあったけどなあ」
「そうなの?」


不安そうにこちらを覗き込む彼女の瞳に思わず背筋がゾクリとする。異常な高揚感。そんな風に俺を気にかけないで欲しい、そんな風に心配するように俺を見ないで欲しい。その度に俺は居た堪れない気持ちに追いやられるのを彼女は知らない。


「ああ、そう言えば、聞いてくれよ」


言ってしまった、言い出してしまった。俺のドス黒い感情が背中を押した残酷な言葉を。栓を切ったかのように零れ出した言葉はもう止まらない。


「あの赤葦に好きな人が出来たらしいんだよ。しかも年下」


彼女が目を見開くのが横目で見えた。そんな彼女に追い打ちをかけるように、なにも知らないといったようにすっとぼけた声で、どうした?と問いかける。彼女は必死に取り繕った笑顔で、なんでもないよと返してきた。突然突きつけられた現実に戸惑いと絶望が隠しきれてない彼女。その姿ですら愛おしい。

そのままずっと俺の嘘に惑っていればいい。心からそう思った。

20190112
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