帝の君 | ナノ
a wit talk
口止め料
ーーー口外を禁じるための金品
口止め料ってんなら辞書にあるとおりものをよこせ、ものを。カイザー先輩を睨みつけてやれば彼はなにをそんな睨むんだと言いたそうな視線でこちらをうかがっていた。たぶん彼のこれまでの人生ではその行為が口止めに効果的だったのだろう。いやでもそれはたぶん貴方に好意を向けている人間に対してだから通用してきたんだと思うんだけれど。ごく一般人には通用するもんか。
「女子はみんなこれで喜ぶ」
ああ、やっぱり。彼の認識具合にずっこけそうになる。頭の良い人とお金持ちの人は本当になにを考えているのかわからない。育ちが違うとここまで考えに違いが出るものだろうか。ああ、普通の家庭でよかった。普通に育ててもらえてよかった、両親に感謝だね。
「私にとってはドローパンの方が魅力を感じます。というか口止めされなくても言いませんて」
そんなに信用ありませんか私。そう続けて言おうとしたけれど、つい昨日言葉をかわしたばかりの相手に信用を寄せろというのも無茶なことかもしれない。彼からしたら私は得体の知れない相手なのだから。
「誰かに告げ口しても信用されませんよ私ごときの言葉」
あなたと私じゃあアカデミア内での信頼度合いが天と地ほど違うだろうから。安心して励んでくださいとは言いづらいけれど、寧ろやめた方がいいと思いますけれど、それは言葉にしなかった。彼の行為が私以外にばれようが彼の信頼が失墜しようとも私には全くもって関係ないことなのだから。
「あら、亮じゃない」
「あ、明日香おかえり」
「あなた、亮と知り合いだったの?」
「ええ、まあ」
「昨日彼女に随分と間抜けな姿を目撃されてしまってな、口止めしてたところだ」
「亮の、間抜けな姿?」
「ちょっと穴にハマっていたところを、な」
立ち上がり、それからニヒルに笑って彼はそう言った。私は彼の言い回しに思わず咳き込んだ。そんなユーモアさいらないですから。
20160604--------------