帝の君 | ナノ
they got into the hole


教室のドアが空く音がして、俺はさっき出ていった女が戻って来たのかと思った。顔を上げることなく、聞き分けが悪い女も嫌いだ、と吐き捨てた。この女はもう二度と呼ぶことはないようにしようと心に決めていると予想もしない声色が頭上から降ってきた。ずっと聞きたかったかもしれない、聞きたくもなかったかもしれない。声を聞くだけで俺の胸は鼓動を速めた。ごくりと生唾を飲み込み現実を確かめるために恐る恐る顔を上げる。俺を見下ろす姿が見えた。彼女であったけれど、蛍光灯の逆光のせいで表情がよく掴めない。彼女はもう一度消えそうな声で俺の名前を呼んだ。たったそれだけで胸を捕まえられたような思いになる。

俺の本当を知った君はきっと軽蔑したであろう。それ以上に薄汚れた俺の頭の中を知れば、君はもう俺の前に姿を現してはくれないだろう。だけれどもそんな俺をわかって欲しいと思ってしまうのだ。君には受け入れて欲しいのだ、と。


「この気持ちは恋と呼んでも良いのだろうか」


見下ろす彼女はなにも言わない。彼女から視線を外し、足元へと向けた。背中に音もなくのしかかるのは絶望、悲痛か。静かな教室で彼女の息を飲み込む音が聞こえた。


私にとってカイザー先輩は、手の届かない存在であって欲しかった。今もそう、願っている。本当の貴方を知れば知るほど、自分がどれだけ貴方にそうであって欲しいと願っていたのかを思い知って、それから、貴方を羨んだ。だからこそ、私なんかに手を伸ばす貴方は見たくない。けれども、あの時、選抜トーナメントの日、私でなくともいいのだと思い知らされて、胸を抉られた思いになった。相反する思いが交わることなく延々と頭の中を彷徨い続ける。見下ろした彼は酷く小さな存在に見えた。


沈黙がこの空間を支配する。何故先日俺を振り払った彼女がこの場にわざわざ足を踏み入れ、俺の言葉をおとなしく聞いてくれているのだろうと考えると、どうにも自惚れが生じてしまいそうで、その前にそれを踏み消してしまおうと思った。


「一瞬でも君を性欲処理の女と同等に扱ったような男だ。捨て置いてくれて構わない。

…さっさとこの場から居なくなってくれないか」


その言葉に頭に過ったのはあの時、首元に噛みつかれそうになった時のカイザー先輩の表情。切羽詰まったように眉を顰め、強く見つめて来たあの瞳。足元を見つめる今の彼と重なった気がした。去れと言葉で言っているのに、行くなと訴えかけられているように錯覚する。


「私は」


震えた彼女の声に思わず視線を上げた。困惑で瞳を揺らし、今にも泣きそうになっている彼女と視線がかち合う。その時思ったのだ。底の見えない落とし穴に嵌ってしまったようだ、と。このまま力付くで彼女を捕らえてそれから我が物にしてしまったのなら、彼女は一層蔑んだ瞳で俺を責め立てるのだろうか。瞳から涙を零しなにも言わない彼女の姿が脳裏を過ぎり、それから俺は自分の愚かさを感じながらゆっくりと瞳を閉じた。

20160822 the end
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