帝の君 | ナノ
a hole can't speak


ここの連中は舌が肥えているうえ随分と頑丈な胃袋をお持ちのようである。私はブルーの制服に着替えつつお気に入りのパックのアップルジュースを朝ごはんに啜った。オベリスクブルー寮ではきちんと朝ごはんは食堂で用意されてはいるが、それらが朝っぱらから食べれるものかと言いたくなるようなものばかりなのである。残念ながら庶民の出である私には豪華すぎるし朝から胃もたれはごめんなので、いつも実家から送ってもらう食パンやジュースを朝ごはんにしている。友人たちからはあり得ないと言ったような反応ばかりされるが、育ちが違うのだよ育ちが。自室で食べることができるから時間に縛られることもないし、誰も見てないから食べながら歩き回ったりやりたい放題できるのだから私的には優雅な朝を過ごしている。みんながまだ食事中であるだろう時間に私は早めに自室を後にした。向かう先は教室である。誰もいない私しかいない教室って、地味にお気に入りなのだ。さあさあ静かな教室でデッキ調整にでも励もうかなと上機嫌で教室の扉に手をかけようとした瞬間、中に誰かいる気配がして身体が固まった。私より先に来ている人がいるだと?一体誰だと扉の硝子からそっと覗けば人影が二つ見えた。その姿を捉えた私は、あ、やばい、直感的に思いすぐそばの柱に身を隠した。女の方は見たことはあるけど名前が分からない、たぶん先輩だった。もう一人はカイザーこと丸藤亮だった。別にその二人が一緒にいることに別に危険を感じたわけではない。ただ、二人の格好が問題だったのだ。はだけた制服と異様な雰囲気に、見てはいけないものを見た、心からそう思ったのだ。

しばらくして扉が開く音がして、身を隠したのは正解だったと安堵の溜息をついた。それから会話が聞こえてきた。


「また呼んでくれたらいつでも飛んでいくからね」


甘ったるい声でそんなことを言いながら、男に口付けを強請るような仕草をする女が見えた。そしてそれに応えるカイザー。まじかよ、声に出さずにそう呟いた。カイザー亮、朝っぱらから教室で密会、スキャンダルな週刊誌のタイトルになりそうだなんて思った。やっぱり制服がはだけていたことといいこの雰囲気といいたぶん教室でやることやってたんだろうな。ここの連中は朝食から胃もたれするもんは食べるし朝っぱらから逢引はするしで、私の常識からかけ離れ過ぎていて頭を抱えたくなる思いだ。それから女の方が小走りに去っていき、残されたカイザー亮はどこか遠くを見つめて立ち惚けていた。制服の袖で自分の唇を拭い、それから呟いた。


「気色が悪い」


は?なにいってんだ?と驚きで身動きしてしまい壁とぶつかり小さな音がなった。彼はそれを聞き逃すことなく、誰だ、と低い声が響いた。やばいやばい、私は何も悪いことしてないのになんでこんなに怯えなくちゃならないんだちくしょう。身体を強張らせていると彼の足音が近づいて来て、それから目が合った。


「か、カイザー先輩、恋人がいらっしゃったんですね、知らなかったです」
「…俺に恋人なんていない」


はあ?この人は私にどれだけ驚愕をもたらせば済むのだろうか。あんな行為をしておきながら恋人がいないっていうのはおかしいじゃないか。じゃああの人はなんなんだ、と思ったけれどそこまで首を突っ込む関係性じゃない。なんてったって彼とまともに言葉を交わしたのは今この時が初めてなのだから。よし、立ち去ろうと思い立った瞬間、彼の俯いていた視線が私とかち合わさった。


「ただ突っ込むための穴だ」


とんでもない台詞が飛び出して来た。しかもそれをさもあたりまえかのように言うのだから、私は思わず一歩後ずさる。口端をひくつかせながら、思わず言ってしまった。穴は、喋りませんよ、と。その答えがどうやら彼のお気に召してしまったのか、彼は腹を抱えて笑い出す。


「それもそうだ」


こんなことに遭遇するなら、胃もたれしても朝食を食堂で食べとくんだったと私は心から後悔した。

20160518
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