帝の君 | ナノ
instead of her


柔らかい肌に触れれば頭に浮かぶのは目の前のうろ覚えの名前の女などではなく、最近この頃はいつだって、彼女であった。
裏庭で彼女に許しを乞うてから、もう何日と時間か経っていた。あの日までは俺は意識的に彼女に出くわすように仕組んでいた。けれどもあの日を境に彼女に近づいてはいけないという思いが胸に鋭く突き刺さり、あれから彼女と一言も言葉を交わすどころか面と向かって鉢合わせることを避けてきた。その間にも言うまでもなくアカデミアではデュエルを避けることは出来ず、感情の高まりの処理に明け暮れていた。以前と何ら変わらぬ日常であったが、一つだけ変わったことがある。腕に抱くこの女が彼女であったならば、彼女であるとして、そんな考えがいつの間にか頭を支配するようになっていたのだ。彼女に対する罪悪感と自らの欲望が満たされる幸福感に頭が溶けてしまいそうだった。

許してくれと思いながら、彼女ではない女を掻き抱く。なんてふざけた光景だ。全てが終わったときにはいつも、俺の瞼の裏で睨みつけてきたのは彼女の蔑んだ瞳だった。

このまま彼女と関わらない方がいいのかもしれない。今までの数度のやりとりだけでもすぐにわかった。凛として聡明な女性なのだと。けれどもたまに見せる気の抜けた姿が、普段との差でより少女らしく愛らしく見えた。しかしながらそう感じるのは俺だけではなかった。そこらかしこで彼女の話題を耳にした。皆が知っていたのだ、彼女が魅力的なのだと。だからこそ、こんなみっともなく穢れた俺が、すがっていい相手ではないのである。彼女に許されたいと願うことさえ烏滸がましいのだ。だからせめて想像の中だけでも許しを乞わせて欲しいのだ。



壁際に追いやられ、頬を上気させた女が俺に迫り来る。自ら呼び出したとは言え、めんどくさいという思いがせり上がってきた。身体を重ねてすり寄ってくると甘ったるい香水の香りが鼻につく。彼女はこんな下品な香水なんかつけない。おかげで目を閉じて頭の中で彼女を思い浮かべようとも、その香りのせいで無残にも掻き消される。言葉に出来ない妙な思いのせいで俺の腕を掴んでいた女の手を振り払った。理解が出来ないといったように笑顔が固まる女を見て、吐き気がした。女に不快感を感じたわけではない。俺自身に、だ。


「悪い、帰ってくれ」
「な、なんで?」
「気分じゃなくなった」
「大丈夫!私がその気にさせ…」
「しつこい上に頭が悪い女は嫌いだ」


吐き捨てた言葉に女は息を一つ飲み込んで、それから強張らせた身体を無理やり動かすように俺の前から立ち去っていった。それから俺はもたれかかった壁にずるずると背を引きずらせるように地面へと崩れ落ちた。両の手で頭を掻き毟るかのように抱き、それから首を擡げる。俺は今までうまくやって来たつもりだ。勉強もデュエルも欲望の捌け口も。それなのに突然現れた彼女という存在は、俺の胸をぐちゃぐちゃと掻き乱し、それから俺を酷く責め立てる。彼女を他の女と異なると特別視しつつも、他の女のように彼女を喘がせたいと願ってしまう。下世話な存在として見たことを彼女に許しを乞うておきながら、想像の中の彼女の蔑んだ瞳に背筋を打ち震わせたりしている。俺の胸を渦巻くこの感情は恋と言うには、酷く、酷く


「歪曲している」


嘲笑が静かに響いた。

20160818
--------------
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -