帝の君 | ナノ
why are you here?


悪かったよ、三沢君は何故だか私に謝りながら悔しそうに笑っていた。多分昨日夜遅くまで調整に付き合ってくれたのに敗北してしまった、という点で彼は私に謝罪をしているのだろう。そんなの謝るようなことではないのに。だって逆の立場だったら私が謝るのを貴方は遮るでしょうに。申し訳なさそうに肩を落とす彼に、私は慰めの笑顔を向けるしかできなかった。結局、成績上位者トーナメントで優勝を収めたのはアカデミアの誇るカイザー亮であった。もしこのトーナメントに十代が加わっていたとしたら、十代が優勝する未来も少しは可能性としてあったかもしれないと思った。彼はデュエルのカリスマ性はとびきりなのだから、カイザーを打ち破ることができたかもしれない。しかしながら筆記はからっきしだから、選ばれることはゼロに等しい。夢物語に過ぎない、と1人小さく笑った。

明日香や十代、翔くんたちが三沢君を励ますように彼を取り囲んだ。その横で私は優勝者の姿を視線で探したが、残念ながら彼はもうデュエルリングにいなかった。全校生徒が観戦していたのだ、デュエル後の興奮冷めやらぬファンたちが彼を囲んで居そうなものなのに、何故だかそのような人だかりも黄色い声も聞こえはしない。忽然と姿を消してしまっていた。彼を探すのには理由があった。自分の中で彼への罪悪感を抱えていたからであった。昨日、寝起きの悪さから、一人心の中で彼へ嫌悪の気持ちを向け、三沢君に負けてしまえばいいと思ったことへの罪悪感である。機嫌の悪さが飛んで行った後に、得体の知れない感情が湧き上がって来た。それが罪悪感と気付いた時に、無性に謝りたい、そんな思いを抱いたのだ。はっきりいってしまえば、謝って自分がスッキリしたいのだ。なんて自己中心的な考えだ、と自分でも思うのだが、気持ちを整理するのに彼を利用しても罰は当たらないだろう。彼のしていることに比べたら。だが姿を消した彼をわざわざ探しに行く気にもなれなかった。きっと今日を過ごせばこの気持ちも落ち着き、彼を探す意味もなくなるだろう。そう言い聞かせて私はデュエル場を後にした。十代が、どこ行くんだよ!と呼びかけてくる声が背中に飛んで来たが歩みを止めることなく、トイレよ、と返事をした。本当にトイレに行きたかったのもあるし、試合が終わった後でも熱気に溢れているデュエル場に長居はしたくないと思った。そこに居続けると熱気に充てられてしまいそうで、熱くなるのはデュエルしている時だけで十分だと思った。ふと廊下を歩いていると曲がり角に差し掛かった際に声をかけられた。遅かったな、と。聞き慣れた声であり、私が先ほどまで探していた人物のものだとすぐにわかった。言葉の限り別人と勘違いされていると思い、足元を見ていた視線を上げた。すると同時に右腕を掴まれる。熱い、反射的に思った。視線のぶつかった彼の瞳はギラギラと滾っていて、思わず腰が引けた。まずいやつだ、と頭が警告音を鳴らすが、彼の熱い指先は私の右手首を強く強く握りしめている。振りほどくのは難儀だと嫌でもわかっていた。


「カイザー先輩、」
「…何故ここに来た」
「トイレに行くためですよ。離して、いただけますか?」


彼の瞳から視線を外せない。外したら駄目な気がして。彼はちっと舌打ちを鳴らし、タイミングが悪い、と小さく呟く。こんなカイザー先輩初めて見た。女の人とやらしいことしてた最中に遭遇したあの時以上に、衝撃が襲った。余裕が無さそうに眉を顰める先輩に、頭の中の警告音はまだ鳴り止まなくて、どのように腕を離してもらおうかアイディアをひねり出そうとした。もう一度舌打ちが聞こえてきたと思ったら、次の瞬間、なんということでしょう、彼は私の首目掛けて噛みつこうとしてきたのです。思わず息を飲み込んだ。そして幾ら襲い来る痛みを覚悟しようとも、それが首に伝わって来ることはなかった。噛み付く寸前で止まっていたのだ。おそらく原因は、彼の名を呼ぶ声がしたから。きっと本来の待ち合わせの相手なのだろう。甘ったるい猫撫で声だった。カイザー先輩はうってかわって私を解放し、すまなかったと一言吐き捨てて呼ばれた方に行ってしまった。取り残された私は、ただただ困惑するしかなかったのだ。おかげで先ほどまで抱えていた罪悪感なぞ吹き飛んでしまった。

20160629
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