薄氷の崩壊



 水上って、もう私のこと好きじゃないのかもしれない。
 水上がボーダーに行ってしまってから二年。大学はずっと関東に行くと話していた。久しぶりに届いたメッセージに、ふとそんなことを思ってしまった。

「大学は好きなところに行きなさい」

 突き放したわけではないだろう。水上とのラインはいつもこんな感じだ。別に関東の大学に進学することを否定した一文でもない。
 それでも、関東の大学に行って水上と同じ大学に通って。そんな夢を抱いていた私が、こっそりとショックを受けるには十分すぎる返事だった。
 次いつ帰ってくるの?
 話題を変えようと送ったそんな一文に、小さくついた既読の文字。もう三日も前からこの文字はついているけれど、それに対しての返事は一向に帰ってこない。
 インスタのDMはもっての他。水上の初期アイコンの隣に緑色の丸がついているところを見たことがない。
 トークをざっとスクロールしても、吹き出しは右から出ているものばかり。たまに気まぐれで帰ってくる左の吹き出しは、「おう」とか「おお」なんてどれも短く小さいものばかりだ。
 絵文字ひとつついていればいいのにそれすらないから、とてもぶっきらぼうで投げやりに映る。元々そういう性格の人間ではないか。そんな使い古した慰めは、今の私に効果はない。
 最後にあったのは年末だっけ。私には詳しく話してくれないが、ボーダーでは色々あるらしいのだ。

 水上と私。小学校からの同級生。
 同じ町内会の子供会にいた。私は水上が小学生の時に好きだった女の子の名前も知ってるし、多分水上は私が好きだった男の子の名前も知っている。
 かと言って幼馴染というほど仲が良いわけでもなく、数回同じクラスになっただけ。お互いのことは母経由で情報が入る。
 夏祭りで、町内会の運動会で、学校で見かける遠いような近い人。それが私と水上。
 関係が変わったのは、高校になってからだった。水上は私よりはるかに頭がいいのに、なぜか進学校ではなく二駅離れた高校に進学した。
 もちろん家は近いけど、一緒に学校に行ったりしない。私はいつもギリギリで、水上は早く来て本を読んでいることが多かった。

 ある日、普通に電車で痴漢にあった。たった二駅の十分程度の時間だったが、怖くて仕方がなかった。痴漢だと腕をひねり上げる度胸も、誰かに助けて欲しいと声をかける勇気もなかった。
 あと一駅我慢すればそれで済む。されるがままなのが悔しくて、はいずる手が気持ち悪くて、何もできない自分に嫌気がさした。
 血が出るほど唇をかみしめてじっと耐えていると、満員電車の中で誰かと目があった。それがいつもは早く家を出しまう筈の水上だった。見知った顔を見つけた瞬間、張り詰めていた糸が切れてボロボロと涙が溢れた。
 ギョッとした水上は、人混みをかき分けて私に近寄って状況を察したのか、後ろに立っていた男の腕を捻り上げた。

「唇噛むな」

 もう大丈夫とも、怖かったかとも、泣くなとも言わない水上。ポケットからハンカチが出てくるタイプでもなし。伸ばしたベージュのカーディガンの袖で涙も、ぷつりと唇に浮かんだ血も拭ってくれた。
 捻り上げた痴漢を駅員に差し出した後も、学校に行かずにまともに話せない私に変わって事情聴取を代わってしてくれた。
 それから私が電車に乗る時間に水上を見かけるようになった。寝坊した。偶然やなとシラっとした顔でいう彼。本当はもっと早い電車に乗ることを知っているのに。
 電車に乗る私を気遣ってくれていたのか、本当に寝坊したのかは知らないけれど、それがとても嬉しかった。それから水上は私の特別。
 何回好きと言ったかわからない。好きと言われ続ければ人はその気になるという根拠もない作戦と、家が近いことを存分に利用した。
 最後の方は呆れ返った水上に「ええよ、付き合おうか」と言わせたのだ。人生初の快挙だった。
 それなのにどうして。
 付き合うか? と自分で言ったくせになんで放置すんねん。私の短所は頭の悪いところだが、長所は頭が悪い故の思い切りの良さだ。お前にはほんまに敵わんとあの水上に言わしめた根性と諦めの悪さ。
 待ってろよ、と鼻息を荒くする。コツコツ貯めたバイト代で買った新大阪発のこだまのチケット握りしめて関東へ乗り込んだ。



「やっと電話出たあ」

 呼び出し回数、八回。
 八回目にしてようやく通話ボタンを押した水上は、疲れているのか少し不機嫌そうだった。しかし私だってそんなことに構っていられない。
 新幹線と在来線、途中で寄り道もしたから片道三時間の道のり。ここまで来て水上に会えないなんて流石に虚しいではないか。

「なんやねん、なんかあるんか?」
「今何してた?」
「別に何もしてないわ」
「ほんなら出てえや」
「んで? なんか用か」
「あんな、今三門市におるんやけど」
「…………は?」

 びっくりするくらい低い水上の声に少しだけ肩が跳ねる。
 あらかじめ行くといえば来るなと言われる気がしたので言わなかった。というのもあるが、水上に連絡しようという考えに至った頃にはすでに静岡を抜けそうだったのだ。

「嘘やったらお前しばくぞ」
「嘘ちゃうもん」
「どこおるん」
「駅前のスタバ」
「二つあんねん」
「目の前にマツキヨある」

 西か。そう言うと、水上はすぐさま通話を切った。
 水上がどんなリアクションをしてくれるかここに来る道中で色々想像したが、これはなんというか予想通りすぎた。
 水上はきっと私がサプライズで押しかけたって両手放しで喜んだりしない。わかっていたが、水上はどうしたら楽しそうにするんだろうか。そんなことをぼんやり考えながらストローでラテをかき混ぜる。
 高二に上がる少し。関東から「ボーダー」と名乗る人たちがやってきた。その人たちの目に止まった水上は、そこに所属するために上京した。
 付き合ってそこそこ。まだ手すら繋いだことがなくて、彼が好きな気持ち一つで幸せだった頃だった。隣にいるだけで幸せで、名前を呼ばれるだけで幸せ。
 そんな私に、水上は相談一つせずに三門市行きを決めた。決まったと言う話を聞いて、私は頷くことしかできない。嫌だとも、なんで言ってくれなかったのか、と問い詰めることも出来なかった。当たり前のようにあると思っていた日々は、吹いたら崩れる砂の城だったらしい。
別れ話はされなかった。別れるの? とは怖くてとても聞くことはできなかった。ただ他には何も言わず待っとけと一言言われただけ。
 恋人らしいことは何もしていない。友達にまだ水上のこと好きなの? と聞かれるくらい。私ばかり好きなのかなと言う疑問はここに来てからも色濃くなるばっかりだ。

「ほんまにおるやん」

 温くなったラテを何回かき混ぜたかわからなくなってきた頃。頭から懐かしい声が降ってきた。びっくりして振り返ると、そこには脳内のイメージより少し背の伸びた水上がいた。

「水上」
「お前アポなしで来んな」
「……来るなって言われるかなって思って」
「言うやろ」

 会話終了。水上はここに来るまでの間に頼んだららしいコーヒーに口をつけた。
 話したいことがたくさんあった。関東の志望校の話とか、住み良い街はどこなのかとか。水上の家の近くに新しいカフェができた話とか、それこそ学校の話。水上の学校生活の話だってたくさん聞く筈だったのに、なんと切り出せばいいのかわからなくなってしまった。
 今思えば、付き合うとは言われたが好きとは言われてなかった気さえしてくる。
 好きでもない人とでも平気で付き合う人間が本当にいるのだと最近知った。なんとなく告白されたから付き合ってみたなんて言葉を友人の間で聞くようになった。
 それなれば私と水上の関係は、本当に水上がしつこく付き纏う私に嫌気がさして折れただけなのではないだろうか。私が盛り上がって勝手に始めただけで、そもそも水上の中では始まってなかったのかもしれない。

「何しに来たん?」
「……えっと、なん、だろう」
「なんやねんそれ。俺夕方から予定あんぞ」
「……そうなんだ」

 予定を確認する気にもならなかった。断れないの? と言う気も起きない。間違いなく予定も確認せずに押しかけた私の落ち度だ。それでも来なきゃよかったね。そう言ってしまったら今にも泣き出してしまいそうだった。
 ふと外した視線。そこにはなぜかこちらをしきりにこちらを覗き込む集団が見えた。目線を外してまた戻す。私が目線を戻すたびに看板の影に隠れてしまう四人組。あまりに不審だが、なんなのだろうか。そう思って隣と水上の腕を突く。

「……ねえ、あれって水上の知り合い?」
「え?」

 そう言って私が指さす方向を見た水上は、すくざまうわっと頭を抱えて項垂れた。どうやら本当に知り合いらしい。


「いや〜〜〜、悪いなあ彼女と二人きりやったんやろ? なんか悪いなあ? なあ?」
「ここまで来といてなんやねん」
「水上急に出て行くから」
「俺は急に出て行ったらあかんのかい」

 看板の影にいた四人組はやはり水上の知り合いだった。スタバでは狭いからと近くのファミレスに移動をした。彼らは水上が所属するボーダーで同じグループの人たちらしい。
 関東に来たと言うのにほとんどの人がコテコテの関西人だった。水上と同じように関西圏からスカウトされたらしい。珍しいせいか、店員に関西弁を何度か聞き返されたので、地元の言葉ばかりが飛び交うこのテーブルは少しホッとする。
 水上と話したいことはたくさんあったが、空気に耐えられそうになかった。きっとこっちの方が近況だって聞ける筈だろう。

「ボーダーって、普段何してるんですか?」
「うーん、あんまり教えるとなあ。記憶封印措置とかあんねん」
「そ、そんな物騒なものが」
「物騒やんなあ。あるねんこれが。そのうちタケコプターとかできるんちゃうか?」
「オレ、ランク戦で使いたいっす!」
「飛んだらスナイパーに蜂の巣にされんで」
「ロマンはあるやん? こう空から狙撃とか」
「空にエリアオーバーとかあるんかな」
「隠岐くん今度グラスホッパーで空登ってみてや」
「いや普通に嫌です。緑川とかに頼んでくださいよ」

 聞き慣れない言葉が並ぶ。きっとまたボーダーの話だ。壁とまでは言わないが、うっすらと向こうの透ける薄い膜があるように思えた。

「賑やかやなあ」
「うるさいですよね、すんません。久しぶりやって言うてたのに」
「ええよ水上も楽しそうやもん」

 ほんまに楽しそうや。こんなに笑う水上珍しいんじゃないかと言うくらい。イコさんは本当によく喋るしよくボケる。水上の周りにはあまりいないタイプの人間だ。水上のことをこんなに笑わせるなんてイコさんは天才だと思う。

「水上の」
「え?」
「水上の記憶ごと全部消せるんかな、記憶封印措置って」
「アホなこと言わんといてくださいよ」
「あはは、ほんまやなあ。ごめんね」

 少し吹き出したように笑う真織ちゃんに、同じような笑みを返す。私は今きちんと笑えているだろうか。



 聞き慣れないイントネーションの喧騒。それだけをBGMに歩いた。
 トイレに行って、アンケートの紙の裏に手紙を書いた。電話がかかってきたからと言って、お金と手紙だけ赤福の紙袋の中に残して何も言わずに帰ってきてしまった。もっとちゃんとした便箋に書けばよかったとか、今更すぎる後悔も湧いてきた。
 それでも水上の顔を見たら、気持ちが揺らいでしまうと思ったからきっとこれが正解だ。
 三門市から東海道新幹線が走る駅までは三十分足らず。来る前はあんなにワクワクしていたに、いま私の中はぽっかりと穴が空いているようだった。

 関西で進学しよう。
 新幹線を待つ駅の待合室。敷き詰められた後悔の隙間を満たすように、そんな考えが浮かぶ。
 水上のいない東京に魅力なんて感じない。進学したら関東で行こうとしていたカフェやおしゃれなお店のブックマークを、片っぱしから削除していく。
 やけ食いだと息巻いて買った崎陽軒のシウマイも、すっかりベンチに熱を奪われ、とっくに冷たくなっていた。
 来なければよかった。
 水上の言う通り、大人しく待っていればよかったのだ。最初の考え通り、関東の学校に進学するまで待てばよかったのだ。そうしたらこんな気持ちにならなくて済んだかもしれない。
 いや、関東の大学に進学してからこんな気持ちになるよりマシだ。
 文化祭も体育祭も、修学旅行だって私は一人だった。文化祭でベストカップルに選ばれたクラスメイトを見て、指輪をもらった隣のクラスの子を見て、その度に無性に悲しくて。
 そのうちベッドで一人で泣く回数が増えた。疲れるまで泣いて、翌朝浮腫んで腫れ上がった酷い顔を鏡で見て、一人また傷つく。水上はそのことを知らない。
 デートに行った友達のインスタのストーリーを見てモヤモヤしたり、そのうち他人の恋愛の成功を妬むようになって。どんどん自分が嫌になる。そんなことも水上は知らない。
 水上も寂しく思ってくれている筈だと思い込むのが唯一の救いだったが、それもどうやら私だけだったみたいだ。水上は私のことなんて忘れてここでの生活を楽しんでいる。それが事実だ。
 水上のお母さんになんて言おう。ゴミ捨てのたびに声をかけてくれていたが、別れたと言ったら気まずくなるだろうか。悲しさよりも虚しさや気まずさが勝っていた。
 乗る予定の新幹線は後十分でホームにやってくる。たったの十分間がやけに長く感じた。

「――おい、こんなとこでなにしとんねん」

 聞き慣れた声。息が上がって少しだけ上がる、水上の声。
 上手く行った筈の逃亡劇。どうやら最後の最後で捕まってしまったらしい。肩で息をする水上の手には、ぐちゃぐちゃになったファミレスのアンケートの紙が握られていた。

「なんやねんこの手紙」
「書いた通り」
「お前な、みんなでどんだけ探したと……」
「……探さんでええねん」

 追いかけてきてくれなければ良かった。新幹線に間に合っていれば良かった。

「あ?」
「もう探す必要ないよ」
「なんでやねん」
「もう会わへん」
「いきなりなんや」
「ラインブロックしといて」
「は?」
「インスタもブロックする」 
「……あんなあ」
「進学先も教えへん。これでもう綺麗さっぱり別れられるやん」

 あの手紙で終わればきっと綺麗に終われたのに、どうして追いかけてきたのだろう。嗚呼、泣きそうだ。最後くらい、楽しそうだったなと思い出して欲しかったのに。

「あんな楽しそうな水上初めて見た」
「は?」
「私と一緒におるときはずっと眉顰めて、ずっとつまらなさそうな顔してたし」
「してへん」
「ほんなら、みずがみは、私なんかとおらん方がええやん」
「アホか」
「そう、そうやで。私はアホや。私のことアホってずっと知ってるやん。私は好きな人に付き合おうって言われたら嬉しいって相手も私のこと好きなんかな思ってしまうもん」

 いつもは口では水上になんて勝てないのに、今日ばかりは一人で過ごした鬱憤が込み上げてくるかのように言葉が続く。

「会わんかったら、よかったぁ」

 そう口に出した瞬間、あっという間に溢れ出した涙。冷え切った頬を伝う涙は暖かい。次から次へと溢れ出す涙は止まる気配がない。それだけ私は水上のこと好きだったんだと自覚されられる。自分で思っていたよりも大きく膨れ上がっていた感情に、絶望に似た感情が湧いた。
 会わなければよかった。それが今日なのか、あの電車の中でなのかはわからない。
 でも出会ってなければ、きっと辛くなかっただろう。水上に迷惑をかけることもなかった。こんなところまで来なかった。
 後先考えない私の悪い癖だ。水上が私のことをどう思っているかなんて、考えもしなかった。
会いたがらないし、こっちでできた友達のことも聞いたって教えてくれない。
 え、まさか水上の彼女? とキョトンとした顔で言った同じ隊のメンバー。もう結論は出ているも同然ではないか。

「あの時助けてくれたのが、水上じゃなければよかった」
「おい」
「そしたら、好きになんかならへんかったもん」
「ちょっと聞いてくれ」
「明日からずっと私がいないだけ。……水上にとっては、何にも変わらへん」
「ちゃうやろ」
「好きでもないのに、付き合うとか言わんといてよ」
「……クソ。ちょい、なんや。待っとけ」

 そう言うと水上はどこかに電話し始めた。そしてエレベーターを降りると、数分後に誰かを連れてホームに戻ってきた。ヘルメットを持っていた。多分この人にここまで送ってきてもらったのだろう。

「こいつはゾエや。こいつは俺の彼女」
「は?」
「え、うん、ゾエさんもう知ってるけど?」
「なんで知ってんねん。言うてやってくれ」
「ええ……、いや、まあ、水上のスマホのホーム画面君だしね」
「以上。ゾエありがとう」

 そう言うと、ゾエと呼ばれた男の人は何かを察したのか手を振ってまたエレベーターを降りて行った。
 乗る筈だった新幹線が出発してホームが一気にがらんとする。そのせいか、少しはやる自分の心臓の音が大きく聞こえた気がした。

「……ホーム画面私なん?」
「そうや」
「どれ」
「隠し撮りしたやつ」
「やめてや!」
「知るか」

 いくら騒いでも、東京の賑わう駅は全て飲み込んでしまう。やめてと叫んだ私をサラリーマンだけが横目で見ていた。
 水上は、シウマイを自分の膝に退けると私の隣に座った。

「その気にさせといて、なんやねんお前は」
「……その気になってたの?」
「なってる。でもいきなり来たら怒るわ」
「ごめん」
「ボーダーのシフトそう簡単に変えられへんねん。せっかく来ても一緒におられへんやろが」
「なにそれ」
「俺は、嫌いな人間に付き合おうなんか、言わん。大体死ね言われても凹まんやろがお前」
「凹まんわ」

 そう言うと、右手にふわりと熱を感じる。水上の手が私の手を握っていた。彼の指先が少しだけ伸びた私の爪をなぞるようにして撫でる。

「どこにも行かんといてくれ」
「……どこってどこ」
「他の男のところ。あと俺の行けそうにないところ」
「好きなん? 私のこと」
「……好き、好きや、……好きじゃボケ!」
「なんで逆ギレしてんのよ!」
「お前ちゃうねんぞ。何回も言われへんわ好きなんて」

 水上は顔色ひとつ変わらないが、耳だけ真っ赤になっていた。水上って照れると耳だけ赤くなるのか。知らなかった。

「ラインを返さんのは悪かった。めんどくさいから嫌いやねんライン。でも頑張れる範囲で、……がんばって返す」
「めっちゃ嫌いやん」
「あと次はここまで迎えに行くから来る前に言え」
「うん」
「進学先は好きなところいったらええ。でも場所は教えてくれ」
「……関東きてもええの?」
「そこが行きたいんなら行ったらええやろ」
「迷惑ちゃう?」
「なわけ。……待ってる」

 ふわりと風を巻き上げるように新幹線がホームに到着する。繋いでいた手を引かれて今度こそ新幹線に乗り込む。入り口でくるりと振り返ると、水上はいつもの顔で手を振っていた。
 来た時よりもずっと心が軽い。座席に座るとコンコンと窓を叩かれる。外には水上がいた。それが嬉しくて思わず頬が緩むと、釣られるようにして彼はようやく眉間のシワを解いて笑った。
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