「あ、予鈴鳴ったね」
「先戻ってて良いよ」
「サボり?」
「そのつもりだよ」
「ノートどうすんの?」
「あーいいよ別に。無くても余裕だから」
「ねぇ折原君」
「?」
「よくウザイって言われない?」
全く何だよ余裕って。
確かに確認テストの点数は滅茶苦茶に良かったし小テストは満点だし何事。
折原君てあれだよね。
成績良くても出席率の悪さで留年しちゃうようなタイプ…卒業出来るのかな?
「女の子に言われたのは初めてだなあ」
「女の子にって…」
「あのさ。早く行かないと授業始まるよ?」
「あ、忘れてた。早く行かなきゃ」
「名前って意外と真面目なんだね。でもどうせ授業受けてても寝てるだけじゃん」
「たまにでしょ」
「あーそう言えば今日一度も名前の寝顔見てないや。日課なのに」
「よしこれからは折原君の寝顔見るために日々ちゃんと起きていられるように努めることにしよう」
「名前って変態だったんだ。良いこと知ったよ。俺の寝顔見て惚れても知らないよ?」
「寝言は寝て言うんだよね?」
「あ、もう俺に惚れてるのか」
話が噛み合わなすぎてどうしよう。
ああ言えばこういうという感じだ。ついでに私も。
「じゃあね折原君」
このまま続けてても無駄だと思った私は足早にその場を退散した。
「あと一分…」
後どれくらいで授業だろうと思い携帯を開いてみると、授業開始一分前。
この学校広いんだよね。階段わりと長めだし。
そう考えた私は階段を一段飛ばしで駆け下りた。
―あっ、やばい
そう思った時には既に遅く、案の定階段から落ちて足を捻っていた。
痛い、相当痛い。
授業開始直前ということもあって、人通りが少ないこの階段の踊り場。やっぱこれは一人で保健室に向かうべきなんだろうな。
私は手摺に掴まりながら立ち上がり、授業のことは諦めながらそんなことを考えていた。
♂♀
「すみません…あの、」
辛くも保健室に辿り着く事が出来た私は入室すると同時にそんなことを口にした。
携帯で時間を見てみると、授業開始から六分経過していて。
ああ私保健室来るまでそんなに時間かけたのかと心の中で呟いた。
「あれ…」
普通なら居るはずの先生がそこには居なく。
代わりに居たのが…
「今、居ねえんだと」
平和島静雄さんだった。
「ほらあれだ。二年の健康診断だか何だかので」
そうか、そうなのか。
それは分かったけど平和島さんは先生が居ないと分かっていて何故此処へ?
「そうなんだ。…あの、いきなりなんですけど平和島さん、ですよね…?」
「知ってるかやっぱり。お前は何時もあの蚤虫と一緒にいる…何だっけか」
「名字名前…です。ノミ蟲て…ああノミ蟲ってそういう。因みにお…ノミ蟲君とはいつも一緒にいるわけじゃないですから。席がお隣さんなだけです」
「そうか」
「平和島さんはどうして此処にいるんですか?」
「ちょっとな。怪我しちまったから診てもらうつもりだったんだけどよ、居ねぇから待ってんだよ。お前は?」
「怪我ってもしかしてさっきの…。私は今さっき階段で捻っちゃったんですよ」
「だからそんな変な体勢だったのか。そこ座れよ」
「あ、ありがとうございます」
お辞儀して、足を引き摺りながらも少し遠くにある席に向かってゆっくりと歩いていく私に、平和島さんは「肩貸してやるよ」と言ってくれた。
「いいですよ、そんな。初対面…じゃないけど初対面みたいな感じなのに。それに歩けますから」
こんな私の言葉に「そうか」と返して引き下がるのが平和島さんなのかと私は思っていた。
しかし。
「気にすんなよそんなこと」
と肩を貸してくれた。
「平和島さん、殴って下さい」
席に着いては突然とんでもないことを口にする私に平和島さんは「は?」と返す。
「平和島さん優しかったから…もうあんなこと予想した自分が本気で憎いです」
「何言ってんのかさっぱりわかんねぇんだけど」
「ですよね、すみません…」
「お前さ、よく俺と普通に話せるよな」
「はい?」
「まだ入学してからあんま経ってねーんだけどよ、俺周りの奴に怖がられてっから」
「…正直に言っていいですか」
「あ、ああ」
どうしよう。言ったらまずいかな。
でも正直に。
「最初保健室の扉を開けた時、あ、平和島さんだ…と思いました。怖かったです。でも、平和島さんが窓の外をぽかんとした表情で見てたから…ああ怖くないかもって思いました少しだけ。それからもう何分か経ちましたがもう今は全く怖いとは思ってませんよ」
「お前珍しい奴だな。窓の外見てたくらいで」
「ですよね。よく言われます」
「よくなのか…」
「はい。同一人物にですが」
私が笑いながらそう言うと平和島さんも少し笑みを浮かべた…気がする。
はっきりとは言えないけど、確かに今表情が緩んだ気がした。
「平和島さんて趣味とかそういうのは無いんですか?」
「いや特には」
「誕生日はいつ頃なんですか?」
「1月28日だ」
「まだまだ先なんですね…なんかすみません。詰まらないですよね、私の話」
私はわりとこういう話好きなんですけど、と言うと平和島さんは頬を掻きながら「いや違うんだ」と否定する。
「あんま自分のこと話したことねーから。まあ何だ、その。嬉しかったんだ」
「そうですか…よかった」
平和島さんは、兎に角優しい人だった。
何でこんなに優しい人と仲良く出来ないのか、折原君は。
私的には断然折原君より好感持てるんだけどな。
五時間目の保健室。
凄く早く時間が過ぎていくように感じられた────
( 偏見に上書きできたから、 )