7月31日、夜11時。

「よお、元気か?明日のことなんだけどよ、何時ごろどこで待ち合わせにする?」

そんなメールが一時間くらい前に届いた。
勿論明日遊ぶ約束をしていた静雄からのメール。

静雄のメールは、いつも必要最低限のことだけが書かれていて至ってシンプルだった。
友達からくるメールや、何気に顔文字を使う折原君のメールも好き。
だけど静雄のそんなメールも好きなんだよね。言いたいことがすぐに分かるし。
あと、大体のメールが「大丈夫か?」とか「元気か?」とか挨拶とセットで私の体調を気に掛けてくれているような文章がある。
そう言うのも、静雄らしくて好きだった。

「元気だよ!静雄は?待ち合わせ時間と場所どうしようか。静雄に任せるよ」

そう返した後少しして、静雄からメールが返ってきた。

「俺も元気だ。待ち合わせ時間も場所も名前が決めてくれ。俺はいつでもいいから」

このままお互いがお互いに合わせる合わせるって続けていくと切りがないよね、そんな経験は今まで何度もしてきたし。
よし、ここは無難に10時にいけふくろう前にしよう。
私は携帯に文章を打ち込んだ。
うん、これで完了。
また何分か経ち静雄から、「分かった。気を付けて来いよ。お休み。また明日な」と返信がきたので「お休みなさい、また明日」と送信する。

実は明日、遊園地で遊ぶことになった。
前に、遊ぶ場所は都内にあるテーマパークと決めて、服とかバッグとかそう言う外見的なことも自分なりにああだこうだ悩んでみた末、夏らしくワンピースを着て行くことにした。
本当は夏祭りなんていう案があって浴衣着ようと思って調べたんだけど、どうやら夏祭りがやって無くて…


意外にも、あまり緊張はしていない。
折原君の家に遊びに行った時は莫大な謎の緊張に襲われて一時はどうなるかと…まぁそれと今回の件ではスケールが違いすぎるけど。

それでも折原君といる時は嫌な緊張感がある。
あぁ私、折原君が苦手なのってそう言う嫌な緊張を覚えるからなのかもしれない。

静雄といる時はまぁ、その何ていうか…安心感?信頼感?そんな感じのものがある。
だからあまり緊張はしない。
ともかく、明日は楽しみたい。
そのためにはよく寝なくちゃ。
そう思いベッドに入り目を閉じた。

のだが、その直後携帯のバイブがブーッ、ブーッと音を立てて鳴り始める。
あ、これは折原君だ。
こんな時間に容赦無く電話掛けてくるのは折原君しかいない。
念のためディスプレイを見て確認してみると、やっぱり折原君だった。

出ないと怒るからなぁ……出よう。

「はい、もしもし」
「もっしもーし」
「…折原君元気そうだね」
「いつもと大して変わらないよ。それよりさ、どう?夏休み最後の日、8月31日に遊ばない?」
「31日は大丈夫だよ」
「分かった。じゃあ西口公園の噴水の前で」
「それはまた随分なところをチョイスしたんだね」
「嫌?」
「うんうん、そうじゃないんだけどさ。折原君がそういう所選ぶとは思わなくて」
「あぁ、そういうこと。まぁ取り敢えずは…11時に待ち合わせね」
「了解」
「お休み」
「お休みなさい」

私は電源ボタンを押し、通話を終了した。
八月は、静雄で始まり折原君で終わるんだな。あと友人とも旅行に行く。


今の電話をしてて思ったんだが、折原君は静雄とは違って自分から引っ張っていくタイプだと思う。
でも好きな子には選択権与えそう。

まぁそんなことはさて置き。
これでやっと寝れるね。

私は部屋の電気を消して目覚ましをしっかりセットしてあるかを再度確認して、今度こそはとゆっくり目を閉じた。



♂♀



午前9時30分。いけふくろう前。
まだ静雄は来ていないみたいだった。

静雄のことだから早く来て待っていてくれるだろうなと思ったから待たせるのもいけないし早めに行くことにしたけど、流石に早すぎたかな。

駅を行き交う人々の中から、静雄いないかなーと目を動かす。

すると突然右肩に、ぽんぽんと誰かの手の感触を覚えた。
右を振り向くと、肩を上下させた静雄がいた。

「ごめん悪ぃ、待ったよな」
「ううん、大丈夫だよ。気にしないで」

制服姿以外の静雄を見たことが無い私は、少しの間に彼に見とれていた。
派手すぎない、静雄らしい服装。

「やっぱ服、変だったか?」
「え、あ、そんなことないよ!ほんとに!私静雄が制服姿じゃないときって見たことがないからちょっと見とれ……」

あ、ヤバいよ何言ってんの私。
見とれるとか普通言わないよね、ってか引かれるよね。

あぁマズイー…
そう思って引き吊っているであろう顔を上げてチラリと静雄の顔を見ると、微妙に赤かった。

「なんかごめんね。ただ変だっていうのを否定したかっ「違うんだ。そうじゃなくて、その…嬉しいっつーかなんつーか……」

人差し指で頬を掻き、照れ臭そうに静雄はそう口にする。
それにつられたのか、私も段々顔が熱くなってきた。

「俺もお前の私服姿見たことなかったけどさ……可愛い、と思う…」

そんな静雄が可愛いよ。
声に出せるものなら私はそう返答していた。これって母性本能なのかな。
でももしそうじゃないのなら、若干変態染みてるし言うのにだって勇気いるし……

だから取り敢えず何か返事を、と思って紡ぎ出された言葉は「あ、……その、ありが…とう」だった。

ヤバい、緊張してきた。
一気に上がる心拍数が私の今の気持ちを表している。
久し振りに良い意味で…なのかよく分からないけれど、少なくともイヤな意味のものではない緊張を感じた。

「じゃ、じゃあ切符買おっか」
「それはいい。俺買ってくるからここで待っててくれ」

そう私に告げた静雄は切符売り場へと急いだ。
こうなるんだったら、最初からSuicaにチャージしとくべきだったな。

「切符、買ってきたぞ」
「ごめんね、ありがとう」
「誘ったのは俺なんだ。寧ろ俺なんかに時間潰してくれてありがとな」
「ううん、私夏休みそんなに忙しくないから」
「俺もだ」

笑って返してくれる静雄に対して、自然に笑みが溢れる。

歩く時たまに静雄の手と私の手が触れ合うことがあるけど、その都度「ごめん」と言うのには、どこか初々しいものが感じられた。



♂♀



あぁ、涼しい。
嫌なこととか気に喰わないこととかそういうのを全て忘れることができそうなくらいに。

でも、嫌なことってやつはどうやら簡単には忘れられないように作られているみたいだ。
少なくとも今の俺の中では。

「…で、君はそれを知ってて朝から僕の所に来たんだね」
「………そうだよ」
「まぁ言わせてもらうと、俺の所にしか来られないよね」
「本当君には心底嫌気が差すよ」
「臨也のことだから取り巻きの女の子とか使って二人のことをストーカーのように後をつけそうなのに。そして追跡してたことがうっかりバレたら如何にも偶然出会ったかのように装って奇遇だねぇ、なんて誤魔化すんじゃないかな」
「追跡しようと思う程、今回のことはそんなに興味ないから」
「の割には、さっきから頻りに携帯見てるじゃない。名前ちゃんからの返信待ってるんでしょ?」
「……うるさい」
「今日は夜まで諦めなって」
「…………」

あーもうやめたやめた、そう言って椅子の背凭れに背中を預けた。

俺は今、岸谷新羅の家に来ている。
そして今日名前とシズちゃんが二人で遊びに行っているのを既に知っているという話を持ち出した。

ちっ、こいつに話すのが無駄だったか。

「ていうか、貴重な休日だっていうのにシズちゃんの顔なんて見たくない」
「それに名前ちゃんの楽しむ姿を見たくないという気持ちが上乗せされて「黙れ」

なんなんだよ、今までシズちゃんと名前が絡んでるのを見ても何とも思わなかったのに。むかつくな。
そう思っていると、また自然に携帯に目が行ってしまった。

ほんと、最初はこんなんじゃなかったんだけどねぇ…
あっ、でも。最初を振り替えってみると“これはこれでアリ”なのかもしれない。
俺の目的は一つだけなんだからさ。
ただ純粋に、ひたすらに、俺は人間という計り知れないものが大好きだ。

「なんだよ臨也は。ムカついてる顔したと思ったらいきなりニヤつき始めて。あー、今頃名前ちゃんたちはお楽しみ中なん「あーもうはいはい知らないよそんなこと」
「またイラついてる」

本当に君はわけわからないね、そう言われた。
人間に見向きもせず、首の無い妖精なんかに魅了されてるようなやつに言われたくない、そう思ったが俺はわけわからないと言われても悪い気はしなかった。

「なぁ新羅」
「ん?」
「昼ごはん、なんか買ってきてよ」
「君の食料調達係は俺じゃないんだよ?それに、昼はセルティも帰ってくるし一緒にゲームやるって予定もあるからね。強制退場してもらうよ」
「じゃあ帰るよ」
「うん、それがいいよ。あぁ、冷蔵庫の中にガリガリ君があるからそれなら持ってってもいいよ」
「どうも」

元から手ぶらで来た俺は携帯をポケットに入れ椅子から立ち上がる。
冷蔵庫からガリガリ君を取り出して、新羅の家を出た。

外に出ると鬱陶しい程の暑さが付きまとい、俺は早々に、これまた鬱陶しい妹達が待つ家へと向かった。

( 遠回しな彼と回りくどいキミ )



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