ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ…

「あーもう、うるさいっ!」

余りの五月蝿さに流石の私も目が覚めた。
規則的に鳴り響く電子音は、紛れもなく枕元にあった4つの……ん、4つ?

何でこんなに目覚まし時計あんだよー!

と叫びたかったが人様のお宅だ、やめよう。

未だに鳴り響く目覚まし時計を一つ一つ消していき、今何時だろうと確認した。

9時。そうかそうか、ふむふむ。
…え?でもこっちの時計は3時でこっちの時計は7時でこっちの時計は10時だよ。
これじゃどれが本当の時間だか分からないじゃん!誰がこんな嫌がらせ!ちくしょー折原君め!
犯人は分かっていたのに、自問せずにはいられなかった。
仕方なしに携帯を見てみ…あ、私携帯リビングに置いてきちゃったかも。

あちゃー…と、再び顔をモフッと枕に埋める。
若干のシャンプーの香りが鼻を擽った。
私が普段使い慣れてるシャンプーの香りじゃない。
これは…

私はその時にやっと気が付いた。
あ、ここ、折原君の部屋だ。
昨日上がらせてもらったあの。
あれ、じゃあ私何でここで寝てるの!?
まさか折原君と一緒に…!?

嫌な予感が頭を過ったが、折原君は隣にいない。
まぁでも折原君のことだからそもそも私となんて寝たがらないか、と心を撫で下ろし安堵する。

そう言えば私の記憶では自分でこの部屋に来た覚えはない。
もしかしたら折原君がここまで運んでくれたのかな。
昨日は確かソファーでクルリちゃんとマイルちゃんに本を読んで……そのあとからの記憶がない。
きっとあのまま寝てしまったんだと思う。
クルリちゃんとマイルちゃんには悪いことしちゃったな…まさか途中で寝ちゃうなんて。後で謝ろう。

で、私を運んでくれたのはきっと折原君。
重い重いとか言いながら私を運ぶ折原君が目に浮かびます。失礼な。
とは言ったものの、私は別にソファーで寝てても良かったのに。

ほんと、一体いくら迷惑掛ければいいのだ私は。
本当に申し訳ないです。

「…にしてもこのベッド凄くふかふかしてて寝心地良い…」

いいなぁ折原君。
いつもこんなベッドで寝てるんだ。

「ん、……あ、え、うそ…」

突然私を激しい羞恥が襲った。
いつも折原君が寝ているベッドで寝てたのか私は!!

今さらかよと自分に突っ込みたくなるが、そんなこと今は考えてられない。
嫌でも折原君のことを意識してしまう。

「なんてことをして「おっはよー!」

なんてことをしてしまったんだと言いかけた時、いきなりバタンと扉が開いたものだから心臓が大きく跳ね上がった。
ハッとして誰が来たのか確認すると、やっぱりクルリちゃんとマイルちゃん。
起こしに来てくれたのかな。

「おはよう」
「おはよう!イザ兄がね、そろそろ目覚まし鳴るから起こしに行けって!」
「うん、今鳴ったよ」
「でもね、どこで名前お姉ちゃん寝てるの?って聞いたらイザ兄が俺の部屋だって言うから…」
「から…?」

何を言われるんだろう、凄く嫌な予感がする。

「名前お姉ちゃんとヤった感想は?って聞いたら「マイルちゃんそれ誤解誤解ー!!」

焦ってベッドから飛び降りマイルちゃんに飛び付いてしまった。

するとマイルちゃんはクスッと笑って、「大丈夫だよ、イザ兄も否定してたからっ!」と笑顔で返す。
はぁよかったと安心するのも束の間、「早く着替えて降りて来いってイザ兄が言ってたよ」なんてニコニコしながらクルリちゃんは言った。

「あ、でも私荷物リビング…」
「違(うんうん)」
「え?」
「イザ兄、部屋に運んでおいたって」
「ほんと?ありがとう」
「それはイザ兄に言ってあげて!」
「うん、そうだね」

ふふっと微笑み二人の頭を撫でた。
凄く良い子たちだな、変な子達だけど。
私はこの子たち大好きだ。

「クルリちゃんもマイルちゃんも良い子だね」
「名前お姉ちゃんも優しいよ、大好き」
「肯(うん)」
「そうかな…ありがと。私も二人が大好きだよ」

そう言い再びクルリちゃんとマイルちゃんの頭を撫でた。

……さて。
荷物荷物…あ、あった。
折原君、荷物まで運んでくれてたんだ。
もしかして気遣いとか上手い人なのかな?
…いや、そんなわけ……

クルリちゃんたちに借りたネグリジェを脱ぎ、「ありがとう」と言い二人に返す。
バッグから下着を取り出すと、「下着可愛いね!」とマイルちゃんからコメントをいただいた。
喜んでいいのかどうか複雑な気持ちになりつつ着替えをしていき、完了したところで二人に「お待たせ」と言った。
するとクルリちゃんとマイルちゃんは私の手を取り小走りで部屋を出る。
二人に手を引かれて辿り着いたのは洗面所。

「早く顔洗って!」とマイルちゃんに急かされたので、私は手短に終わらせ、三人でリビングへ向かった。

リビングの扉を開くと真っ先に目に入ったのは、既に完成した食事が並べられたテーブル。
…の前に頬杖を突きながら座る折原君。

「お、おはよう折原君」
「おはよう」

あぁよかった。
どうやら機嫌が悪いわけではなさそうだ。

「もう朝食出来てるから食べよ」
「これ折原君が作ったの?」
「まぁ」
「凄い!えっ、ちょっと感動。折原君でも料理するんだ」
「どうしてもしなくちゃならない時だけ」
「へぇ〜」

フレンチトーストに目玉焼きにベーコンにサラダ。
なんとも朝食らしい朝食になんだか凄く感動した。

誰かに料理を作ってもらうのは久し振りすぎて涙が出そうになる。

「ありがとう折原君」
「どうしたのいきなり」

笑い混じりに折原君はそう言った。

私の両隣にいたクルリちゃんとマイルちゃんは何故だかニコニコと微笑んでいる。

「あ、ねぇねぇイザ兄!」
「なに?」
「名前お姉ちゃんの下着凄く可愛いんだよー!」
「ちょっ、何言ってるのマイルちゃん!」

まさかこんな突然さっきのネタ持ち出されるとは思わなかったよマイルちゃん…不意討ちだよ不意討ち。
私の顔が熱くなっていることが自分でもはっきり分かる。
それがさらに恥ずかしさを倍増させた。

「へぇ〜、俺好み?」
「イザ兄の好みなんて分かんないよ〜」
「朝っぱらから何の会話してんだこの兄妹は!」

誤魔化すかのように私は折原君の隣の席に腰を下ろすと、「自分から俺の隣に来るんだ」と意地悪く折原君がニヤリと口角を上げた。

「違うよ!昨日この席だったからここ座ったんだもん!」
「まさか名前本人からのご指名とは、嬉しいなぁ」

どうやら私の言い訳など聞く気がないようです。
まぁ折原君と話が噛み合わないのはよくあることだから問題ない、問題ない。

「じゃあクルリちゃんマイルちゃん、食べよっか」
「俺が食べさせてあげようか?」
「ふざけんな」

どうやら今日の折原君は私が想像していた以上にご機嫌みたいです。



♂♀



「今までありがとうございました」

玄関まで見送ってくれた折原君兄妹にペコッとお辞儀をすると、「一泊しかしてってないのに今までって」と折原君に笑われた。

結局今日は朝食を食べた後、皆で池袋駅まで出て買い物をした。

「さっきから服ばっかり見てるけど欲しいの?」と聞かれたものだから「ううん、そうじゃなくて」と欲しい気持ちを抑えつつ笑って誤魔化すと「少しくらいなら買ってあげてもいいけど」とどうやら私の心の内を見透かしていたようで、結局お言葉に甘えることに。

するとマイルちゃんが「私たちにも買ってー!」と便乗したので、最終的には全員分の購入を余儀無くされた折原君。
本人は「金には困ってないからいいんだけど」とか言っていたが、顔の方は大分引き吊っていた。

「家まで送っていくよ」
「いいよそんな。もう夜だし」
「夜だから送ってくって言ってんの」
「あ、ありがとう」

そう言うと折原君は、「じゃあ名前送ってくからお前らは家で待ってろよ」と言い二人を家の中に押し入れた。

家族にはそうやって接する折原君が、何だか微笑ましい。

「じゃあ行こ」

私よりも先に前へ進む折原君を見て、「私の家の方向覚えてたんだ」と驚いた。
てっきり忘れてるかと思ってたけど。

「荷物貸して」
「何で?」
「荷物ぐらい持っててあげるから」

そう言い右手を差し出してきた。

「いいの?」
「嫌なら持ってあげるなんて言わないよ」
「そっか、じゃあ」

私はバッグを折原君に手渡し、また再び彼の隣を歩き始める。

普段は折原君の斜め後ろか前かのどちらかしか歩かなくて、隣で歩くのはあんまり慣れてなかったけど久しぶりに隣を歩いてみると、折原君の歩幅が少し大きいことに気が付いた。私より背が高いからか、きっと。

遅れを取らないようにとその歩幅に合わせて歩いていると、突然折原君が「名前の歩幅って意外と大きいんだね」なんて言ってきた。

「ちょ、違うってば。折原君に合わせてあげてるだけだよ」

少しムキになると、「はは、俺に合わせてくれてるんだ」と意味ありげな表情で彼はそう答えた。

それからと言うもの、普段のように会話をしていると折原君の歩くスピードがさっきに比べて段々遅くなってきたのに私は気が付く。

一気にスピードを落とすんじゃなくて、少しずつ少しずつスピードを落としていく折原君に何かを感じた。
スピードを落としているということを私にバレないようにしているらしい。
いや、もうバレてるよ。

それでも何も言わずにニコニコと笑っていると、「俺の話し聞いてないよね?」と突然折原君が尋ねてきた。

「あ、ごめん。聞いてなかった…」
「だから、8月って何か予定あるの?例えばさ、誰かと遊びに行くとか」
「あるけど…」
「いつなら開いてる?」
「1日以外」
「ふーん。じゃあまた連絡するから」
「うん」
「1日さ、楽しみ?」
「そりゃあ誘ってくれた人がいるからね。楽しみだよ」

そう返すと、興味ないとでも言うかのような口調で折原君は「へぇ」と口にする。
聞いてきたのはそっちじゃんか。

「友達と?」
「もちろん。だって友達以外に誰がいるの」
「うーん、恋人とか?」
「嫌味か」
「好きな人とか?」
「私に好きな人がいるように見える?」
「見えない」

即答かよ。
でも「私に好きな人がいるように見える?」と言った後の折原君の横顔は、凄く柔らかい表情だった。
それはもう、さっきまでの意地悪な表情はどこに行ってしまったんだと問いたいくらいに。

けどそれは私の目の錯覚だったのかもしれない。
だって今日の折原君は、朝から上機嫌に見えたから。

( 君にだけは気付いて欲しかった )



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