やけに静かな夜になった。

先程までのこの部屋の騒々しさはいつの間にかどこかへと消えていってしまい、今起きているのは俺一人だけ。

今の時刻はちょうど午後11時を過ぎたところで、俺自身無意識のうちにソファーで眠る女性陣を何分かずっと見つめていた。
いや、名前を、の方が正しいか。

特になんの感情を持つわけでもなく、何かを考えているでもない。
本当に何もかもが真っ白な状態で俺は名前を見つめていた。
名前は大体いつも無防備だからねぇ。君の間抜けなアホ面は見慣れたから今さら特に何も思うことなんてないよ。

ん?
俺いつの間に毛布なんか掛けてやったんだっけ?

少し考えた後、明確には思い出せなかったが、そう言えば名前達が寝てしまったのに気付いた直後だったなと。そんなことをしてやった自分に拍手を送ってやりたい。

三人とも寝息をたてながら眠っていて、とても心地良さそうだった。
まぁそれもそうだな。さっきまであれだけ遊んでたんだ。
名前なんて後半バテてたからね、クルリとマイルの注文についていけなくてさ。

中々面白いことするなーと思いながら見ていた俺だけど、何度も名前に怒鳴られた。

「折原君見てばっかいないで少しは助けようとか思わないの!?それでも友達なの折原くん」なんて息切れしているのか、肩を上下させながら名前に何度言われたことか。
最早自分がさっきあれだけイヤイヤと拒んでた“あんなの”を着させられてることなんて頭のどこかへ飛んでいってしまったみたいだった。
あれだけ顔真っ赤にして恥ずかしがってたのに。ゆでダコどころじゃなかったよ。

ってか名前、俺のこと友達として見てくれてるんだね。
あ、助けてもらいたくてそう言っただけか。クソッ。

「ねぇねぇ名前お姉ちゃん、逆立ちしてよ!」「バク転は?」「イザ兄とポッキーゲームしてよ!勿論ポッキー食べ終わるまで口離しちゃだめだよー」「スクール水着着てみて!」等々マイルから出される無理難題の数々に名前も頭を抱えていた。
その都度その都度困る名前の表情やリアクションを見てるの、俺は凄く楽しかったけどね?

「ねぇねぇ名前お姉ちゃん!この本読んで!」

マイルが部屋から持ち出してきた一冊の絵本。
「やっと普通の注文がきた…」と少々窶れ気味な声で名前はそう呟く。

その後、ソファーの真ん中に座る名前の両隣にクルリとマイルが座って、名前は二人に読み聞かせを始めた。

何分か経ち、「…で…た…そして…は…」などと名前の声が途切れ途切れに発されてきたことに気付き、俺がソファーの前に行って確認してみるとやっぱり名前は眠っていた。
隣に座るクルリもマイルも彼女に寄り添いぐっすりと眠っている。

そうだ、その時だ。
名前たちに毛布を掛けてやったのは。


今俺は、一人で静かに頬杖を突きテーブルに座っている。
ふとテーブルの端に視線を落としてみると、視界の隅に最後に使った時から電源を切りっぱなしのまま放っておいた携帯電話が目に入った。

そう言えば今日ほとんど触ってないなぁと思い、携帯に手を伸ばして電源を入れる。

不在が一件。
それ以外は特に何も無く、取り敢えず誰からだろうと確認してみると、それは俺がいつも相談に乗ってる子からだった。
しかも、つい二分前のこと。

こっちから電話を掛けようか掛けまいか考えたのだが、そんな時、ちょうどその子から三度目の電話が掛かってきた。

「あ、臨也さん。やっと電話に出てくれた」
「ごめんごめん。ちょっと取り込み中だったんだよね。それで、どうしたの?」
「臨也さん、明日って空いてますか?」
「明日?あー、ごめん。先客入ってるんだよね」
「じゃあその子と会う前でも後でも…」
「悪いね。明日一日ずっとその子で時間埋まってるから」
「そうですか…分かりました。じゃあまた今度電話しますね」
「それじゃ」

ピッ、通話終了。
必要以上の話しはしないからこんなに淡白な会話になるのはいつものこと。

明日は相手してる暇無いんだよねぇ。名前が家に泊まりに来てるんだし。
でもいずれは相手してあげなくちゃならないことになるからな。
いつ空いてるかなーと携帯のスケジュール画面を開いた。

一応7月はあんまり面倒なことはしたくないからさ、どうせなら8月がいいよね。
そう決め、俺は8月のスケジュールを開く。

一番始めに、八月一日の欄が目に入った。
他の日にちにも所々予定が入っていて、端から見れば中々に忙しいスケジュールなのだが、そんなことどうでもよかった。
それよりも、一番始めに見てしまった1日の方が問題だ。
この日は名前とシズちゃんにとっては大事な日になるんだねぇ。

「…ま、どーでもいいか」

俺は携帯の画面を閉じ、再びテーブルの端に置く。
詰まらない事、興味の無いものには首を突っ込まない。手を加えない。

「さて、そろそろ寝ようかな」

勿論こんな独り言に反応できる人物など今ここに居ないのだが。

俺は椅子から立ち上がり、ソファーで眠る名前や妹達を部屋まで運ぶことにした。
いやまぁ、妹達だけなら起こして自分達の足で部屋まで戻ってってもらうけどね。
名前もいるから仕方ないか。

まずクルリ、マイルの順に抱き上げ、一人ずつ部屋まで運びベッドに寝かせた。
そこまでは順調だったんだけどさ。
生憎うちは客用の布団とか用意されてないから、名前の寝る場所をどうするか、少し悩んだ。

悩んだ末に結局出てきた答えは、俺の部屋のベッドで寝かせることだった。
そうすると俺は必然的にリビングのソファーで寝ることになるんだけど。
仕方ないか、一日くらい堪えてあげるよ。
俺君と居るようになってから相当耐久力がついたよね。
まぁ、これで名前をソファーに寝かせたままにしておいて明日起きた名前に怒鳴られるのは面倒だし。

一つ溜め息を吐き、俺はソファーで寝ている名前を抱き上げ、自分の部屋まで運んだ。
名前を起こさないよう優しくベッドに寝かせ、布団を体に掛けてやると彼女は嬉しそうに優しい表情を見せる。
何か良い夢でも見てるのか。
確か夢は人の記憶が影響するって言うけど、今日よっぽど嬉しいことがあったんだろうね。
それが単に俺の家に泊まりに来たこと、ならまだ微笑ましいけど、シズちゃんに遊びに誘われたこと、だったら流石に複雑な気にもなるなぁ。

はは、と苦笑を漏らし、俺は「お休み」と一言告げて部屋を出た。あぁ、俺らしくない。長時間名前のといて調子狂ったかも。今日はもう寝よう。


俺はリビングに戻り、ソファーに体を預けて静かに目を閉じた。

( 昨日より2cm遠く、前より50cm近く )



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