「一年生にとっては高校生活において初めての────」

大多数の生徒にとっては嫌で嫌で仕方がない期末試験も幕を閉じ、一学期最後の登校日。
因みに今は暑苦しい体育館の中で教頭先生の長話をパイプ椅子に座りながらじっと聞いている真っ最中。

…なわけがない。
先程からコンコンと後ろの席に座っているヤツが私の座るパイプ椅子を蹴ってくる。
幸い、大きな音が出ないので回りにいる先生達には気付かれていない。
勿論数名の生徒達には気付かれてはいるのだが。

(いやむしろもっと音を立ててくれた方が良いのかも…先生早く気付いてこいつを叱って下さいお願いします…)

心の中でそう祈りつつ何も気にしてなどいないかのような表情の名前に飽きることなく彼女の座るパイプ椅子を蹴り続ける男子生徒───折原臨也。

(何でこいつ私の後ろに座ってんの…出席番号順なんだから前だよね?)

よく見ると前の席には折原臨也ではなく、本来名前の席の後ろに座っている筈の男子生徒が座っていた。

あぁ最初っからそのつもりだったんだと気づき、それと同時にあまり気にしない方がいいかもしれないと頭の中から切り離そうとした瞬間に臨也からの攻撃は止まった。
まるで名前の思考回路を見透かしているかのように。



♂♀



「それでは期末試験の成績表を配布します。名前順に前に取りに来て下さい」

そう言われてから十分後。
全員分が配り終わり教室内がざわつき始めた頃。
右隣に座る臨也から声を掛けられた。

「どうだった?補修引っかかった?」
「うんうん。一つも…どうしよう、凄く嬉しい」
「そう。それは良かったね」

成績表を手にしながら震えている名前の様子を見てまぁ少しは安心した。
実は臨也は既に妹達に、「夏休み、友だち連れてくるから」などと言ってしまっていて、二人からの質問攻めにあったのだが、もしもこれで来られなくなったなどと言ったら後々面倒な事になるなと言ってしまったことを後悔していたのだ。

「折原君、ありがとう。あのね、前に新羅君の家で勉強会した時に折原君に書いて貰った解説のノートあるでしょ?実はね、試験始まる前ずっとそれ読んでたの」
「ふーん。じゃあ名前はあんな長い解説書いた俺に夏休み中ずっと感謝し尽くさなきゃね」
「確かに解説も見てたんだけどね、そうじゃなくて。パラパラ漫画見て緊張解してた」
「あれ見て和んでたってわけか」
「うん、凄く和んだ」

そう言い鞄の中から例のノートを取り出し、ぺらぺらっと捲っていく彼女を見て溜め息が出る。

(あーあ、こんなに皺作っちゃって…)

皺が沢山出来てしまう程に何度も何度も見ていたのかと問いたいが、溜め息を吐く臨也の表情は何故か穏やかに微笑んでいた。
微笑んでいることは自分でも分かってはいるのだが、何に喜びを感じているのか分からなかった。
けれど今はそんなこ、臨也にとってはどうでも良い。

「でさ、名前。いつ家に来る?」
「折原君の予定に合わせるよ。私はいつでも空いてるし」
「なら二十日に来てよ。それと一泊くらい泊まっていったら?」
「ちょ、何言ってんの!?とととと、泊まり!?折原君の家に!?」
「そう、泊まり。あー大丈夫大丈夫。別に変な意味じゃないから。それに妹が二人もいるのに。…つか、俺より妹達の方が危ないかも」

にこっと爽やかな笑みを浮かべては意味深長なことを口にする臨也に疑問符が打たれる。
妹さんの方が危ないってどういうことなの。

名前はそう自問すると、ある一つの答えにたどり着いた。

「もしかして双子の妹ってのは肩書きだけで実は二人とも男の子…だったり?」
「うわ、それもそれで危ないよ。男三人も居る家に女の子一人って」
「で、どうなんですか」
「本当に双子の妹だってば」
「なんだ。えっとじゃあ一泊させて頂きます」

ぺこりと軽くお辞儀をする名前に「楽しみにしてるよ」と臨也は言った。


そんな会話をした日の放課後。
終業式故に午前中だけで終わった学校から何時もの友人達と帰路に向かっていた。
とある十字路で別れ皆バラバラの方向へと向かって行くので、名前は一人で池袋の町を歩いていた。

「あれ、静雄?」

たまたま見つけた静雄らしき人物に声を掛けると、彼はこちらに振り向く。
やっぱり静雄だ。

「おお、名前か」
「何して……あ、」

屈む静雄の視線を辿るとそこには毛布にくるまれた子犬が一匹。
静雄が人差し指でちょこちょこっと撫でると、それと同じ方向に鼻を擦り動かす子犬。
ああ、可愛い。

「静雄、犬とか好きなの?」
「まぁな。なんつーか、心が洗われるよな」
「ちょっと意外かな。でも、静雄やっぱりいい人だよ。優しいし頼りになるし。今だって、ほら」
「んなこたねーよ…」

髪をくしゃくしゃと如何にも照れ臭そうにしている静雄を見てやっぱりいい人だと思ったのは何故だろう。

「こいつ、捨てられたみたいでさ」
「みたいだね。うーん…あ!そう言えばね、私の近所に動物を飼いたいって人がいるんだよね。犬が好きかは分からないんだけど。後でその人に交渉してみるよ。それまで私の家に子犬を預けて貰ってもいいかな?ゲージとかあるんだよね、昔飼ってたから」
「おお、そうか。お前、家近いのか?」
「うん、もうすぐそこだよ。ほら」

名前が指差す方向に目を向けると確かに表札に名字と書かれている一軒家があった。
そこなら抱えていけばすぐかと静雄は少し安心する。

あれ、もしかして女の家に上がるのは初めて…だな。
と感じた時には既に彼女の家の中にいた。

「よし!これで大丈夫。後は少し餌…って私餌持ってないや。牛乳で大丈夫だよね」

名前がゲージに入れた子犬に牛乳を差し出すと、子犬はペロペロと舐め始める。
どうやら相当お腹を空かせていたようだ。

「多分さっき言った人が飼ってくれるはずだから。あんまりなついちゃうと後々困るんだよね…可哀想だけど、ちょっと出掛けて来ない?」
「そうだな。一度なつくと引き取られた時大変だろうし」

二人の意見が合致したので、近場の池袋内で過ごす事に決めた。

「何か食うか?」
「うん、そうしよっか」
「何が良い?お前に合わせるよ」
「えっとあの…静雄甘い物食べられる?」
「甘い物は好きだな。俺はどっちかってーと甘党だし」
「ほんと!?じゃあパフェなんかどうですかね…?」
「よし、決まりだな」

静雄が微笑みながらそう言ってくれたのを確認し、気を遣ってくれているわけじゃないんだと名前は胸を撫で下ろす。

「私が奢るよ。前にジャージ貸してもらった時のお礼に」
「いや、気にすんなよ」
「いいのいいの。いつか絶対にちゃんとお礼しなくちゃと思ってたから」

にこにこと微笑みながら少し前を歩く名前。
静雄はそんな彼女といて心地好く感じられた。
なんだろう、穏やかになれるというか、素の自分とこうやって隣に居てくれる名前に疑問と喜びを感じる。

静雄にとってある意味初めての“隣同士"だった。

「あの喫茶店に入らない?」
「そうするか」

制服のまま60階通りを歩く二人の他にも、緑色の制服は沢山いた。
勿論来神高校の生徒はそれ以外にも沢山いるはずなのだ。私服組もいるわけだから。
正午を過ぎたまだ明るい時間帯なので、中々店内も混み合っていた。

「何名様ですか?」
「二人です」
「二名様ですね。此方へどうぞ」

とある席に案内された二人は腰を下ろし、差し出されたメニューに目をやった。

「イチゴクリームパフェで」
「じゃあ俺もそれで」
「イチゴクリームパフェがお二つですね。畏まりました」

店員が厨房へと戻って行った直後、「あ、ちょっとトイレに行ってくるね」と名前がその場を離れた。

(初めて…だな)

まさか自分が女を連れてこんな店に入るとは想像も出来なかったが、現にそんな状況下に置かれているのだ。
けれど実は少し戸惑いを隠せない静雄と同じく名前も、わりと緊張していたのは言うまでもない。

(…折原君とはまた違った意味で緊張するな……)

そう胸中で呟きながらトイレを出たその時。

「やぁ、名前」

聞き慣れた声が耳に入ってきた。
まずい、静雄いるんだけど。
と、これから起こることを予感した名前は無視するのが良いかもしれないとその場を立ち去ろうとしたのだが…

「待ちなよ。何で無視するの?何か理由があるわけ?」
「いや別にそう言うわけじゃ…」
「のわりには随分おかしな態度取るよねぇ」

いつも通りの口調でそう言い、名前の考えてることなんてお見通しかとでも言うかのように店内を見渡す臨也。

「ふーん、やっぱり。シズちゃんと来てたんだぁ。ねぇ、いつの間にそんなに仲良くなったの?ちょっと興味あるんだけど。あのシズちゃんと仲良くするやつなんて」
「優しい人だって分かれば大抵の人は良い印象持つよ。折原君は例外なだけ」
「優しくされれば良い印象持つんだ。へぇ…じゃあ俺が名前に優しくすれば俺に擦り寄ってきたりするのかな?」
「うんうん、しないと思う。そう言う意味じゃ私も例外かも」
「でもさ、人間らしいよね、そういうの。つまんないなぁ」
「…じゃあね」
「楽しんできな、シズちゃんと」

やけに語尾を強調するような言い方で軽く手を振る臨也に何の言葉も交わさず、名前は足早に静雄の元へと戻って行った。



♂♀



「―それで全然分かってくれなくて、もう……ってあの臨也さん、聞いてます?」
「うん、聞いてるよ。一方的な想いに悩んでるって話でしょ?」
「そうなんですけど…何か目が行ったり来たりしてたのでちょっと気になって…どうしたんですか?」
「うんうん、何でもないよ。続けて」

満面の営業スマイルを浮かべて対面する“臨也の信者"と形容すべき彼女に話の続きを言うように促した。

臨也にとって一人の人間の話を聞きながら色々な場所を観察するなんてお安い御用だ。
こちらからなら静雄に自分の居場所が悟られないよう観察することが出来るのを上手く利用し、彼は名前と静雄の表情を交互に見て楽しむ。

名前や静雄でもあんな表情をするのか…と色々知ることができたことは、それはそれで自分にとってプラスだった。
自分は、こうやって人を観察するのが大好きなのだ。
その観察対象が偶々あの二人だっただけで、特に何の理由もない。

「臨也さん、もしかして機嫌、あんまり良くないですか?」
「いや、普通だけど」
「そうですか?何かいつもと違うから…たまに何処か遠くを見つめて険しい顔してますし」
「…ごめん。今日はもう帰るよ。後でまた電話して」

うんやっぱり、不機嫌だ。

まるで自分の考えていた方向に事は進んでいるはずなのに、何故か切歯扼腕して悔しがっているようなそんな感じを窺わせる不機嫌さ。

「はい、分かりました」
「御代はこれで足りるはずだから」

一万円札をテーブルに置き、臨也は立ち上がった。

「お釣りは好きに使っていいから」

そう言い残し、店の外へと出て行った臨也。

その瞬間を見た名前はほっと一安心し、再度パフェをスプーンでつつく。

「今日は観察対象変えよっと」

ニヤリと笑みを浮かべてはゆっくりと歩を進める彼は、どこか苛立ち混じりの空気が漂っていた。

「そういやーよ、お前、どうかしたか?」
「え、あ、ううん。パフェのアイス溶けてきちゃったからどうやって食べるか迷ってて。気にしないで」
「おお、そうか」

( 視線の交差点 )



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