「今日はイカと魚の解剖だって」
「何新羅。何時も解剖の時はハイテンションで語ってんじゃん。嫌なの?」
「蛙豚の目イカ魚。どれも定番だよ。イカなんて中学の時やったじゃないか。魚は父さんとは三才の時しょっちゅうやってたよ」
「新羅君…」
「新羅、名前がドン引きじゃん」

朝登校したら新羅君が折原君の席の前に座って二人で向かい合って何か話していた。
私が見るに新羅君が一方的に折原君に話掛けてるみたいで。折原君は適当にそれに相槌を打っていた。携帯を弄くりながら。
私が席に着くと、「おはよ、名前」なんて爽やかな笑顔で折原君が言った。
無言のヘルプだったんだと思う。
俺の代わりにどうにかしてこの変態眼鏡の相手をしてやってくれっていう。

そして今に至る。

「俺は死んだ魚の目が大嫌いなんだよね。座席表でグループが別れてるから名前と同じ班なんだ、俺」
「要するに私に任せると。そんなこと言って折原君ほんとは解剖できないんじゃないの?怖くて」
「まさか!俺はそんな女々しくないよ。なあ新羅」
「まあどちらかというと残虐かな」
「え、何したの」
「イカの解剖の時にね、笑いながら割いてたよ」

何を?なんて聞かないからな折原君。
そんな目で見ても無駄だからな。

「あ、でも安心して。その後は興味ないとでも言うかのように解剖してたから」

おお。折原君もやっぱ普通の人だ。
笑いながら割くなんてしなければ。

「それで名前ちゃん。臨也から聞いたよ、期末試験ヤバイって」
「…………」

新羅君から折原君に視線を移した。
何言ってんだよ折原君。
個人的なことは何でもかんでも流していいってわけじゃないんだよ。

「そうなんだよね…何ていうか、もう……」
「じゃあさ、試験前の日曜、家に来ない?勉強会でもしようよ」
「え、いいの?」
「勿論だよ。名前ちゃんなら大歓迎だ!」

すると折原君が携帯を置いて「俺も行く」と比較的普段通りの口調で言った。

「無理」
「何で?」
「臨也は勉強会になんて来る必要無いだろ?何か企んでるとしか思えない」
「別に何もしないよ。ただ名前の反応が見たいだけ」
「反応…?ってまさか臨也…」
「そう、そのまさかだよ」
「そうか!お前はそんなに俺とセルティの相思相愛っぷりを名前ちゃんに大公開したいのか!」
「馬鹿だ…」

そんなやり取りをしていたが、全く理解出来ない。

反応?セルティ?相思相愛?
新羅君、彼女さんがいたんだ。

「ねぇ新羅君」
「今話しかけても無駄だよ。あと二十分くらいはあのままこっちに帰って来れないから」
「帰って来ないって、どこから?」
「強いて言うなら、俺達の手の届かない所にある天空の城って感じかな」
「おお。それは私も行きたいな」
「やめときなよ」

折原君はやれやれと首を振り、再度携帯を手に取った。

結局その日決まったことは、明後日の日曜日の十一時に新羅君の家に行くことと、折原君の要望によりお菓子を持参すること。

来神高校に入学してから初めて友人の家にお邪魔させていただきます。
勉強会が目的だけど、凄く楽しみだった。



♂♀



期末試験前日。
初夏の蒸し暑い日の日曜日。

「さて、そろそろ行こうかな」

鞄も持ったし携帯も持った。
そんな時、ピンポーンと聞き慣れたインターホンの音が家に響き渡る。

急いで出てみると、相手は折原君以外の何者でもなかった。
お迎えに上がりましたって感じなら嬉しいんだけど、折原君相手だと気を抜けないな。

「おはよう」
「おはよう…どうしたの?」
「迎えに来たようにしか見えなくない?」
「いや、折原君なら迎えに来たこと以外に何か理由がありそうじゃん」
「俺を何だと思ってるのさ。あ、でも名前が俺をどう思っていようと関係ないけど。兎も角まずコンビニに直行しよう」

折原君はニコニコしながら私の前を歩いていた。
私の家を出て直ぐの場所にあるコンビニに折原君が入っていったので、勿論私も後に続く。

折原君やけに楽しそうだなぁ…
お菓子を楽しそうに選んでる。
こんな折原君は初めてだ。どう対応するべき?

自問をしていても答えは見付からず、結局折原君に「名前も好きなの選びなよ」と言われる数分後まで、楽しそうにお菓子を選ぶ折原君を見ていただけだった。

「新羅の家までアイスでも食べながら行かない?アイスぐらいなら奢ってあげるよ」
「ならガリガリ君で」
「いいの?」
「もうそれだけでも十分なくらいですから」

奢って貰うのに、高い物は選べないし。
本人の前でそんなことは言わなかったけれど、正直楽しそうな折原君を見られて嬉しかった。何故。

「ま、ハーゲンダッツとか言われたらどうしようかと思ったけど」
「いや流石にハーゲンダッツは…で、折原君はアイスの実と」
「悪い?今食べたい気分だったからね」
「いえ全然」

もう六月の下旬。
蒸し暑いこの時期。
太陽の光がアスファルトを照らし続けていた。

とても暑いこの池袋のとある道を、アイスを食べながら並ぶ男女。
川越街道沿いのとあるマンションへ向かう際に必要とする二十分程度の時間と二人の距離の近さにはお互い慣れていた。
いや寧ろ、慣れていたからこそ距離の近さに未だ気付けていなかった、の方が正しいだろう。

嫌いじゃないけど苦手。
好きじゃないけど嬉しい。
一緒に居てくれると、嬉しい。
しかし名前にとって後者の一緒に居てくれると嬉しい、は、折原臨也に限ったことではない。女友達だったり新羅だったり静雄だったり…

そして名前と臨也の間には確かに壁が存在した。
お互いにその壁を越せないし、越そうともしない。

近くに居るようで近くに居ない。
そんな微妙な距離だけれどお隣さんというシンプルな関係が歪になっていくのは、まだ先の話。



♂♀



「新羅ー来たよー」

インターホンがあるにも関わらず自身の声で呼ぶ臨也に名前は疑問に思った。

「やぁ、名前ちゃん、臨也。待ってたよ」
「セルティは?」
「今日はいるんだよね。あ、名前ちゃん…」
「名前なら大丈夫だよ、ね?」

臨也の爽快さ溢れる笑みに名前は首を傾げる。
普段見慣れた笑顔だからこその疑問。
何か嫌な予感がする。何だろう、と。

「うん、大丈夫だよ。まだよく分からないんだけどね」
「ならいいんだけど…一旦二人とも中に入って」
「うん、分かったよ。名前。怖くなったら俺が抱き締めてあげようか?」
「どうしてそうなんの」
「あの二人のイチャつきぶりは半端じゃないからね。もはや凶器だから。だからその凶器から身を守るための防衛ってことで俺達もイチャつくんだよ。何時もみたいに」
「何時もって…なるほど。折原君は好きな子はイジメたがるタイプなわけか」
「何勘違いしてんの?俺は名前が好きだとか一言も言ってないけど」
「折原君も勘違いしないでよ。私折原君のこと苦手なんだから好きだとか思ったことないしね」

「ふーん。名前は何時も俺達がイチャついてるってのは否定しないんだ」
「何で今そこにつっこんだの。ってか全力で否定しますけど」
「俺だって本気で言ってるわけじゃない」

名前は、話が噛み合わないことは折原君とならよくあることだ、と今回の件は頭の隅へと追いやることにした。

「そこに座って待ってて、今呼んでくるから」

名前と臨也をキッチンの前にあるテーブルへと誘導し、二人にそこで待っていてもらうように指示をする。
二人に紅茶を出すと新羅は踵を返してある一室へと向かって行った。

互いに向かい合って座っている状態なのだが、よく考えれば名前も臨也も余り正面から相手と向き合うことがなかったのだ。
それは単に二人が隣の席という位置関係だからなのか。
それとも向き合おうとすらしなかったからなのか。

「名前の反応が楽しみだ」
「折原君は人のリアクション見てそんなに面白い?」
「そりゃそうだよ!俺は人間が大好きだ。愛してるんだよ、人間そのものを。人は善し悪しなんて物差しで決めるものじゃない。面白いか退屈か、そのどちらかなんだよ、人間は」

臨也は頬杖を突き、紅茶が入っているカップの縁を右手の人差し指でなぞりながらそう口にした。

すると部屋から新羅が戻ってきた。が、どうやら一人ではないようだ。

「呼んできたよ。臨也は前に何度か会ってるけど、名前ちゃんは初めてだよね。彼女はセルティっていうんだ」

ヘルメットを被った、ライダースーツの女性。
臨也は微笑みながら、「久し振り」と軽く挨拶をした。

『初めまして。私のことはセルティと呼んでくれ』
「は、初めまして。名字名前です。名前、でいいですよ」

違和感がある。
ヘルメットから顔が伺えない。いや、顔がない。
まさか、そんな筈は…

『もう気付いたみたいだな』
「…え?」
『顔を見れば分かる。ヘルメット、外してもいいか?悲鳴とかは、なるべく上げないでほしい』
「…は、はい」

やっぱりそうなんだ、と確信した。
名前の言葉を合図に、セルティはヘルメットを外す。
すると、黒い煙の様な物が辺りを取り巻き一部の空間を覆い隠した。

「名前ちゃんノーリアクションだね。良かったよ」
「まぁ意外な反応ではあるよね。少しは驚くかと思ったけど」
「いや、少しは驚いたけど…何て言うか、ヘルメットの中見た時にあっ、て思ったから…」
『やっぱりそうだったか。ああ、そういえば名前も臨也も勉強しに来たんだよな。その部屋でやるといい』
「ありがとうございます」

セルティがある一室を指差したので三人は中へと入って行った。

これより、二人の教師vsレッドゾーン生徒のバトルが開始。

「俺と新羅は勉強する必要ないからね。名前に教えてあげる側だから」
「よろしくお願いいたします」

ペコリと頭を下げ、シャーペンをギュッと握る名前に、「名前が期末頑張らなきゃ俺の家には来られないんだから」なんてプレッシャーをかける臨也。

「じゃあ始めよっか」

そんな新羅の言葉から勉強会が始まった。

しかしそれから二時間後。

「臨也出来た?ちょっと見せて」

臨也に解説を名前のノートに書くように新羅が指示したので臨也は黙々と手を動かしていた。

「うん、ちゃんと出来て……おい」
「どうしたの?新羅君」
「臨也お前…」
「ちょっと暇つぶしにね。どう?上手い?」

名前は苦笑する新羅からノートを受け取り、ぺらぺらとページを捲ってみた。
最初の数ページにはしっかり解説が書いてあるものの、とあるページからパラパラ漫画らしき物が。
内容は、勉強する名前の邪魔をするためちょっかいを出してくる臨也に彼女が怒っているというよくある情景だった。
絵が意外にも可愛らしいのだが、何故か怒りが込み上げてくる。怒りだけではないけれど。

「解説、ありがとう」
「絵については何もないわけ?」
「うん。ありがとう」
「…………」

何だろう、この不快感。
何時もなら怒ってくるはずなのに、今日は相手にされていないような気さえする。
でも一番不快だったのは、彼女の気を引こうとしている自分自身だった。

そうか、それだけ自分は退屈だったのか。
退屈だったから、こんなことをしていたのか。

完全に納得出来た理由ではなかったが、そう言う風に臨也は自己解決した。
それからというもの、退屈な時間はどんどん過ぎていき、勉強会が終わった夕方五時頃。
新羅とセルティにお礼とさようならを言い名前は臨也と帰路に向かった。

お互い会って約三ヶ月。
初めて会ったあの日から、何も変わってはいなかった。
知らず知らずの間に変わっていたものが在るのに二人が気付かないのも、変わってなどいなかった。

ずっと背中合わせのお隣さん。

( 背中合わせで隣同士 )



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