「人、ラブ!俺は人間が好きだ!愛してる!だからこそ、人間の方も俺を愛するべきだよねぇ…」

えーっと、これ今までに何度聞いてきた言葉だろう。
キャスター付きの椅子でグルグル回る臨也さんは今日もご機嫌の様だ。

うわ、椅子ごと回りだしたよこの人。
これは相当である。

ちなみに私の機嫌は全然良くない。

「じゃあ臨也さん、行ってきます」
「ん、宜しく」
「本当に私一人で行かなくちゃならないんですか…」
「そう。俺だって仕事あるんだから。書類、ちゃんと届けてよね」
「はい、分かりました…」

ある依頼人に私は書類を渡すことを臨也さんに頼まれたのだ。
私は臨也さんから受け取った書類を鞄に入れ、部屋を出ようとした。
その時。

「気にすることないよ。君に何かあったら、その時は俺が何とかするから」
「ありがとう…ございます」

臨也さんの何とかって怖いな。

そんなことを胸中で呟き私は新宿駅へ向かった。



♂♀



「確かに書類、受け取りました」
「ええ。一応、上司の方にも念のためご連絡を入れていただけると助かります」
「了解です。今後とも、宜しくお願いします」

一礼して私は部屋を退出した。
よし、これで終わり。
時計を見ると、既に夜の十時を回っている。
足早に人通りの少ない場所にある小さなビルから立ち去り、私は池袋駅に向かった。

「あ、セルティさん!」

某歩道橋。
偶々私が下を見てみると駐輪しているセルティさんがいた。
仕事帰り…なのかな?

で、私は歩道橋の上にいるわけだが、無意識に大きな声を出してしまったためセルティさんは此方に気が付いた。
歩道橋を急いで掛け降りセルティさんの所まで走るぞ。久し振りに会えて嬉しい。
結構な速さで私は下へ降りて行ったのだが…

「うわっ!!」

痛っ!!
ない。これはナイ。
浮かれすぎて下を見ずに階段を一個飛ばしで駆け降りた。
というか駆け落ちた。

多分下から八段目くらいの高さから落下しただろう。
幸い見ず知らずの人には見られていなかった。が、セルティさんには嫌でも目に入っているはず。
ここに臨也さんがいたら何と言われてるか…考えただけでも恐ろしい。

大怪我しなかったことが不幸中の幸いだが、顎と両肘と両膝が…ものっすごく痛い。

セルティさんは慌てて私の方に駆け寄った。

「大丈夫か!?」
「大丈夫です。それより久し振りですね」
「今は挨拶は後にしよう。出血が結構酷いみたいだから新羅に診て貰って早く消毒するんだ。私の肩に掴まれ」

PDAに写し出された文字が少し霞んで見えた。
やっぱりこの時間でもサンシャインシティの近くは人通りが多いからと涙をぐっと堪えているので目に溜まる。

「すみません…こんなつもりじゃなかったのに…」
「いいんだ、気にするな。私は名前に会えて嬉しい。新羅もきっと喜ぶ」
「そうだと嬉しいです」

私はセルティさんのバイクに股がり、それを確認したセルティさんはPDAに「しっかり掴まってろよ」と打ち込んでは走り出した。




新羅さんのマンションに着くと彼はセルティさんが帰ってくるのを心待ちしていたようで、玄関まで掛けてきた。

「待ってたよセルティ!おかえり!」

臨也さんもこれくらいの勢いで迎えてくれればいいのに。待ってたよ!…やっぱ想像するのはやめよう。怖すぎる。

「久し振…って、名前ちゃんどうしたのその怪我!?傷だらけじゃないか!?」
「ちょっと階段から落ちちゃって…」
「前から落ちたでしょ」
「はい、それはもう…大胆に」

苦笑いしながらそう言うとセルティさんが、「新羅、治療してあげてくれ。頼む」なんてPDAに打ち込んだ。

「勿論だよ、セルティ。さ、名前ちゃん。上がって」

中に案内され、ソファーに座るようにセルティさんに促されたので、それに従い私はソファーに座った。



♂♀



新宿のとある高級マンション。
その一室には、トン、トン、トンと一定のリズムで規則的な音だけが静かに響き渡る。
人差し指でデスクをトントン叩き、片手で頬杖をつく。
正にご機嫌斜めな状態を具現化したようだ。
先程までのご機嫌はどこへやら。

「遅い、いくらなんでも遅すぎる」

名前が此処を出てからもう一時間半が経過。

新宿から池袋までの電車の乗車時間は十分もない。
仮に駅のホームで電車を待っていたとしても三分程度でくるはずだ。

仕事の方だって書類を渡すのだけ。
もしかしたら依頼人と長話…いや、あっちも急ぎの用があるからわざわざ高額な金を支払い俺を頼った。
長話などあり得ない。
しかも依頼人からしっかり書類は受け取ったと確認の電話もきた。
とすると三十分以上前に帰って来られるはず。

なら本当に変な輩に絡まれたかそれとも事故か…

ともかくこの一時間もの間に池袋で起きた事を片っ端から調べあげていこう。




同時刻。
川越街道沿いにある某高級マンションの一室での会話。

「さ、これで大丈夫だよ。顎の方は暫くの間ガーゼで止めておいた方がいいかもね」

新羅さんは顎にまでガーゼを貼ってくれた。
でもこれかなり恥ずかしいんですが。

頬にも擦り傷があるのだが、そこには余り絆創膏とかは貼らない方がいいかもと言われたため何も貼っていない。
足の方は足首を若干捻ったものの、私にはそっちよりも膝にできた傷の方が何倍も痛かった。

夏だからサンダルを履いてる私だが、脛辺りには包帯が巻かれている。
帰りはタクシーで帰ろう。
流石にこれで電車は恥ずかしすぎる。

「そうだ。臨也の奴に連絡するよ。ちょっと待っててね」

受話器を取って新羅さんは臨也さんの電話番号を押していく。

「…あ、臨也?ちょっと話があるんだけど」

どうやら繋がったようだ。
臨也さんにこの姿何て笑われるかな。

「新羅?ねぇ今忙しいんだけど。後にしてくれない?」
「それは仕事で忙しいの?」
「違うよ。名前が帰って来ないんだよ。もしかしてそっちにいる?いるなら早く言ってよ。つか本当に用件は何なわけ?名前に関係ないならまた後で掛け直して」

臨也さん何て言ってるのかな。
とか考えていたら突然新羅さんが私に満面の笑みを浮かべてきた。
何だろう。

「…ねぇ、聞いてんの?」
「ああ、ごめんごめん。悪かった悪かった。名前ちゃんなら家にいるよ」
「は?何で?」
「名前ちゃん、階段から落ちたんだって。大怪我では」

そこまで新羅さんは言ったが、直ぐにガチャリと受話器を置いた。

「ったく、最後まで人の話を聞こうよ。大怪我ではないからって言おうとしたのに臨也が先に電話を切っちゃってね」
「そうなんですか…っていうか新羅さん。さっきの笑顔は何ですか?」
「臨也名前ちゃんの帰りが遅いからって心配してたみたいだよ。忙しいって言ってたよ」
「何が忙しいんですかね。やっぱ仕事ですか?」
「違うよ。仕事じゃないんだって。キーボードの音が聞こえたから多分名前ちゃんが何かに巻き込まれたりしてないか、とか情報集めてたんだと思うよ」
「そうなんですか…」

何か嬉しいな。
本当に、純粋に凄く嬉しかった。

心配、しててくれてたんですか…

「最初は臨也の助手だと聞いて何か騙されてるんじゃないだろうかと心配だったが、そうじゃないみたいだな」

PDAにセルティはそう打ち込んだ。
名前には見えないように、新羅にだけそれを見せた。

「結構大切にしてるみたいだね」

新羅さんの言葉だけは聞こえたが、名前自身には何の話をしているのかさっぱりである。

「そうだ。セルティ、名前ちゃん。コーヒー飲まない?」
「ああ、ありがとう新羅」
「ありがとうございます」

そして私は二人に色々な質問をされながら臨也さんの到着を待った。

普段二人でどんな会話をしてるのかなど聞かれたので正直に答えたら二人はお腹を抱えて笑っていた。



♂♀



ピンポーン。

呼び鈴が鳴ったものだからきっと臨也さんだろう。
新羅さんが玄関へ向かおうとした。
しかし臨也さんは呼び鈴を押したと同時に部屋に入ってきた。

「臨也!それじゃインターホンの意味が無いじゃないか!」
「名前どこ?」
「人の話しはちゃんと聞こうよ…リビングのソファーで座ってるよ」

新羅さんのその言葉を聞くなり臨也さんは足早にリビングへと向かう。

「…………」
「お迎えありがとう、ございます…」
「どうしたの。何でそんな傷だらけなの?特に顔と足」
「ド派手に階段から落ちてしまって…」
「…………」

そんな絶句する程のことか。

「大怪我じゃないだけマシだけどさ。君、仮にも女の子だよね?」
「仮にも…ですか」
「顔にそんな沢山傷付けるもんじゃないよ」
「すみません…」
「ほら、帰ろう。新羅、治療費いくら?」
「あ、それは私が払いますから…」
「いいよ。治療費なんて言う程の治療はしてないから」
「すみません…」

するとセルティさんがPDAに何かを打ち始める。

「もうそんな怪我するんじゃないぞ。臨也のやつも心配してたみたいだったしな」
「はい。今日はありがとうございました」
「じゃ、気をつけて」
「名前ちゃんも臨也も、またね」
「はい、さようなら」

そう言って新羅とセルティに挨拶をした名前は玄関に向かおうとしたのだが、彼女が足を引き摺ってるのを見て臨也は肩を貸した。

「普通こういう時はお姫さま抱っこ、とかがいいのかもね。でも、それはまた今度」
「いいです別に。臨也さんからのお姫さま抱っこなんて望んでないんで」
「じゃあ誰からしてもらいたいの?」
「まだ分かりません。そもそも私に恋愛なんて出来るか…」
「ったく…」
「え!?あの、ちょっと、臨也さん!?」
「静かにしないと落とすよ」
「…………」

突然抱き上げられ驚いた。
臨也さんの首に両手を回す。

「顔、隠しなよ」
「隠したいのは山々ですけど、どうやって、ですか」
「俺使いなよ」

…と、言うことは…

臨也さんの胸板に顔を埋めろということですか…

「…………」

私は無言でさっと彼の胸板に顔を傷が痛まない程度に押し当てた。

何かこれ、落ち着くな。

「タクシー止めてあるから。家着いたらもう寝なよ。さっき風呂入ったでしょ?」
「はい」
「一緒に寝てあげようか?」
「セクハラ反対です」

こんな気まぐれな上司だけど実はこうやって普通に会話してる時が一番幸せなのかもしれない。

臨也さんは、そんなことないかもしれないけれど、私は凄く幸せだった。




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