ブー、ブー、ブー…
サイドテーブルに置いてあった携帯電話のバイブ音が鳴り響く。
その鈍い上に中々に煩さい音のせいで私の目は覚めた。
もしかしたらメルマガかな…こんな朝早くにくるメールなんてメルマガくらい…いやでもこんな時間に届くようなメルマガ登録した覚えは…
目を擦りながら覚醒しきらない頭でそう思って携帯を開くと、まさかの臨也さんからだった。
何で、この時間なんだろう。
何で、わざわざメールなんだろう。
色々な考えを頭に張り巡らせつつ私は受信されたメールを見て固まった。本当に、言葉の通り固まった。
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8/18 06:05
From 折原 臨也
Sub 愛してる
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好きだよ
俺は君がだいす
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「ほー、へー。……?…ん、んん?……ええええっっっ!?」
な、なにこれわけわかんないどういうことっ、な、な、なんでいきなりこんな……っ、てかだいすってなに?
ってか何ですかこのメール。
からかってるんですね、また。どうせね。
ああでもま、よく考えてみればこういうメールを送ってからかって反応を楽しむような人じゃないし。
いや、そんな人なんだけれども、こんなまだ笑ってスルーできるようなメールじゃなくてもっとこう…兎も角ひどい物を送りつけたりして人の反応を楽しむ人だ。
けど臨也さんは、“いたずらっ子”の部類に入らないとは言えないと思う。と言うかむしろ彼はそっちの部類だ。
私が4年間部下として臨也さんの下で働いて培った「臨也さんってこういうひと(脳内辞典)」の中には、やっぱりいたずらっ子というキーワードが入ってて…いや、子ではないか、子では。
まあ落ち着いて考えてみれば確かに臨也さんがこんなの送ってくるわけないか…
でも、じゃあ誰が……分からぬ。
怖いのか嬉しいのかがっかりなのかよく分からないような気持ちが胸中で渦巻く。
たまに私の臨也さんへの気持ちが分からなくなる。
とにかく、臨也さんのとこへ行こう。
携帯を持って自室を出ようとしたその時、またもバイブが鳴った。
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8/18 06:05
From 折原 臨也
Sub さっきの
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気にしないで
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はい。
私は心の中で、なぜかそう冷静に答えていた。
とにもかくにも、まずはこの部屋を出よう。
私はとりあえず始めに仕事場へと降りたのだけどそこには誰もいなくて、ブラインドの隙間から微かに差す日が…こんなこと言ってる場合じゃない。
まず臨也さんのところへ急ぎたい。
おかしいな、臨也さん起きてるはずなんだけど。
それに、いつもなら起きたらすぐに部屋から出てくるのに。
まだ起きてないのかな?
やっぱりさっきのは誰かからのイタズラメールかな。いやそうに違いない!
私は、一つの答えにたどり着いたと同時に、「痛いからどけ!!お前らそこどけ!!」と言うどっからどう聞いても自分の上司のものである声が耳に入ってきた。
小走りに臨也さんの部屋へ向かい、扉の前で立ち止まる。
「あの、臨也さん…?入りますよー」
ドアノブに手を掛けたら、勢いよく扉が開かれた。
「名前さーん!久しぶり!」
「久…(久しぶりですね)」
「九瑠璃ちゃんも舞流ちゃんも来てたんだね、久しぶり」
「君はいつもナイスタイミングで俺を助けに来るよね」
「いえ、臨也さんの痛そうな声が聞こえたので。別に助けにきたってわけではないんですけど」
「こいつらが俺の上で跳ねるから」
ベッドで横になる臨也さんは、寝癖で跳ねてしまっている髪を軽く押さえた。
顔が妙に疲れている。
また九瑠璃ちゃん舞流ちゃんと三人で仲良く格闘してたんですね。
でも何だかんだ言って、そんな臨也さんはちょっと可愛い気もする。なんでだろ。
大人なのに子供みたいなんですよねなんか。私より年上なんですけど。
「つか…さっきのメール気にしないで」
「気にしてないんで臨也さんの方こそ気にしないでください」
「せっかくこっそりとイザ兄の部屋に忍び込んだのに!しかも枕元に携帯が置いてあったから!チャンスだと思ったのに!」
「なにがチャンスだよ」
「惜…(惜しかった…)」
「九瑠璃」
臨也さんは上半身を起こし、こっちに目を向けた。
そんな臨也さんの上に舞流ちゃんは跨がり、私と九瑠璃ちゃんのいる位置からは聞こえない声でそっと耳打ちする。
「早くくっついちゃいなよー」
「お前…」
舞流ちゃんの声は聞こえなかったものの、臨也さんの呆れたような声だけは聞こえた。
「否定はしないんだね」
「しても無駄だろ」
「イザ兄がんばっ!」
「勘違いするな」
どけどけ、と手で追い払うようにして自分の上に跨がる舞流ちゃんをベッドの上から臨也さんは下ろした。
もー!と言いながら渋々退き、舞流ちゃんは私に抱き着いてくる。
「本当に臨也さんの妹なの、二人とも。こんなに可愛いのに」
「それどういう意味?」
「臨也さんも可愛いですよ」
「言われても嬉しくないよ」
「だって臨也さんが言うから」
「別に可愛いって言ってもらいたかったわけじゃないんだけど。あと、お前ら。何でいんの?」
「冬休みだよっ!もう!」
「え、今何でキレたの?正直怒りたいのはこっちだよ」
「イザ兄は毎日が冬休みみたいなもんじゃん」
「いやそれ今の話しと関係ないよね?」
良い感じのペースで言葉のキャッチボールが続いている。
なんでこうもポンポンと言葉が出てくるのこの兄妹。
やっぱ兄の妹は兄の妹なんですね。
「名前さんはなにか冬休み予定ないのー?」
「特には……。あー、でも」
「でも?」
「去年にちょっと約束したような…」
「あああれね。そう言えばそうだったね」
「何を?え、イザ兄たち何を約束したの!?」
「お前らには死んでも言わないよ。じゃ、こっちも計画立てなきゃならないからお前ら帰れ」
「もしかしてデート!?デートの計画!?」
「そうそうそれそれ」
「いやちがっ…」
「帰…(それなら、帰ろうか)」
「うん、邪魔になっちゃうしね!じゃあね二人ともー」
スタスタと走って二人は部屋を出て行った。
玄関から出た時にバタンと大きな扉の音が鳴ったのを確認すると同時に私は口を開く。
「臨也さん…」
「ああ言えばあいつらは俺たちの邪魔をしないようにってすぐ帰ってくんだよ。扱いやすいよね」
「……で、どうしましょう」
「君が行きたい所でいいよ」
「臨也さんは行きたい所ないんですか?」
「強いて言うなら人が多いところかなぁ」
「そうですか…うーん、服とか欲しいしアクセサリーとかも…あ、ケーキ食べたいですしハンバーグとかも…」
「いいよ、全部行こう」
「え、全部ですか!?」
「行かないの?」
「私かなり優柔不断なので丸一日潰れますよ!?」
そう言うと臨也さんははぁ、と深い溜め息を吐く。
私がパチパチと目を開けたり閉じたりしてるうちに、臨也さんはベッドから降り、私の前までやって来た。
「そんなこと何年も前から知ってるよ。それに君、1日で全部回りきれるかも分からないって。俺が良いって言ってるんだからいいの。名前とこんな会話何回くらいしてるかなぁ。変に気を遣われたりするのってあんまり良い気はしないよ」
「すみません…」
「ま、俺がこんな風に言うから余計になんだろうけどね…っと」
まだ眠そうに欠伸をしながら伸びる臨也さんをまじまじと見つめる。
「もう何年一緒にいる?」
「そろそろ5年ですかね」
「何も変わらないね君は。俺への態度以外は」
「?」
「いやほら、会ったばっかりの時なんて全然目も見ちゃくれなかったしね。ここで働くようになってからも最初の頃は俺だけが一方的に話掛けてるみたいだったしねぇ」
でもね、臨也さんはこう続けた。
「少しずつ君が俺に心を許すようになったのが分かるようになってきた時は流石にちょっと嬉しかったよ」
「臨也さんも、そんなことで嬉しいと思ったりするんですね」
「そんなことって。君のことを言ってるのに。君は嬉しくないの?」
「それなりに。今の言葉は嬉しかったですけど」
私は臨也さんに顔を背けてそう言う。
いつもの癖で、照れ隠しとかしないようにしなくちゃと思ってはいてもやっぱり上手く返事ができないから私は困り者だ。
「そういうとこも変わらないね」
「なんのことです?」
「そうそうその調子」
いつもじゃあまり見られない臨也さんのちょっと優しい笑顔に胸が高鳴った。気がする。
臨也さんは、部屋を出ようとドアノブに手をかけた。
「ああでも」
「なんですか?」
「クリスマスに君の手料理が食べたいっていう俺の願いは叶えてもらえるのかな?」
くるっと顔だけをこちらに向けて彼はわりと嬉しそうな表情を私に見せる。
勿論私の答えはオーケーの1つなんだけど、なんだかそんな顔で聞かれたら断れるわけが…
「返事がないね?嫌なの?」
「あっ、いえいえそうじゃなくて!いいんです、いいんですけどっ!臨也さんの………あっ、いや、何でもないんです」
「何でもない、ねぇ」
「うっ…」
「まぁ今回ばかりは見逃してあげるよ」
あんまり部下を苛めると嫌われちゃうからさ、と言い上司は部屋を出て行く。
その後ろ姿を見送ったあとふと目を自分の首元に落とすと、そこには去年上司からもらったシルバーネックレスが、窓の外から見える雪のように煌めいていた。