カタカタとパソコンのキーボードが打たれるのと同時に聞き慣れた音が耳に入ってくる。

臨也さん、またチャットだ。

時折彼からは不敵な笑みが溢れるが、それは見なかった事にしよう。

「仕事終わったのに…暇だなぁ…」

流石に一時間も何も喋らず特にすることもなく面白いテレビ番組もないとなると暇である。

話掛けてほしくない時にはペラペラペラペラと話掛けてくるくせに、こういう時に限って何も話掛けてこない上司をジッと見ていた。

別に見とれてたわけじゃな

「俺に見とれてるの?」

今、別に見とれてたわけじゃないって言おうとしたのに良いタイミングでこの上司は…

「違います。勘違いも甚だしいです」
「ふーん。で、何?」
「楽しいですか?チャット」
「勿論さ!非常に興味深い常連客達だよ」
「そうですか。そうですよね、臨也さんがそこまで夢中になるくらいなら」
「何?拗ねてるの?俺に構って貰えなくて」
「違います」

キッパリそう否定すると臨也さんは、「もう少し素直ならもっともっと可愛がってあげるのに」と如何にも意地悪そうな笑みを私に見せた。

「名前もやる?別に名前なら構わないけど」
「そうですか…ちょっとやってみたいかもです」
「ならURL送るからそっちのパソコンから入りな」
「はい」

ノートパソコンを開いた。
お、きたきた。URL。

「チャットやったことあるよね?」
「何度か」
「ならいいや」

臨也さんは再度パソコンに体を向ける。
私は臨也さんから届いたURLのページを開き、HNというハンドルネームでチャットにログインする。

そして早速ログを見てみた。
臨也さんが甘楽というハンドルネームでネカマをやっていたのは知っていたから特に驚きもしない。


…わけがない。
何だこれ。ネカマなのは別に問題無い。
だけどテンションが…

セットン【はじめましてー】

田中太郎【新参の方ですねー】

甘楽【おやおや?HNさんじゃないですかーっ】

HN【はじめまして】

HN【HNです。私は甘楽さんの紹介でやってきました】

セットン【そうなんですかー。もしかして甘楽さんとはリアルでお知り合いですか?】

甘楽【はーい!それはもう大の大大大大大親友ですよーっ!寧ろ恋人?みたいなっ☆てへ】

セットン【甘楽さん女の子でしょw多分HNさんも女の子でしょうし】

HN【恋人ではないので安心してください】

甘楽【もーHNさん、そんなに冷たいと甘楽ちゃん泣いちゃいますよー!ぐす…】

HN【そう言えばログ、見させていただきました】

田中太郎【HNさんのスルースキルw】

HN【平和島静雄さん…についてですよね】

セットン【そうなんです。池袋で有名なあの】

甘楽【あんな危ない借金取りになんか近付くべきじゃないですよ!特に女の子はっ!すんごく悪いやつなんですから!】

セットン【何もそこまで…】

田中太郎【まあ怖いと言えば怖いですけどそんなに悪い人には…】

甘楽【皆さん騙されちゃいけませんっっっ!】

HN【私はよく知らないです。平和島さんのこと。見たこととか聞いたことはありますが】

甘楽【知らない方がいいですよ!】

セットン【あ、私そろそろ落ちますねー】

セットン【HNさん、また来てくださいね!】

セットン【おやすー】

HN【はい、また来ます。お疲れ様でした!】

田中太郎【おやすみなさい】

甘楽【セットンさんお疲れ様でした〜】

―セットンさんが退室されました

田中太郎【じゃあ僕もそろそろ…】

田中太郎【寝落ちしちゃいそうなので】

甘楽【乙です☆】

HN【お休みなさい】

―田中太郎さんが退室されました

内緒モード 甘楽【どうだった?】

HN【あの、内緒モードってどうやるんですか?】

「あ、そう言えばまだ教えて無かったね。…こうすると他の人にはこのやり取りが見えなくなるから」
「凄く便利ですね。というかこれ私達だけじゃチャットの意味無いんじゃ…普通に話してた方が」
「いいじゃん。もう少し甘楽に付き合ってよ」

内緒モード HN【皆さん良い人達みたいで楽しかったです】

内緒モード 甘楽【そうですかー!HNさんにそう言って貰えると甘楽ちゃん嬉しいです!】

内緒モード HN【真顔でその文章打つ臨也さんに感服しました】

内緒モード 甘楽【もっと笑顔の方がいい?】

内緒モード HN【もうどっちでもいいです】

内緒モード 甘楽【……………】

HN【では落ちますね】

―HNさんが退室されました

甘楽【もーっ!甘楽ちゃん1人にしないでくださいよーっ!】

―甘楽さんが退室されました


───現在チャットルームには誰もいません……───



「チャット、また参加させてください」
「好きな時にやりなよ。ま、俺は名前と面と向かって話すのも嫌いじゃないけどね」

臨也さんはそう言ってソファに座る私の隣に腰を下ろし、テレビをつけた。

「私も別に嫌じゃないですよ」

呟いたかのように言った私を臨也さんは少しの間無言で見つめ、「へえ」といつも通りの口調で返してきた。




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