「おはようご…ってあれ、臨也さん今日は早くから仕事なんですか?」

珍しくスーツ姿の臨也さんを見た。
ネクタイを結ぶ臨也さんに少し見とれてしまったのはここだけの話にしておこう。

「おはよ。そうなんだよね、仕事柄今日はこの格好で行かなきゃなんないし…帰ってくるの遅くなるかもしれないから先食べてていいよ」
「いいです、待ってますよ」
「君はいつもいつもそうして俺の帰りを待つけど……まぁいいや。ネクタイ曲がってない?」
「?…いいえ、全然」
「そ。じゃあ行ってくるよ」
「朝ごはんはどうするんですか?」
「もう食べたよ。そろそろ起きるだろうと思って名前の分も作っておいたから食べて」
「ありがとうございます。じゃあ行ってらっしゃい。気をつけてくださいね」
「ん、行ってくる」

臨也さんはそう言い、部屋を出て行った。
スーツ姿の上司の後ろ姿を見送り、「さて…」と私は一息吐いたところでテーブルの上に目をやる。
するとそこには臨也さんが作ってくれたフレンチトーストとシーザーサラダが置いてあった。

こう言う気遣いも、凄く嬉しい。
珍しいことだから尚更っていうのもあるんですけどね。

「いただきます」

手を合わせてトーストを取ったその時。
ブーッと携帯のバイブが鳴ったので誰からの電話かとディスプレイを見てみると新羅さんからだった。

「あ、もしもし名前ちゃん?」
「お久し振りです新羅さん」
「うん、久し振りだね!セルティから聞いたよ!今年も家に来てチョコ、作るんでしょう?」
「はい!またお世話になります!それにしても、やっぱり毎年新羅さんはこの日はいつも以上に元気ですね。凄く嬉しそうです。毎年こうやって電話が掛かってくる度に思います」
「そりゃあ勿論だよ!愛しのセルティからのチョゴボッ…!!ごめんよ、ごめんよセルティそんなに照れないで、うぐっ…!!……あ、準備はいつも通りエプロンだけでいいからねってセルティが」
「本当に、毎年ありがとうございます」
「いいよいいよ、気にしないで。セルティの親友は私の親友だからね!それに、名前ちゃんのエプロン姿とセルティのエプロン姿を同時に見ることが出来る僕は臨也なんかよりよっぽど勝ち組だと思うよ」
「たしかに、セルティさんのエプロン姿は可愛いですもんね」
「そうそうそうなんだよ!今日も朝から僕のためにチョコを作る用意をしてくれるセルティがいると思うとまさに歓天喜地!!喜色満面!!さいっっこうにグフッ!!うぐっ!!」
「あの、大丈夫ですか?」
「平気平気…っつー…セルティの、愛の鞭なら…っ、幾らでも受け止められるからぅうっぐ!!」

ツー、ツー、ツー。
電話はそこで途切れてしまった。
本当に仲いいんだなぁ、羨ましい。
いや、何が羨ましいんだろ。
うーん、あれじゃないこれじゃないと色々考えたが、結局はっきりとした答えにはたどり着かなかった。

「ま、いっか」

セルティさんたちが幸せならそれで。

なにか面白いことないかなーなんて軽い気持ちでテレビを点けてみる。
ニュース番組の合間にある正座占いに、なぜかふと目が止まり見てみると5位だった。微妙すぎる。

けれどやっぱりそんなことは余り気にせず、私は臨也さんお手製のフレンチトーストを頬張った。


一年に一度の「上司への感謝の日」を楽しく過ごせたらなぁ。

私にとって、2月14日とはそんな日だった。

臨也さん今頃楽しみにしてくれてるのかな。…いや、どうだろ。
そもそも今日がバレンタインデーだってこと忘れてそう。
それならそれで別に何か問題があるわけではないからいいかな。

先ほどの電話の通り、臨也さんへのチョコは毎年新羅さんのマンションでセルティさんと作っている。
今まで作ってきた物と被らないようにセルティさんと二人でいつもこれにしようと決めているのだが、今年はフォンダンショコラになった。
これは失敗しないように頑張らなくちゃ。よし。

いつもなら対面に座って一緒に食事をしているはずの上司の姿はない。

空席の椅子を見て少し寂しく思うと同時に、私は今年も頑張るぞと意気込んだ。



♂♀



「お邪魔しまーす」

ピンポーンと新羅さんのマンションの部屋のインターホンを押すと、ドタドタと足音が聞こえた。
誰かが走って来ているのが分かる。

セルティさんかなー、新羅さんかなーと思い一人わくわくしていると扉が開いた。

「名前ちゃん久し振りー!」
『久し振りだな、名前!』

まさか新羅さんとセルティさん二人とも来るとは思わなかった。
でも、二人が出迎えてくれるなんて凄く嬉しい。

「セルティさんも新羅さんも、こんにちは」
「こんにちは。さ、中に入って。準備は出来てるから、後は名前ちゃんが身支度するだけだ!」

満面に笑みを浮かべて新羅さんはそう言った。
臨也さんもこれくらい喜んでくれればなぁ。
そう思うのは、心の中だけにしておこう。

「お邪魔します」

中へ入り、奥のキッチンへ向かう。
台所には調理器具や材料が並べられていた。
荷物を置かせてもらい、エプロンを頭から被って準備完了。
『じゃあ始めるか』とセルティさんがPDAに打ち込んだのを見て私は「はい!」と答えた。




『上手くできるといいな』、とか「あ、良い感じですね!」とか久々に女の子らしい会話をしていると、「そう言えば名前ちゃんさぁ、」と今までニコニコと私たちの動きを見ていた新羅さんが突然話を持ち出してきた。

「どうしましたか?」
「今までずっと気になってたんだけど臨也のやつ、バレンタインの日にチョコを渡すとどんな反応するの?」
『それは私も気になるな。今まで聞いたことないし』
「うーん、そうですねぇ…美味しいよとかありがとうとか…そんな感じですかね」
「ふーん。もうちょっと大喜びしてもいいと思うんだけど。アイツさ、一応ある程度女子には人気あったから貰い慣れてるのかな。僕はセルティから貰えればそれで十分なんだけどね?」
『誰もお前の話しは聞いてない。…で、臨也のやつは欲しいとか言ったりはしないのか?』
「あぁ、そういうのは全くないですね。今日の朝も普段通りでしたし」
「臨也、密かに期待してるんだよ」

頬杖を突きながらにんまりとこちらを見てくる新羅さんの発言に思わず動きが固まった。

「いやいや、臨也さんに限ってそれは…」
「そうかい?当たらずとも遠からずって感じだと思うけど。まぁでも、喜んでるのは確かだね。臨也が相手に気を遣ってありがとうとか美味しいとか言うようなやつだとも思えないし」
『臨也のお気に入りなんだよ、名前は。大切にされてるというか…』
「……どうでしょうか」
「名前ちゃんに会う前の臨也だったら有り得なかったかな。人が好きだとか言ってるわりに自分と他人との適当な距離を保つために心の壁を作ってたし。なんというか名前ちゃんはさ、心を許せるような感じなんじゃないかな?名前ちゃんの中の臨也ってどんな感じなの?」
『あぁ、それも気になるな』

ついに来たかこの質問。
なんとなく来るなって予想はしてたけど。

臨也さんについて色々思うことはあるのに、上手く表現できない。
一言で表せる良い言葉が見当たらない。

「えーっと……上司?というか、信頼できる人というか」
「臨也のことを“信頼できる人”なんて言えるなんて凄いことなんじゃないかな。もちろん良い意味でさ。名前ちゃんは臨也がどんなやつだか知ってるのに、その上でそう言ってるんだから」
『確かに臨也を信頼できるだなんてアイツを知ってるならそうそう言えないしな』
「もう四年も毎日一緒にいるので日に日に信頼が…。とは言っても最初はそんなに臨也さんを信頼できませんでした。むしろ警戒心の方が強かったんです」

私は臨也さんと過ごし始めた時のことをふと思い出す。
最初は、必要最低限のことしか喋らなかったなぁ。
臨也さんから色々話し掛けられることはあったけど、自分からは余り話さなかった。
それが今こんな風になるなんて。
そう考えると、少し嬉しかったりするかもしれない。
心を開くとまではいっていないけれど、少しでも臨也さんに信頼されてたらいいな、とか。

「名前ちゃんは俺やセルティを見て微笑ましいって言ってくれるけど、正直君たち二人も見ていて微笑ましいよ。たまに家に来てちょっとしたことで口論になってたりとかね」
『何でも言い合える上司がいて良かったな』
「はい、それはもう」
『よし!じゃああともう少しだ。この調子で頑張るぞ』
「はい!」

こうしてお菓子作りを再開すると、「楽しみだなぁ〜セールティ」と上機嫌な新羅さんの鼻唄が聞こえてきた。



♂♀



「ただいまー」
「お帰りなさい。思ったよりも早かったですね。てっきり十時は回るかなぁとか予想してたんですがまだ八時ですし」
「ま、思ったより上手く話が進んだからね」
「そうですか。お疲れさまです」
「ちょっと着替えてくる」

臨也さんは携帯を事務用デスクの上に置き、自室へ向かって行く。
チョコ、いつ渡そうかな。
やっぱり何か渡す前って緊張する。それだけは毎年変わらない。
きっとこの先何年経っても変わらないんだと思う。

冷蔵庫にしっかりと保存されてたフォンダンショコラを取り出して電子レンジで温めた。
どうやら上手く成功したようで、キッチンに香りが広がる。

チンと温めが完了したと同時くらいに臨也さんは自室から戻ってきた。

「やっぱりさ、俺、こっちの方が動きやすくていいんだよね」

自分の着る黒い服を見て臨也さんはそう口にする。

「そっちの方が見慣れてますしね」
「ありがと」
「え、や、今の褒め言葉だったんですか…?」
「やっぱりね、そんな反応するかと思った。久しぶりに君の呆気に取られた表情が見たくてさ。唐突に訳のわからないことを言うと名前はすぐに凄い顔して驚くから。ほら、チョコのことだよ」
「あ、あぁ、チョコのことですね、チョコ」

私は電子レンジからフォンダンショコラの乗ったお皿を取り出し、テーブルの上に置いた。

すると、「夕飯の前にさ、こっち先に食べていいかな?」と聞かれたので私はうんうんと首を縦に振る。

「顔ニヤけてるよ」
「別にニヤけてなんかいません。むしろニヤけてるのは臨也さんの方です」
「俺だって別にニヤけてないよ。もう少し良い言い方ないわけ?」
「うーん…ニヤニヤ?」
「さっきより酷い。ってかさっきと意味変わらない。せめて嬉しそうって言ってくれないかなぁ」
「嬉しいんですか?」
「君のご想像にお任せするよ」
「そういうの、セコいって言うんですよ」
「俺はそういう男だから」

そして臨也さんはフォークを入れて口に運んだ。
新羅さんがさっき「美味しい!」って言って食べてくれてたから味は美味しいと思う。

あ、でも新羅さんはセルティさんが作った物なら何でも美味しいって言うんだろうなぁ。

「美味しいんじゃない?」
「え、何で疑問形ですか」
「美味しいよ」
「……っ、…あの、いきなりそういうのやめてください」
「顔赤いって」

わああ恥ずかしいどうしよう。
まさかはっきり美味しいって言ってもらえるとは思わなかった。
今まではっきり美味しいと言ってくれたことはあったけど、今回のはもう不意討ちというかなんというか…色々予想外です。

「嬉しい?」
「臨也さんのご想像にお任せします」
「そういうの、セコいって言うんでしょ」
「私はそういう女ですから」
「パクり」

そう言って臨也さんはまた微笑んだ。
実はこの時から臨也さんはホワイトデーのお返しを考え出していたらしいのだが、そのことに私が気付くのはまだまだ先のこと。

「俺はさ、名前の驚いた顔も好きだけど、喜んでる顔も好きだよ」
「本当に人間が大好きなんですね」
「勿論」

臨也さんにしては珍しくどこか優しげな笑みを浮かべ、もう一切れ手作りチョコを口へ運んだ。




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