「えー、臨也さん」
「何?」
「さっきから私の話聞いてます?」
「うん。昼食どっかで摂るんでしょ」
「はい。じゃああの、私伝えましたからね」
「何でわざわざ俺にそれを伝えたわけ?」
「前に一人で行くなら一言断ってから行けとか言ったのはどっちですか」
「そうだったっけ?ごめんごめん。気を付けて帰って来なよ。じゃ、電話切るね」
「はい、さよなら」

ピッとボタンを押し通話を終了させ、私はまたバッグの中に携帯を仕舞った。

久し振りに一人で60階通りを歩いた気がする。
偶々臨也さんから頼まれた仕事をしに来ただけだったので、臨也さんに「もう少し遅くなる」と予め許可を取っておいたのだ。
余り遅くなると臨也さんが私のことを探し出すのでね。
まぁ勿論臨也さんに心配かけるのは私だって嫌ですし、心配かけて後々怒られるのも嫌ですから。

私がまだ臨也さんに雇われて間もない日、帰りが遅くなって、「何で遅くなったの」と問われ、しっかり理由も伝えた上で謝罪したのにその後も臨也さんの態度は二日間くらい素っ気なかったことがあった。
悪いことしちゃったなと心底思いましたけど、流石にアレだと仕事もやり辛くて…

まぁあの時の私は高校を卒業したばかりで、大きな年の差はなくても臨也さんからすればまだまだ子供だったのかな。
だからこそ心配してくれ…いや、そんなはずはないか。

色々思考を張り巡らしつつ、私は60階通りにあるとあるファーストフード店に入った。

ハンバーガーショップで、やはりこの時間ともなると店内は混み合っている。
まず席だけは確保しようと、適当に空いてる席にバッグを置き、貴重品を持ってレジへ向かった。



注文をし終え席へ戻って来ると、私の席の隣にはシェイクをキュイキュイと飲んでいる金髪のバーテン…さ…ん…?
さらにその隣にはドレッドヘアの方がハンバーガーを食べている。

まてまてまてまてまてまて。
頭の中で響く警報は私を明らかに挙動不審にさせた。

「金髪にバーテン服にサングラス。君も知ってると思うけど、こいつには関わっちゃ駄目だよ?平和島静雄」

雇われた初日に言われたこの言葉が無限ループ。
いや、私は平和島さんとは話したことも目が合ったこともない。
見たことはあるけれど、あっちは私の存在を知らない。

席を変えることも考えたが、此方が普通にしていれば特に何も問題は無いだろうと思い至り、ごく普通に席に着いた。

「お前さ、いっつもシェイクしか飲んでねぇけど飽きねーの?」

ドレッドヘアさんがそう言うと平和島さんは、「俺、基本甘いの好きなんで。飽きたりしないんですよ」と予想外な返答をした。

見た目では想像できなかったですけど、案外甘党な方なんですね。

「あ、トムさん。次行かなきゃならない場所って何処すか?」
「今日はもう終わりだよ。明日また午後から行かなきゃならないらしいからな」
「そうっすか」

仕事の話をしているのだろうか。
次行くとか明日行くとか一体どんな仕事をしてるんだろ。
バーテンダーさんの仕事を色んなお店で転々と…それは凄いな。

って、私何盗み聞きしてるんだよ。
だめだめ、それはだめ。

そう首をブンブンと振り、心機一転、自分の頼んだコーラを口に含んだ。



♂♀



それから約30分後。
食事も終えて、これから何をするかも決めたところで私はこのお店を出ることにした。
トレイとバッグを手に持ち席を立つ。
ゴミを捨てようと思いゴミ箱の近くまで歩いて行くと、誰かが肩をぽんぽんと軽く叩いてきた。

「おい、携帯忘れてんぞ」
「あ、ああ、ありがとうございます」
「今度から気を付けろよ」

私の肩を叩いたのはまさかの平和島さんだった。
私が席に置き忘れた携帯を彼が届けてくれたらしい。

お礼を言い、私はお店を出ようとしたが、平和島さんが何かを思い出したかのように突然こんなことを聞いてきた。

「そういえば岸谷新羅っつーいつも白衣着てるやつ知ってるか?」
「え、あ、あの、はい。知ってますよ」
「やっぱりか。前にそいつん家で会ったよな?」
「えっと…」
「あぁ、悪ぃ悪ぃ。覚えてるわけないわな、そりゃ。単にあいつん家の玄関とこで通りすがっただけだから」

笑いながら平和島さんはそう言った。
あれ?普通に優しそうな人じゃないですか。
臨也さんが宿敵だーとか怪物だーとか言うからどんな人かと思ったら。

「えっと、平和島さん、ですよね?」
「俺のこと知ってるのか?」
「いや、ここにいてお前のこと知らないやつなんて珍しいぞ」

先程トムさんと呼ばれていたドレッドヘアの男の人がこちらに来て平和島さんにそう言った。

平和島さんは頬を人差し指で掻きながら、「そうなんですかね?」と言ったが私はトムさんの言ったことに頷きたい。

「私は名字名前です。好きに呼んで下さい」

あ…私何で自己紹介してんの…
これからまたこうして話すこともないだろうに。

そんなことを思ってる私に平和島さんは、「じゃあ名前で」と微笑んだ。

「あの、これからお時間ありますか?」
「仕事はもう片付いたから暇っちゃあ暇だな」
「えっとじゃあ池袋一緒に回りませんか?一人でいるのもいいなぁと思ったんですけどやっぱり誰かと一緒の方が楽しいので」
「俺は良いと思うぞ。お前は?」
「そっすね。時間ならあるんで」
「本当ですか!ありがとうございます!」

これで新羅さんとどうして知り合ったのか聞けるはず。
その流れで臨也さんがどんな学生だったのかも聞けるはず……がないか。
前から臨也さんが昔どんな人だったのか気になってたんだけど、流石に平和島さんに聞くのは危ないよね。色々と。

そんなこと抜きにしても、やっぱり誰かと一緒にいた方が楽しいからいっか、と私はその考えを胸に閉じ込めた。



♂♀



「ただいまー。臨也さん、帰りましたー」

履いていたパンプスを脱ぎ、臨也さんのいるであろう部屋へ行くと案の定彼はそこにいた。

「お帰り。どうだった?久しぶりの池袋は。楽しかったかい?」
「まぁ、普段と何も変わらなかったですし楽しかったです」
「ふーん。久しぶりの池袋を満喫してきたわけか」
「えぇ、それはもちろん!」

私が満面の笑みで言うと、臨也さんはキャスター付きの椅子を半回転させ外の景色を眺めながら、「それはよかったじゃないか」といつも通りの口調で私に返す。
なんだ、この悪寒。

「あ、あの臨也さん!夕食の支度今からするんで待っててくださいね?ほ、ほら!今日は臨也さんからのリクエストにお答えしてピーマン抜き青椒肉絲ですよ!」
「……あのさ、」
「は、はい?」

これはまずい。
焦りの余り声が変に裏返ってしまった。

そんな些細なことからでも、鋭い臨也さんは私の心の内にある焦燥感を読み取ってしまうから怖いんですよね…

「もう一度聞くけど…今日楽しかった?」
「は、はい…」
「シズちゃんと接触したんだってね」

私の予想は見事にビンゴだった。

まさかもう臨也さんにバレていたとは。
ここまで来たら私はもう否定することもできませんね……

「はい。でもどうしてそれを?」
「色んなサイトで出回ってるよ。俺の方にも情報回ってきたしね」

すると臨也さんは溜め息を吐き、「あの平和島静雄に妹がいただの彼女がいただの未婚なのか既婚なのかだの色々変な噂が行ったり来たりだよ」と先程よりも深く溜め息を吐く。

「す、すみません…」
「別に怒ってないから謝らなくていいよ」
「いやいや、臨也さんのそういうとこが怖いんですって」

そんな私の返事を無視して「これからはあまり関わらないようにしてね」と臨也さんはまた椅子を半回転させこちらへ視線を向けた。

「シズちゃんに俺の情報とか教えちゃったりしたの?弱点とか」
「いえいえそんなことは全くしてませんのでご安心を!というか臨也さんの弱点とか私知りませんし」
「そう、ならいいんだけど」

話が一区切りついたところで臨也さんの携帯の着信音が鳴り響いた。
どうやらメールが届いたらしい。

私はメールを無表情で読む臨也さんを横目に、エプロンや材料の準備をする。

冷蔵庫に手をかけたところで臨也さんからまた「はぁ…」と大きな溜め息が漏れたのを聞き彼の方を見てみると、頬杖を突きながら人差し指で机をトントン叩いていた。

珍しく窶れてる臨也さんの顔を見て首を傾げては再び夕食の準備に私は取り掛かる。

臨也の複雑な気持ちなど知ってか知らずか、てきぱき食事の準備をしていく名前の一方で臨也本人は、今さっき届いたばかりのメールのことしか頭に無い状態だ。

(全く、誰がシズちゃんの彼女だよ…)

これから自分のために夕食を作ろうとせっせと動く彼女を見つめ、臨也はそう胸中で呟いた。

名前から電話があった後からひっきりなしに届く情報の殆どが先程まで平和島静雄と隣にいた女性についての事ばかり。

その女性こそ、まさに今自分の一番近くにいる名前のことである。

「あ、そうそう。臨也さんの弱点て何なんですか?」
「んなの教えるわけないじゃん。シズちゃんに言われたら困るしね」
「言いませんよ、もう」
「いいんだよ、個人的に言いたくないだけ」
「そうですか。ならいいや」

今弱点を名前に教えたら彼女はどんな顔をするだろうか。
「冗談やめて下さい」と笑って誤魔化すか、放心状態になるかきっとそのどちらかだろう。

もしかすると、「ちょっと意味分からないです」と言われて終わるかもしれない。
やっぱり弱点なんて言わないことが一番良いんだろうね、ましてや本人にはさ。

まぁ何にせよ、名前には絶対に言うべきことじゃないな。

「それよりさ、明日の朝は俺が作るよ」
「ありがとうございます。助かります。何作ってくれるんですか?」
「フレンチトースト」
「やっぱり」

名前はクスクス笑い、「楽しみにしてますよ」なんて微笑んだ。

そんな彼女を俺は、少し可愛いと思った。




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