おかしい。
何故か名前が起きて来ない。

最近は俺よりも先に起きて朝食まで作って待ってくれていたのに今日は全く、名前の部屋から物音すらしない。
依頼された仕事があと少しだけ残っているので、いつもより早めに起きてからパソコンの前に向かって早四時間。
やっと仕事が片付いたと思い携帯に映し出される時計を見たら午前11時を過ぎていた。
流石に遅すぎない?

いつもは名前に起こされる側の俺だが、もしかしたら今日その立場は逆転するかもしれない。
まぁ彼女を起こしに行くこと自体は嫌ではないんだけどね。

だが仕事がない今は名前を起こす理由もないので態々起こさなくてもいいかと思い、暇だからチャットルームに入ってみた。
案の定入室者0。

平日の真っ昼間だから仕方ないかと俺はパソコンの電源を落とした。
どうしよう、暇すぎる。
退屈だ。

「そろそろお腹も空いたんだけど」

伸びながら俺は口にした。

いつもならそう言うと何かしら作ってくれる名前は、今では自室でぐっすり眠ってる。
俺が呟いた言葉は、ただ虚しいだけの独り言に過ぎなかった。

普段話し相手になっている人間がいないってのも中々寂しいものだよね。

仕方ない、自分で作るか。

そう思い立った俺は椅子から立ち上がり、キッチンにあったパンを取り出した。
いつものようにフレンチトーストを焼く。
名前が料理を作るようになってからというもの、俺が自分でフレンチトーストを焼くことも殆ど無くなったから久し振りだ。

でもやっぱり、このまま一人でいるのも退屈なんだよねぇ。
正午過ぎるまでには起きてほしいんだけど。

胸中で呟き、俺はまた携帯のディスプレイに目を落とした。



♂♀



二時間後。

「名前ー、そろそろ起きてよ。退屈すぎる」

流石に俺の我慢にも限界が訪れた。退屈すぎて仕方がない。

名前の部屋の外から扉越しに彼女を呼んでみても反応は無かった。まぁ予想通りではあるんだけどね。
だから俺は部屋に入って名前を起こすことを決めた。

もう長い間一緒に暮らしてるんだ。
今さらこんなことで、「女の部屋に勝手に入ることはできない」なんてことは言ってられない。

俺が勝手に名前の部屋に入るなんて何度かあることだし、彼女からは許可されてるし。

俺はドアノブに手を掛け、扉を引いた。
開けた扉のその先、俺の視界に広がるのは顔だけをひょっこりと掛け布団から出して幸せそうに眠る名前の姿。

起こすのも可哀想だなぁとは思ったけど、だからと言って見逃すなんてことはしないよ。
もうかれこれ何時間も待ってるんだからそろそろ起きてもらわなきゃさ。

「名前、起きて」

ベッドで眠る彼女を見下ろしながらそう声を掛けてもやはり起きなかった。

「ねぇ、ほんとにそろそろ起きなよ」

やはり無反応。
布団を揺すっても起きないので、俺は強行手段を取ることにした。

いっそのこと、布団を剥いでしまおう。
昼間とは言っても、この時期は既に気温が相当低い。
寒くて目が覚めるはず。

名前は寒がりだからねぇ。

「名前、せっかく起こしてあげてんのに無視すんの?」

同時に掛け布団を名前から引き剥がせば、「ん〜」と嫌そうに顔を歪めて声を出した。

ああ、これは面白いかも。

ちょっかいと言えばちょっかいだが、名前の反応に魔が差したのでもう少し遊んでみよう。

「ちょっ…臨也さん、やめてください…。ん…寒いんですけど」
「あーあ、完全にもう目が覚めちゃった?」
「臨也さんが布団引き剥がすからですよ」
「君がこんな時間まで寝てるからだよ」
「え…?今何時ですか?」
「14時18分」
「うそ!?ほんとですか!?すみません、朝ごはんもお昼ごはんも作ってないし昨日の残りの仕事も私手伝ってないし…あちゃー…」
「いいよ別に。仕事は俺が終わらせたしトースト食べたから。一人で退屈だったから名前起こしに来ただけだしね。久し振りによく寝たんじゃない?」
「ええ、まぁ」

長時間寝たせいで余程ボーッとしてるのか、若干ふらふらしながら上半身を頑張って起こそうとしている名前の手を取り起こしてやった。

「ありがとうございます」

俺はそれに何も答えず微笑んだだけの単純な返事を名前にする。
もう少しここで他愛ない話でもしようか。

すぐ感情が揺れ動く名前は、話しているだけでも見ているだけでも中々面白いしね。

俺は取り敢えずベッドに腰を下ろし、寝癖を直す名前の手を軽く退けた。

「なにすん…あぁ、ありがとうございます。何だか今日臨也さん機嫌良いですね」
「どうだろうね。ただ君の寝癖を直してあげただけなんだけど」
「臨也さんは普段あまりそういうことしないじゃないですか。だから…」
「手を繋いだりはするけどね」
「そう言えばそうですね」

彼女、至って普段通り返事をして表情を崩さないようにしてるけど、俺にはすぐ分かるんだよね。
名前きっと恥ずかしがってるんだろう。

てか、耳真っ赤。

「バレてないと思ってんの?」
「何がですか?」
「その返しのせいでなおさら隠してるように見えるんだけど。まぁそんな話しは置いといて。どう?最近疲れてない?」
「いえ、特には。臨也さんから出される仕事量って、確かに多いんですけど内容はそこまでじゃないというか…山程あるって感じでもないですしね」
「もし俺が君に気を遣っていてそうなのだとしたら?」
「私が出来る限りにまで仕事量を増やしてもらいます」
「そんなマジにならないでよ。難しい仕事は俺がやってるし君には食事に洗濯に掃除にって家事までやらせてるしね」
「それくらいはやっぱり。言っておきますけど、臨也さんが仕事してるところ見ると、「あ、私も頑張って料理作ろう」とか思うんですよ?」
「それは嬉しいなぁ」
「本当にそんなこと思ってるんですか」
「さぁ?どうでしょうか」

意地の悪い返答をすれば、名前は口元を歪めクスクスと笑った。
俺はこういう彼女の表情や仕草が、人間として大好きだ。
見ててとても心地良い。

「そう言えば最近夜遅いね。何かやってるの?」
「いえ、なんにも」
「嘘だ。なんにもないわけないだろ?」
「ほんとムカつく程に勘が鋭いですね。でも、今はまだ言えません。いつかなんのことだか臨也さんも分かりますよ。だからその時までは内緒です」
「ふーん」

やっぱり隠し事されるのはあまり快くはないけど、いつか俺にも分かる時がくると言った彼女に免じてその時まで探りも入れずに大人しく待っておくことにしようか。

「じゃあ一つだけヒント」
「いいよそんなの」
「そうですか」
「じゃあ俺は先に戻ってるから。着替えが済んだらこっち来な」
「はい…あ、臨也さん!」
「ん?」

部屋から出ようとドアノブに手を掛けた時、名前に呼び止められたので俺は立ち止まった。

「なに?」
「喜んでくれればいいなぁ」
「は?」
「いいえ、なんでもないですから。ただそれが言いたかっただけです」
「あっそ」

訳の分からないことを言われ尚更彼女の考えていることが分からなくなる。

まあ、いいや。
自然に分かる時がくるらしいからね、待っててあげるよ。


俺はそう心中で微笑み、部屋を出た。




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