「折原君、可愛いね」
「え、俺?」
「……………」
「何?違うの?」
「当たり前じゃん。さっきから折原君携帯ばっか見てるんだもん。私と話してるのに。いや、私の目を見て話して欲しいとか「じゃ、向き合って話そうか」
パタン。
彼は手にしている携帯を閉じてポケットの中に仕舞った。
しかも超絶笑顔。なにこれ怖い。
「……人の話し最後まで聞こ」
「で、なにが可愛いの?」
「これ」
「ねこ?」
「うん、そう」
ふーん、と品定めするかのような顔をして彼は喉を鳴らした。
折原君はどうやらそこにいるネコをかなり見下しているみたい。目がなんかそんな感じ。
彼は何を言い出すんだろう。全く読めない。
自分のことを言われるわけでもないのに、私は折原君からの言葉を黙って待っている間、心臓はずっとドキドキしてた。
「なまえには劣るな」
沈黙が流れてから数秒後。
彼の口から出てきた言葉はまさかのそんな一言だった。
え、折原君からそんな言葉が…?
軽くパニック起こしそう。
「え、私?」
「うんなまえ」
「折原君そう言うキャラじゃないよね?」
「キャラとかキャラじゃないとかじゃなく、なんとなく今自分が思ったことを俺は口にしました。何か悪いかな?」
「冗談はよくないよ」
「見抜かれてたか」
「うん」
こんな風にして折原君は取り巻きの子を増やしてくのかー。なんだか新手の詐欺みたい。こわーい。
「今の言葉、心の声のつもり?だだ漏れだったよ」
「き、聞こえてたの!?」
「全部ね」
「折原君さー、そーいう詐欺みたいなのやめときなよねー」
はい、これ。
そうして私が折原君に渡したのは激辛フリスク(爽快感MAXが売りの)約10粒。
かなり大まかな数え方だけど、下手すれば20粒くらいあるかもしれない。
流石の折原君もこれには苦笑いか。最近のフリスクは侮れないね、あの折原君をビビらせるなんて。
「これを一気に食べるの?」
「もちろんでしょ、詐欺師さん」
「詐欺師…。あっ、じゃあ俺にも条件がある」
「いいよ、なんでもドンと来い!折原君の涙目が見れるなら何でもしますとも!」
「俺フリスク全部噛み砕いてから思いっきり深呼吸する」
「ほーほー。それで?」
「そしたら俺と付き合って」
「おい詐欺師」
「詐欺じゃなくて真剣に。俺だってフリスクこんなに一気に食べるなんて嫌だよ。だから俺と付き合って下さい」
「下さい…折原君が下さいって言った…」
「そこ気にしなくていいから。じゃあやるよ」
「あっ、待っ」
私が言い終えるまでに詐欺師(仮)、もとい折原君はフリスクを噛み砕いた。ボリボリと一気に。
マジでやったよこの詐欺師。
続いて彼は深呼吸。
「あ…涙目だ」
思わず彼を指差したままポカンと口を開けて私はずっと見つめてしまっていた。
あまりにも辛かったのか噎せているが、それも数十秒後くらいには治まり再び折原君はフリスクを噛み砕き始める。
「我ながらアホらしいことをしたなぁとは思うけど、後悔はしてないんだよね」
「ほんとにやっちゃうんだ…」
「君と付き合いたいから。そんなわけで誕生日プレゼントは君からもらった大量のフリスクと君ってことで」
「いや、私付き合うなんてそんな」
この時の私は笑いを堪えるのに必死だったのだけど、もう無理。堪えきれない。
涙目の折原君が面白すぎる。
「あっはははははは!!折原君ごめんね、ほんっとうにごめん!笑い堪えられなかったあはははは!」
「謝るくらいなら付き合ってよ」
「え?なに?」
(聞こえてないフリするとか良い度胸してるね…)
「猫が折原君の足元うろちょろしてる」
「…………」
いまそれどころじゃないんだよ。
こっちはわりと(口の中が)辛いんだよ。
そんな彼の心の声が私に行き届いているはずもなく、ただ私は笑いながらもちょっとだけ葛藤していた。
「あははは、折原君最高!」
「…ねぇ、なまえ。本当は俺に何か言いたいことあるよね?」
「あははは、あは、あ……」
どうしよう。とうとうつっこまれてしまった。
言うべきか、言わないべきか。
でも、やっぱり…
折原君はよく女の子といるって噂が絶えないから怖いけど、言っちゃいたい。前からずっと言いたかった。
こうして今日彼を「一緒に帰ろう」と誘ったのは本当は…
否定し続けてきたけど、本当は違うの。
緊張で破裂しそうな心臓。
こんな気持ちは初めてだった。
「あの…あのね、」
♂♀
オレが噎せていて喋れないでいると、なまえがいきなり笑い出した。
そしてまたいきなり黙りこんでは、何かを考えてるみたいな困ったような笑顔で猫を撫でる。
彼女は何を考えてるのだろうか。
俺には皆目検討がつかない。
フリスクを噛みながら俺はなまえからの言葉を待っていた。
「あのね、」
「なに?」
「…折原君、私ね」
「うん」
「あのね、……好き」
「え」
「好き、なの。折原君が大好きです」
「いや、だってフラれると思ってた…ってか、さっき俺フラれてなかった?」
「それは…違う。それに、」
それに、なんだろう。
続きが気になる。
本当は今すぐにでも彼女を抱き締めたいんだけど。
俺はその気を抑えてなまえの言葉をジッと待っていた。
「そんなの折原君じゃない。私そんな弱気な折原君は嫌いです」
「最初っから君が俺のこと好きなの知ってたよ。正直言って、オッケーされる気しかしてなかったし」
「うん、やっぱりそれが一番」
あ、今の可愛い。
人間の笑顔もわりと好きだったりする。
でもやっぱり好きな子のは特別なんだねぇ。なんて。
そう思っていたら、ネコが俺に笑顔的な何かを見せてきた。
「お前じゃない」
「いいじゃん、可愛いよこのネコちゃん」
「なまえの方が何百倍も何千倍も、いや、何億倍も可愛い」
「詐…じゃないんだよね、もう。恋人に昇格したんだった」
「随分な出世だねぇ」
「折原君、大好き」
「そりゃもう。とっくに知ってるよ」
彼女にキスをした。不意討ちを喰らわせた。
こういういつもは見せないような反応が可愛いんだ。
「…誕生日、おめでとう……」
突然俯いて彼女はそう口にする。
「それって照れ隠し?」
「ち、違うけど…!」
「俺も、なまえのことが好きだよ。大好きだ。これは本気」
「……折原君。好き」
いまだに俯きながら顔を赤くしている彼女が凄く可愛いく思える。
だから次はなまえの額に優しくキスをした。
いきなりの俺の行動に吃驚したらしく、彼女はハッと顔をあげ目を丸くする。
そして次の瞬間には優しく微笑んだ。
「何で笑ってるの?」
もしかしてまた俺涙目になってる?
そう尋ねると、ふるふるとなまえは首を横に振った。
じゃあ何だって言うのさ。
「嬉しいから笑ってるの」
彼女は顔を上げ、照れ臭そうに満面の笑みを溢した。
困ったなぁ。俺こんなに独占欲強かったっけ?
でも今の自分は確かに、絶対に誰にもなまえを譲りたくないと思った。
なまえを独り占めしたいという気持ちが行動に表れたのか、気が付けば俺は俺と同じようにしゃがみこんでいる彼女を抱き締めていた。…俺こんなキャラじゃないよね。
俺となまえの結末を見届けるかのようにして、猫はその場を静かに去って行った。
(五月革命、今から君に告白します。)
20120504