お願い、そろそろ会いたいの。


いつもそう言い欠けて、喉から言葉が出し切れずに「やっぱやーめた」って笑ってみせた。

その度に、彼は「なんなの?」って苦笑混じりに返してくれる。

今日も言い欠けちゃったからどうせまた「なんなの?」って聞かれるのかと思ってた。
また最後まで言えず仕舞いで、結局いつまでもこのままなんだろうなぁって寂しいなぁなんて頭で考えながら、電話越しに聞こえる臨也の声を聞いてたんだけど。

おかしいな、どうしてだろ。
聞き間違えなのかな。
私また、明後日にはもう一つ年をとっちゃうから。
仕方ないよね、ちょっと耳が遠くなっちゃってたりしてても。っていうのは冗談だけど。

て言うか元々電話越しの声を聞き取るの、苦手なんだよね。

「あのね、臨也」
「ん、なに?」
「お願いがあるの」
「俺が出来るお願い?」
「今は…どうだろ。でも、聞いて欲しいの。あのね、あの…うーん、やっぱやーめた。また今度言う」
「ごめん、今はなまえのお願いは聞けないかな」

…?
まだ今まで一度も臨也にお願い言ったことないのに何で知ってるの?
でも何度思い返しても、「今はなまえのお願いは聞けない」とやっぱりそう言われた気がする。
むしろ思い出そうとすればするほどやっぱりそう言われたようにしか聞こえない。


私の聞き間違えなんかじゃ、ないかもしれない。

「臨也…」
「ん、なに?」
「もしかしたら前から私が言いたかったこと気付いてた…?」
「当たり前じゃん。俺は君の幼馴染み。君は俺の幼馴染み。そして俺は人間という生き物を愛している。何年も観察し続けてきたのに、気が付かないはずないじゃん」
「…そっか」

今まで気付いてないフリして私に「なんなの?」って聞いてたんだ。

なんか今さらながら恥ずかしくなってきちゃう。


私は多分、小さい頃から臨也が好きだった。
でも自覚し始めたのは多分中学生の時あたり。

ケンカして、嫌味を言って、いつの間にか仲直りしてて、臨也の取り巻きの子たちにたまにヤキモチ妬いて、休みの日には遊びに行って、一緒にご飯食べて、プレゼントを買ってもらったり服を買ってもらったり…いろんなことしたなぁ。
そう言えば勉強会とかお泊まり会もした。

それでも向かい合ってお互いの部屋の窓から話したりはしたことないんだよね。
だってそうしようとすると、臨也がいつも屋根を伝って勝手にこっちに来ちゃうから。
かなり無茶苦茶なやつだったな、今思えば。

今思わなくても臨也はいつも無茶苦茶か。

「なまえさ、」
「ん?」
「一度くらい声に出して言ってみてもいいんじゃない」
「なにをよ」
「君のお願いだよ」

あぁ、お願いのことね。
臨也に言いたいことなんてたくさんあるからどれのことなのか分からなかったよ。

そのたくさんの言いたいことの中から、臨也はいくつ私の気持ち分かってるのかな、なんて。
自分から言おうって、気持ちを伝えようって今まで何度も考えてきたけど、結局最後まで言えなかったことがこんなに溜まっちゃって、今では「良い思い出」なんて名前つけて終わりにしようとしてる。

だって、臨也が会いに来ないから。
直接会って話したいのに。

まぁ私が直接臨也に会ったところでやっぱり言えず仕舞いになっちゃうんだろうけど。

「やっぱ遠慮しとくよ」
「何で?」
「直接会って話したい」
「今言いたいことがあるんでしょ」
「…臨也はその通りにしてくれるの?」
「良いから早く言ってみなよ」

私が言いたいことなんてお見通しのくせに、そうやって敢えて言わせるところ、嫌いだな。

そう言ったら臨也は「俺ってなまえにどれだけ嫌われてるの」って苦笑した。

残念だけど、かなり嫌いだよ、臨也のこと。

「臨也……あのね。そろそろ、会いたいよ」
「会ってなにかするの?」
「ただ、会いたいだけ」
「何も理由がないのに会いたいわけか」
「だめなの?」
「俺にはちゃんと理由があるんだけどなぁ」
「え、それってどういう…」

言ってる意味がわからない。

「私にも分かるように、ちゃんと説明しろバカ」
「バカにバカって言われたくないよバカ」
「…ばーか」
「女の子がバカバカ言うもんじゃないよ。だから彼氏できないんだって」
「臨也と会ってない間に彼氏くらいできました。つい最近別れたけど」
「ふーん」

そして数秒の沈黙が流れ、そろそろ電話切っちゃってもいいかななんて思った時に臨也が一言こう言った。

「俺もそろそろ帰ろっかな、そっちに」
「さっき私のお願いは聞けないって言ったじゃん」
「なまえに言いたいことがあるんだよね」
「私も臨也に言いたいことたくさんあるけど」
「じゃあやっぱりなまえに会いに行くよ。言っとくけど、俺はわざわざ君のために会いに行くんだから少しくらいは可愛い格好して来なよ」
「失礼な。いつも黒い人に言われたくない」

怒ったフリをしてみせる。
臨也はそんな私を小馬鹿にするように電話越しで笑った。

「明後日会いに行く。誕生日でしょ」
「ほんとに?」
「ほんと」
「わかった。プレゼントはいらないから」
「それは考えとく」
「ん。じゃあお休みなさい」
「おやすみ」

やっぱり臨也は初めから私が会いたがってたことくらいお見通しだった。



♂♀



明後日、なまえに会いに行くことになった。
そしたらもうなまえを手放さないと思う。
もう彼女から離れないし、離さないと思う。
ちょっと独占欲が強いのもどうかと思うけど、彼女が他の男のものになるのを想像してナイフを一本駄目にしてしまった。

だからそろそろ、俺も言おう言おうと前から思っていたことを彼女に言いに行った方が良いと思ったんだ。



俺はなまえが好きだ。

彼女の誕生日に会いに行くなんて言ったけど、正直一番嬉しいプレゼントをもらうのは、俺の方なのかもね。


久しぶりに会う幼馴染みの姿と、自分の横に並んでいる彼女の姿を想像して、俺は静かに携帯を閉じた。



( 相変わらず行方知れずの僕ですが、渡したい言葉ができたのでもうすぐ帰ります。 )






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