深夜一時。
私は仕事も上がり、自宅に向かおうとしていた。
けれども足は何故か新宿へ着々と進んでいて、いつの間にかあいつのマンションの前で立っていた。
大きくて綺麗な高級マンション。
カツカツとヒールを鳴らし、私は彼の住むマンションのエントランスに入っていく。
慣れた手つきで暗証番号を入れ、ロックを解除したら扉が開いた。
私は更にマンションの奥へと入り、エレベーターに乗って目的の階に到着する。

そして気付いたら彼の住む部屋の前で立ち止まっていた。

普通ならこんな時間に来ては迷惑になるのだが、彼の場合は違った。
「いつでも俺の所に来なよ。何時だっていいからさ」なんて言ってくれた彼に甘えてもう何年も生きている。
甘えて、と言うか、どうしても顔を見たくなった時にだけ。
恋人でもなければ友達でもない。
家族のような間柄でもなければれっきとした赤の他人というわけでもない。
単に腐れ縁の仲。
それ故に、本当の自分を曝け出すことが出来るし、何でも話すことができる。
ある意味彼は私にとって特別な存在なんだと思う。

「思ったより随分早く帰ってきたね。お帰り」

私が彼の住む部屋の玄関を開けると、当の本人はソファーに座って寛いでいた。
まるで私の帰りを待っていたみたいだったのに正直驚く。いつも彼、腐れ縁の折原臨也は、私が「そっちに行く」なんて言わなくても起きている。
わざとなのか、たまたまなのか。
私には分からない。


深夜の少し暗めな一室で、一つのルームランプが微かに主張している。

「臨也、起きてたんだ。ただいま」
「俺が起きてなくちゃ困るのは君だろ?」
「それもそうだね」

ハンドバッグをテーブルに置き、ソファーに座る臨也の隣に私も腰を下ろした。

「口説かれたんだって?」
「え?」
「今日…いや、正確には昨日になるのかな。告白されたんでしょ?」
「情報早いんだね。情報屋さんもここまでくると普段安心して生活できないんだけどなぁ」
「いやいや。そんなこと知ってる情報屋は、この世界に俺一人しかいないと思うけど」

そう言って臨也は立ち上がり、「何か飲む?」と聞いてきた。
そんなこと聞かれてもいつもは「紅茶」としか答えない私だけれど、今日は珍しく「コーヒーで」なんて答える。

「珍しいね」
「だって臨也がコーヒー飲んでたから」
「それで選んだの?」
「うーん、分かんない」
「そこでうんて答えてたら少しは可愛いげあったと思うよ」

温かいコーヒーを二つのカップに入れ、それを運んでは再び臨也はソファーに腰を下ろした。

「ありがとう」と言って彼が淹れたコーヒーを口に運ぶ。

「やっぱり臨也が淹れるのは美味しいね。私好み」
「いつかなまえが俺好みの淹れられるようになってくれれば俺も嬉しいんだけど」
「臨也はお持て成ししてくれる側だって前に言ってくれたじゃない」
「そんなこと言ったっけ?」
「忘れるなんて酷いよね。流石臨也だ」

私はそう言ってカップを置いた。
外を見ると街をネオンが照らしていて、凄く綺麗な景色が窺える。
改めて見るとここからの眺めは結構良いかもしれない。

「好きだったんでしょ?」
「誰を?」
「はぐらかさなくたって知ってるよ」
「………バレてたんだ」
「バレバレだったよ。なまえ、その男の話になるとよく笑うし」
「臨也と話してる時、いつも笑ってない?」
「その男の時はまた別だよ。それで、なんて返事したの?」
「まだしてない」
「何で?」
「さぁ」

沈黙が流れた。
どちらも口を開こうとせず、更には動きを取ろうともしない。
本当に何も、聞こえない。

けれど、先に行動に移したのは私の方だった。
気付いたら臨也の胸に顔を押し当てていて、臨也の方も私の背に腕を回してくれていた。

目の奥が熱い。
一気に何かが溢れてきそうで、胸も凄く苦しい。
何でこうなってるんだろ。

「明日…返事するって言った…」
「それ、今日ってことだよね?」
「うん…」
「どうするの?」
「…………」

また再び、沈黙が流れた。
徐々に呼吸が苦しくなってきた気がする。

それでも私は、声を絞り出してこう答えた。

「私も好きです、って…返事するよ」
「だと思った」

臨也は私を抱き締めながら、背中をぽんぽんと軽く規則的に叩いてくれた。
これが私を落ち着かせる方法だって、臨也は知っている。

「幸せになりなよ」

そう言われた時、私の頬に一筋の涙が伝った。
堪えていたものが、彼の言った一言でこんなにも脆く流れ落ちる。

「当たり前じゃん」

涙ぐんだ声で笑い半分に私はそう答え、今までよりも更に彼の胸に顔を埋めた。

もう臨也も私が泣いてることに気付いてるんだと思う。
そういうとこは敏感だもんな、臨也。

「嫌になったら、またいつでも俺のところに来ればいいよ」
「…………」

高校時代、臨也が言ってくれた言葉が大人になった今でも彼の口から出るだなんて思ってもみなかった。
私たちの関係は、あの時から今まで変わってない。

多分それは、あの時初めて感じられた気持ちが、いつの間にか腐れ縁という形で今に残っているからだと思う。

静寂な部屋の中で聞こえるのは、私の啜り泣く声と、臨也が私の背中をぽんぽんと叩く微かな音だけだった…





「ありがと、もういいよ」

少し経って涙も止まり、落ち着きを取り戻した私がそう口にすると、彼は何も言わずにそっと腕を解いてくれた。


私は近くのテーブルに置いておいた冷めかけのコーヒーを再び口に運ぶ。

「やっぱり臨也の淹れるコーヒーが一番だよ。苦すぎないし甘すぎないし。大好き」

すると彼は、「だってなまえ好みにしてるから」なんて笑って答えた。

飲み干そうと思いまたカップに入った少量のコーヒーをゆっくり飲み込むと、何故か先程よりもそれが苦く感じられ、同時に涙が溢れてきた。


( 明日泣かないために、優しいことばをください )


この恋が恋である内に、





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