オレが名前の部屋に入った時は既に一時半を過ぎていた。
勿論部屋の中の電気は点いていなかったし、点けてもいない。

街を彩るネオンが窓から射し込み、名前の顔を微かに照らしていた。
名前だけじゃなく、時計だって壁だって棚だって。
でも今のオレの目には名前の寝顔しか映らなかった。

オレは名前の側に座り、彼女の手を軽く握る。

一瞬いけないことをしてしまったと思ってパッと手を離してしまったけど、名前がオレの手を掴んだから、また彼女の手を握ったんだ。

名前はきっと掴んだ手がオレのものだなんて知らないだろうけど。

(対価がまさか記憶だなんて、これっぽっちも思わなかったよ…。オレが払えるものなら、名前の対価はオレが払っても良かったのに…)

でも、君はそれを許さなかったでしょ?
もしもオレが更に重い対価を支払うことになってたら、君は絶対にそんなこと許さないはずだ。

誰よりも、優しいから…

(セレスにいた頃、喧嘩もしたねぇ。って言っても、オレが無茶したのが原因か)

でもオレ達凄く仲良かったよねー…
アシュラ王にもよく言われたよ

「君たちは本当に仲が良いんだね」

って。

(こんなに辛いなら…名前に忘れられるのがこんなに辛いなら…)

人はよく、“好きにならなきゃよかった”って言うけど、そんなこと思わないよ、オレ。

行き違いになって喧嘩して、何日か口聞いて貰えなかったことだってあった。

それでも幸せだったよ…
愛したのが君でよかった…───



だから、あの日逢ったことも、伝えたことも、見たことも、全部オレが覚えてる。



“それでも私はその通りにさせないよ”



って、何の恐れもなく言った君を信じてる。



“私今、すっごく幸せ”



って、オレにとって一番嬉しい返事をくれた君を信じてる────







(結局、あんまり寝れなかったなぁ…でも、少しでも名前の側にいられたし、それだけでも良しとするかー)

ファイは、寝ている間も一晩中ずっと握っていたであろう名前の手を優しく離し、部屋を出て行った。

一旦自室に戻り、用意されていた服に着替え、台所へと向かう。

「おはようございまーす」
「あ、おはようございます」
「オレも朝ごはんの用意、手伝いますよー」
「いえ、ゆっくりなさっててください。もうすぐ出来ますので」
「それじゃあお言葉に甘えさせていただきますねー」

そう言い台所を出て行き隣の部屋へ移ろうとした。

ちょうどその時、ゆっくり名前が寝ていた部屋の扉が開かれる。

「おはようございます」

やっぱり名前だ。

前から割りと早起きだったから、誰かは大体想像できた。
それにあの部屋には元々オレと名前しかいなかったわけだ、当たり前か。
それでも、オレは知らない振りして答えなきゃならないけど。

「あ、朝早いんだねー。おはよう。オレも今起きたところなんだー」
「あのー…もしかしてファイ、私のこと見ててくれたの?」

何で気付かれたのかちょっと驚いたけど、後でその原因が何となく分かった。

だって、オレの手もそうだったから。

「うん、そうなんだー。勝手に入ってごめんね?」
「ううん、寧ろ側に居てくれて良かった…。でも、何で?」
「うーんそれがねー、名前ちゃんうなされてたからー」
「そうなんだ…」

うん。でも一番は、

オレがそうしていたかったから。
側にいたくて側にいたくて仕方なかったから。

あと、君に言いたいことを言いに来た。
どうしても伝えたかった、信じてるって。
いつか絶対に思い出させるって。

「ファイも、何か悩みがあったら何でも言ってね」

そう微笑む彼女に、

「分かったよー」

と笑顔で答えるだけだった…────


END.






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