普通ではない次元の何処かにある暗い一室。
その空間には魔力を持つある男、飛王と謎の女がいた。

「魔女め。次元だけでなく時間まで移動させる力を持つとは。恐ろしい魔力を持つ女だ」
「やはりあの魔女は気付いていますね、遺跡の力に」
「クロウ・リードと同じようにな。しかし色々邪魔はしてくれたがクロウ・リードは死んだ。我が計画を阻むのは次元の魔女だけだ」

そう二人が話していると、部屋の外から“ある人物”が口を開く。

「行かせて下さい。別の世界に行けば同じ顔でも別の人間。やつらはそう思っている筈」
「まさか以前会った者だとは気が付かない、か。では、次の一手はおまえだ」







(小狼。小狼)

──誰だ

(小狼、小狼…)

──この声は…

小狼が目を見開くと、目の前には自分と同じ顔をした何者かが目を閉じて立っていた。

あれは一体、何なのか。
前にもあったこの感覚。
そもそもあれは本当に自分と同じなのであろうか…?

(小狼!!)



────……

「小狼!!」
「うわっ!」

目を開けると視界には一面モコナしか映っていなかった。

突然のことに彼は驚きを隠せないでいる。

「どうしたの、小狼」
「い、いや…びっくりしただけだ」

未だにどきどきと心臓が強く脈打つのがよく分かる。

しかしそれと同時に、さっきの事は夢だったということも確認できた。

「おはようモコナ」
「おはよう。もうすぐ昼だよ」
「本当だ」

窓からは明るい日差しが射し込んできていて、開けるとさらに眩しいくらいの光に照らされる。

「もう陽が高い」

しっかり窓の外の景色を見据えると、次に訪れたこの国は今まで旅してきた国と比べるとかなり発展した国であることが一目瞭然だった。

暫し視線が定まらず、目があちらこちらへキョロキョロと止まることを知らない位に動く。

「とにかく小狼!下に行こう!着替えて着替えて!」

ツンツンと小狼の服の裾を引くモコナ。

モコナに促されるままに小狼はぱっぱと身仕度を仕上げ部屋から出た。

「みんな起きてるよー」
「そうか」
「小狼が最後なんて珍しいねってみんなで話してたんだよ。で、朝ごはん食べ終わっても起きて来ないからモコナ代表で起こしに行ったの」
「ありがとうモコナ」
「起きなかったらんちゃ砲出そうかと思ったよぅ。うふふふ」
「?んちゃ??」

後ろでは黒い笑みと共に凄まじい想像を膨らませるモコナに、勿論小狼が気が付くわけもなかった…。





外に出ると、見慣れない格好をしたファイと名前が会話しているのが見える。

「おはようございます」
「ファイー!名前ー!」
「おっはよー」
「おはよ、小狼君」
「小狼起こしに行って来たよ」
「えらいねモコナ」
「私も起こしに行きたかったー。小狼君驚かせたかったのに。でも、モコナお疲れさま」

ファイの掌に飛び乗り、左右から名前とファイにちう、とキスされているモコナはやはりすごく嬉しそうだった。

ぴょんぴょんと飛び跳ね、名前の肩に乗ってはちう、とキスを返す。

「すみません寝坊して」
「疲れが出たんでしょー」
「仕方ないよ、小狼君いつも頑張ってるんだから。もうちょっと休んでてもいいくらい」
「名前さんもファイさんも大丈夫ですか?」
「オレ達は全然平気だよねー。これからどこか買い物に行かないかとか何かして遊ばないかとか考えてたくらいだからー。ね?」
「うん!この国に来て人探しをしつつ遊びも楽しみたいなぁなんて。まぁそんなことも言ってられないんだけどね」
「?…あ、そう言えば姫と黒鋼さんは」

名前の言った“そんなこと言ってられない”に疑問を覚える。

さらに、サクラと黒鋼の姿が見当たらないことにも気が付いた。
きょろきょろと辺りを見渡し始める小狼。

「お買い物ー」
「パーツ足りなくなっちゃったからね、これの。何が何でもあのレースに勝たなくちゃねぇ。何せ優勝賞品はサクラちゃんの羽根だから」

名前さんが言っていたこととはこれのことかと小狼は納得する。

見据える先には必ず手に入れなければならないサクラの羽根が掲げられていた。







「黒鋼たち帰って来ないね」
「名前ちゃん何かしたいー?」
「ううん、ファイと小狼君とモコナ。3人と話してるだけで楽しいよ」
「オレもー」

ふふっと楽しそうに会話をする二人が微笑ましくて、小狼とモコナは頬を緩める。

「しかし今度もまた変わった国だねぇ。箱が空飛んだり地面走ってたりするしー」
「車だよっ」
「ごめん、車が分かんないやー。あははは」
「クルマっていうの?アレ」
「そう!日本には沢山あったし走ってたよ、車!それにしてもなんかぽかぽかした国だね」
「特に表立った争い事は起こってないみたいですし」
「修羅ノ国と夜魔ノ国は大変だったからねぇ」

ファイがそう言うと、小狼は苦い顔をして足元に視線を落とした。

そんな小狼を気遣い、モコナは彼の額を優しく擦る。

「小狼、ここんとこきゅーってなってる」
「そ…そかな」

モコナに言われ、慌ててごしごしと自身の額を擦るが、そんな小狼の姿を名前とファイは無言で見つめた。

何かあると二人は気付いている。

「モコナ!あそこの箱持って来てくれるー?」
「はーい!おてつだいーおてつだいー」

ぴょんぴょんと頼まれた通りに少し離れた所にある箱をせっせと運ぶモコナ。

モコナが行ったことを確認し、ファイは小狼にこう聞いた。

「紗羅ノ国で起こった事…ひっかかってるのかな」
「おれ達が“過去”である修羅ノ国に行った事によって紗羅ノ国の“今”が変わりました。たとえいい結果になっていたとしても時間の流れに干渉してしまった事に違いはありません…」
「…そこにあった未来を変える事が許されるのか……か」

名前は暫しファイの表情を見続ける。
今の彼の言葉がなんだか引っ掛かった。

悲しいという様な感情を押し殺してる…とでも言うのだろうか。

「今後また過去の世界に行くかは分かりません。でも、修羅ノ国であったような事を続けたら他の世界の歴史はどうなってしまうんでしょう」

さらに表情を曇らせる小狼の頭に、ファイはぽんと手を載せた。

「それは小狼君が考えても今はどうしようもない事なんじゃないかなぁ。だったらさ、とりあえず今は考えないでちょっと横に置いとくのはどう?」

彼の言う一言一言が名前の心に染みてくる。
横に置いとくと彼は言った。

(そっか、いつもいつも考えてなくてもいいんだ…)

自分ではそう言い聞かせていたけど、やはりどうしてもいつも考えてしまう自分が探している二人の人。

けれども、これを誰かに言われたことで漸く心に落ち着きを取り戻せた。
他人にそう言われると、何故か自分に言い聞かせるよりも安心する。

ファイに言われるとなおさらそんな気がしたのは気のせいなのか…。


ファイは、この瞬間に見せた名前のホッとした顔を見逃さなかった。
安心する彼女を見て、自然と笑みが溢れる。

自分の言った事が、彼女の支えになるといい…

ファイはそう感じた。

「頑張れば出来る事ならやってみるのも手だけど、歴史を変える規模だと手に負えないでしょう。出来ない事は出来ないってちゃんと認めるのも大事だよ。今小狼君がまず考えなきゃいけない事は?」
「レースに勝つ事です」
「私も、サクラの羽根のためにも精一杯頑張るよ!」
「はい!ありがとうございます」

話が終わったところで丁度黒鋼達も帰ってきたようだ。
プロロロと向こうから車の音がする。

三人が振り向くとそこには何故か沢山の車が止まっていた。



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