「で…どこなんだ、ここは」

次の世界に着いたと思えば、今度は物騒な森の中。
高麗国のような賑わしさは感じられなかった。

「おっきい湖だねぇ。家とかも全然見えないしね」
「人の気配もないみたいですね。霧も出てますし」
「ちょっと、肌寒い気もするし」
「オレの服着るー?」
「ううん、大丈夫。少し動けば暖かくなるし」
「寒くなったら何時でも言ってね」

紳士的な一面を持つ彼は、何時もこうして他人を気遣う。

そんな優しい彼に、コクンと頷き笑って見せた。

「モコナ、どう?サクラちゃんの羽根の気配するー?」
「強い力は感じる」
「どこから感じる?」
「この中」

モコナが指差すそれは、青く澄んだ綺麗な湖。

そこに手を入れ温度を確かめると、案の定冷たかった。

「潜って探せってのかよ」

嫌そうな顔をしている黒鋼にモコナはコックリと首を縦に振る。

「この湖、冷たいよ…」
「尚更無理じゃねぇか!!」
「待って!」

声の元を辿るとサクラが何かを必死に訴えようする表情を見せた。

「わたしが行きま………す」

どうやら眠気に耐えられなくなったようで、ふら〜っと後ろに倒れて込んでしまうも、黒鋼がよっと左手だけで彼女を支えた。

「サクラ、寝てるー」
「春香ちゃんの所で頑張ってずっと起きてたからねぇ。限界きちゃったんだねぇ」
「このままじゃいけないからどこかで一旦休まない?」
「それが一番だねぇ」

それから起きている四人とモコナは、小一時間休めそうな場所を探していたのだった…







「…小狼君」

サクラが霧の向こうで動く人影を覗くと、そこには小狼がいた。

「目が覚めましたか?…黒鋼さんと名前さんとファイさんとモコナは、辺りを探索してくるってついさっき…」

そう言いかけると、ファイの上着を握りしめる両手のうちの右手で小狼の左手首を優しく掴む。

彼の手から流れ落ちる水滴は、名前が触れた時の水よりもいくらか冷たかった。

「…冷たい。あれからずっと湖に潜ってたの?」
「休みながらですよ」
「わたしの記憶だからわたしが行きます」
「夜になって水温が下がっています」
「だったらやっぱりわたしが…」

小狼の服を掴んでは、体を前に乗り出してそう訴えるサクラ。

それでも小狼は「おれがそうしたいんです。それに今、あなたはまだ記憶の羽根が足りなくて体調が万全じゃない。湖に潜ってる間にもし、また眠くなったら…」と、サクラを説得するように優しく穏やかな口調で言った。

「だったら、せめて火にあたって休んで。…ね?」
「…はい」

パチパチと音を立てる火の粉が儚く地面に散る。

それがより一層悲しみを引き立てていたのかもしれない。

「有り難う。わたしの記憶、取り戻してくれて」
「……………」
「春香がいた国で羽根がわたしの中に戻った時ね、見たの。わたしの国の王である兄様と神官の雪兎さん。桃矢兄様は王子で、まだお父様がいらした頃、わたしのお誕生日でね。みんなお祝いしてくれて。でも、ひとつだけ誰も座ってない椅子があって────」

サクラが紡ぐ一つ一つの言葉が小狼の肩に重くのし掛かる。

「わたし、その椅子に向かって話しかけてるの」





―お誕生日、───と一緒にいられて本当に本当にうれしい





「不思議ね。誰もいないのに。わたし、とても幸せそうなの」





―今日は、来てくれてありがとう。
ね、小狼君のお誕生日はいつ?

―分からないんです。おれは、少し前に藤隆さん…今の父さんに拾われるまでの記憶がないんです。
だから、いつが誕生日とか全然覚えてなくて…
気がついたら一人で、目が覚める前のことは何も覚えてなくて…だから…

―だったら、私がお誕生日決めてもいい?

小狼君の誕生日は私と一緒の四月一日。
これからずっと同じ日にお祝いできるよ。
それにね、前のこと覚えてなくても、これからは私が覚えてるよ。
小狼君とどんなことして遊んだか、どんな風に過ごしたか。

二人で毎年誕生日をお祝いして、いっぱい素敵な思い出つくろうね────





「……………」

そんな、大事なことすら彼女は忘れている。
あんなに明るい笑顔を自分に向けた初めての人はサクラだったのに…────



「湖が光ってる!?」

目の前に広がる湖から、強い光が放たれている。
まさか羽根の力では…と小狼が期待したのは、それを言ったすぐ後のことだった。



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