「ぷう、みたいな」
「さ…くら…」
「…ツっこんでくれない」

そんな風に悲しむモコナをヒョイと抱えたのはファイだった。

「あー目覚めたみたいだねぇ」

少年がガバッと勢いよく起き上がるや否や、さくら!と突然焦り始める。
よっぽどサクラという女の子のことが大事なのだろう。

「一応拭いたんだけど。雨でぬれたから」
「モコナもふいたー!」
「寝ながらでもその子のこと、絶対離さなかったんだよ。君ーえっと…」
「小狼です」
「こっちは名前、長いんだー。ファイでいいよー。それで、今オレの隣で眠ってる女の子は名前って言うんだ。で、そっちの黒いのはなんて呼ぼうかー」

そんなふうに言い黒鋼を指差すが、やはり彼は怒りを見せた。

「黒いのじゃねぇ!黒鋼だっ!」
「くろがねねー。ほいほい。くろちゃんとかー?くろりんとかー?」

彼のリアクションを面白がりながらそう言うファイ。
けれどもそんな彼の話が聞こえていないのか、はたまた敢えて無視しているのか。黒鋼は自身の膝にぽすっと乗るモコナに、「おいてめっ!何膝のってんだ!」と怒鳴っている。

こんなザワザワとした部屋の中でぐっすりと眠る方が難しい。
名前は、目を擦りながら上半身を起こした。

「ん…あれ…?ここは…」
「起きたんだねー。おはよう」
「あ、おはようございます。……それと、初めまして」

ファイのことを何一つ知らない名前。だからこそそう言われても仕方がないのは分かっている。
彼女の言葉に眉を潜める三人。
名前の対価がファイとの記憶だと知っている黒鋼や小狼も表情を歪めた。

「初めましてー。オレはファイって言うんだー」

痛む心を笑顔で隠し、彼女に不自然に思われないよう明るく振る舞う。
これから微妙な距離感を保ちながら旅をしていかなければならない…。

「で、こっちが小狼くんで、こっちがモコナ。それと、そこの黒いのがくろりんって…」
「んな名前じゃねー!黒鋼だ!」
「あ、私は名前って言います!ファイさんに、小狼くん、それにくろり…」
「黒鋼だっ!」
「名前ちゃん、オレのことは、ファイでいいよ。それと、敬語もナシでいいからねー」

名前の名前を呼び捨てで呼ばないのは、彼女との距離を置くということ。

何だか、昔を思い出す。
初めて彼女と出会ったあの日…───
まだ誰にも過去を明かすことは出来ないけれど。

勿論、それは今の名前自身にもである。
本当に彼女は自分のことを、ファイのことを何も知らない。

「あ、はい。じゃなくて、うん。あの、此処は…確かさっきまでは次元の魔女さんのお店にいたんだよね、私と小狼くんと黒鋼さん」

…………。
やはり記憶を渡す前のファイの記憶はない。
さらに渡した後も今の今まで寝ていたものだから、ファイ以外のことは覚えていても、ファイとの記憶は此処から刻まれる。

彼女に気付かれぬよう床に視線を落として苦い顔をするファイだが、それでもその直後に笑顔で「オレもね、実はこの人たちと一緒に旅をすることになったんだー。それと、この国がどこだか、まだ誰も分からないんだよねー」と口にした。

「そうなんだ…」

この人は、一体何のために旅をすることになったんだろうかと気になった。
そして、いつから一緒に居るのか。自分はそんなに長い間眠りについていたのか。気になることがいくつもある。

「うわっ!!」

あれこれ考えていたので突然の小狼の声に酷く驚いた。
チラッとそちらを見ると、ファイが何か小狼をごそごそと探っている。

「なにしてんだてめぇ」
「これ記憶のカケラだねぇ。その子の」
「え!?」
「君にひっかかってたんだよ、ひとつだけ」
「あの時飛び散った羽根だ。これが、さくらの記憶のカケラ」

ファイの手にある羽根が、スゥと静かにサクラの体の中へと入っていった。

「体が…暖かくなった」
「小狼くん、嬉しそうだね」
「そうだねー。…今の羽根がなかったらちょっと危なかったねー。おれの服に偶然ひっかかったから…この世に偶然なんてないってあの魔女さんがいってたでしょー。だからね、この羽根も、君がきっと無意識に捕まえたんだよ。その子を助けるために」

そう言った時のファイの表情から漏れていた気がする感情に名前は気が付く。
前にも感じたことのある心情に少々戸惑った。

何なんだろう、この切ないような感情は。何かがすっぽり抜けてしまっている気がする。

「なんてねー。良くわかんないんだけどねー」

ねー?と、同意を求めてるのか、くにゃんと微笑む彼に、「そうだねー。もっと沢山見つかるといいね」と笑顔で返事をする名前。

「けど、これからはどうやって探そうかねー羽根。もう服にはくっついてないみたいだしねぇ」
「はーいはいはいっ、モコナ分かる!」
「え?」
「今の羽根、すごく強い波動を出してる。だから近くなったら分かる。波動をキャッチしたらモコナこんな感じにめきょっなる」

目を大きく開けるモコナに、小狼と黒鋼はげっ!と目を丸くする。
その一方で名前とファイは、モコナを見て凄いねーと笑っていた。

「だったらいけるかもしれないねー。近くになればモコナが感知してくれるなら」

そう会話をしているファイの後ろでは、黒鋼が未だにモコナのめきょっとなった表情に驚いているではないか。
彼は案外恐がりなのだろうか。弱点を知ることができたみたいで何だか嬉しいような面白いようなそんな気がする。

「うわ〜。くろりん意外と…」

敢えてその先を言わずに名前が口角を上げた。

「んだよテメェ!!俺が驚いてちゃ悪ぃかよ!!」
「ほらほら黒さま。怒らない怒らない」
「オメェも茶化すんじゃねー!!」

小狼とモコナはそんな彼らの行動を止めに入らない。
むしろ構わずに話しを進めていく。

「教えてもらえるかな。あの羽根が近くにあった時」
「どーんと!!まかしとけ!」

胸を大きく叩く自信満々なモコナにありがとうと小狼は御礼を言った。

「おまえらが羽根を探そうが探すまいが勝手だがな、俺にゃあ関係ねぇぞ。俺は自分がいた世界に帰る。それだけが目的だ。おまえ達の事情に首をつっこむつもりも手伝うつもりも全くねぇ」
「はい。これはおれの問題だから、迷惑かけないように気をつけます」

黒鋼にとってその小狼の返事は予想外の返答だったのだろうか。
真顔で答える小狼に黒鋼は呆気にとられた。

「あはははー。真面目なんだねぇ小狼くんー」

けれど小狼は自覚が無いようで、頭に疑問符を浮かべている。どうやらファイが何を言っているのか分かっていない様だ。
年相応の邪気なさが残っているような、そんな小狼が名前には微笑ましく思えた。

「お前らはどうなんだ」
「んん?」
「そのガキ手伝ってやるってか?」
「んーそうだねぇ。とりあえずオレは元いた世界には戻らないことが一番大事なことだからなぁ。ま、命に関わらない程度のことならやるよー。他にやることもないし」

そう言いファイは小狼に笑みを見せる。
嬉しそうに小狼はありがとうございますと口にした。

「私も、元いた世界には帰らないことが一番なの。というか色んな世界に行かなきゃならないから。だから、一緒に旅してる間は小狼くんのこと手伝うよ」

こんな何気ない会話の中でも辛さを覚えるのは流石に大変だねぇ…と心の中で言ってみるが、そんな気持ちが今の彼女に伝わるわけもなく、ただ心の中にぽっかりと空いた穴を埋められるのは相当先のことなんだろうとファイは苦笑した。
それでも、この旅の中でも彼女を守るという気持ちは揺るがない。
そして何より名前が大好きであるという気持ちも。

(名前に魔力を使わせるなんてコトは絶対にできないからねー…)

「どうしたの?何だかファイ、辛そう」
「ううん。そんなことないよー」

自分の気持ちを誤摩化すために笑顔で乗り切る。
彼が「まずいなー…」なんて思っていると突然、部屋の扉が開かれた。
少しだけファイはそれに救われた気がしたのはここだけの話。

「よう!目ぇ覚めたか!んな警戒せんでええって。侑子さんとこから来たんやろ」

突如として部屋に入ってきた若い男性と女性。
見たことも、勿論話したこともない。

「ゆうこさん?」
「あの魔女の姉ちゃんのことや。次元の魔女とか極東の魔女とか色々呼ばれとるな」

男性の話を聞いていると、女性が毛布を二枚取り出し小狼と名前に手渡した。

「ありがとうございます…でも、私はもう寝ないので毛布は他の人に…」
「その毛布、名前ちゃんが使っていいよー。オレは平気だし、勿論くろりんも平気だろうし」
「俺も、大丈夫です」
「そういうことだからー」
「あ、ありがとう」

照れくさそうに笑う彼女を、ファイは優しく見つめた。
当の名前はファイの優しさが何故だか懐かしく感じられたが、そんなことあるわけないよね、と頭を左右に軽く振る。

「わいは有洙川空汰」
「嵐です」
「ちなみに、わいの愛する奥さん、ハニーやから。そこんとこ心に刻みまくっといてくれ」

嬉々としている空汰を無視し、ヒョイと彼の掌に乗っているおぼんを取り上げ、小狼達に黙々とお茶を配り始める嵐。

「はー、こんなハニーと結婚できてわいは幸せやー。つーわけで、ハニーに手ぇ出したらぶっ殺すでっ」

語尾にハートまでつけて黒鋼の肩をぽんと叩く空汰が何処かとても恐ろしかった。
けれどそれ以上に、「なんで俺だけにいうんだよ!!」という黒鋼は別の意味で怖かった。

「ノリやノリ。ノリは命。でも本気やぞ!」
「出さねぇっつの!!」

彼らのやり取りを見て、名前とファイは盛大に吹いてしまう。
取りあえず黒鋼に対する印象として、「いじり甲斐のある人」が二人の頭の中にインプットされた。

「なんだか面白い旅になりそうだねー」
「うん。空汰さんも嵐さんも良い人みたいだし」
「モコナも楽しそうだしね」
「あとは小狼くんとあの女の子…私あんまり友だちとか居なかったし、出来ればこの旅でみんなと仲良くなれたらいいなー…」

この名前の寂しさと自分の寂しさとではかなり違っている。

本音を言うならば自分と名前との関係について話して記憶を取り戻して欲しい。
けれどそんな簡単な方法で自分のことを思い出せるのなら、次元の魔女だって対価にはしないはず。
だからいつか旅の中で自分のことを思い出して貰おうと心を落ち着かせ、「名前ちゃんなら大丈夫だよ。現にオレともう友だちじゃーん」と笑ってみせた。

「友だち…うん!ありがとう!」
「いえいえ。オレからも、ありがとう」

彼女の頭にポンと手を置き、優しく撫でる。
顔を赤くする彼女がとても可愛らしく思えた。

名前の変わらない所ばかりが目に映る。
例え彼女が自分を忘れてしまっていても、何も変わらない彼女に自然と笑みが溢れた。

「さて、とりあえずあの魔女の姉ちゃんにこれあずかって来たんやな」
「モコナ=モドキ!」
「長いな。モコナでええか」
「おう!ええ!」
「事情はそこの兄ちゃんらに聞いた。主にそっちの金髪のほうやけどな。黒いほうは愛想ないな。ほんま」
「うっせー」
「とりあえず兄ちゃんらプチラッキーやったな」
「えーっと、どのへんがー?」
「モコナは次に行く世界を選ばれへんねやろ?それが一番最初の世界がココやなんて幸せ以外の何もんでもないで。ここは、“阪神共和国”やからな」



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