怖くなったのかもしれない。
まだみんなと旅をしてから数日しか経っていない。
そんな中で私は、多分怖くなったんだと思う。

誰か一人だけを思い出せない自分が、すごく怖かった。

何でだろうとか、何があったんだろうとか、そうやって思い出せない理由ばっかり探ってるうちに突然孤立感に襲われた。

もしかして、私がその人に何かしてしまったんじゃ…

そう思うと体が一気に冷たくなった。
いつ忘れたかも分からない。
最後にあったのがいつかも分からない。
顔も声も体格も…何もかも分からないのに私は、思い出の中の私やアシュラ王やチィはその人に楽しそうに話しかけている。

それだけで、「あぁ、きっとこの人は私の大切な人だ」と分かる。
だからこそ、忘れてしまった自分が怖かった。
早く思い出したかった。
その人に、早く会いたかった。

なまえはそう悩みながら部屋の窓から外を見上げる。

「なまえちゃん、どうしたのー?」

突然後ろから声がしたものだから、肩がビクッと震えた。
ゆっくり後ろを向くと、微笑みを浮かべるファイがこちらに向かってくる。

「ファイ…」
「なまえちゃんがボーッとしてたから声かけてみたんだー。黒さまも小狼君もサクラちゃんも、さっきそこで心配してたよー」
「私、みんなに迷惑掛けちゃったんだね…ごめんなさい」
「うんうん、いいよー。それで、どうしたの?悩み事?」
「ううん、違うの。ただちょっとボーッとしてて」
「なまえちゃん、何か悩み事あるでしょー。見てれば分かるよー。昔ね、俺と仲が良い子がいたんだけどー、その子がたまに今のなまえちゃんみたいな顔して悩んでたことがあったからー」

つい心配でさ、なんて彼は笑みを溢した。

「そっか…私さ、自分が誰を忘れてるか分からなくて怖かったの」
「どうして?」
「その人、大切な人だったみたいだから」
「何でそうだと分かったの?」
「昔、楽しそうにその人と話してたのを覚えてるんだ。誕生日になると毎回祝ってくれて、ケガをすると誰よりも心配してくれて、危ない時は体を張ってまで守ってくれた。大切にしてもらってたって分かるし、私も凄く大切だった」

なまえにそう言われ、ファイは俯く。

事情を知らないなまえは、「どうしたの?」といつもと変わらない口調で尋ねてきた。

今、ここで「愛してる」と彼女に告げたらどうなるのだろうか。
やっぱり、もう元の関係には戻れないのだろうか。

「出会ったばかりの旅仲間」という淡白な関係のまま、なまえに嘘を重ね続けることは出来ない。
昔と変わらず笑顔を見せてくれる彼女を見ると、そんなことは出来なかった。

友達という関係のまま作り笑いで誤魔化して、彼女と接していくことなど、自分には難しいことだと分かっていたのに。
作り笑いは得意なのに、どうしてもなまえにはそれが利かない。

「ごめんねー。オレもちょっと思い出したことがあってー。でも大したことじゃないからー」
「そう。なら、いいんだけど…」

どこか腑に落ちない表情のなまえを見て、切なげに笑みを浮かべることしかできなかった。

「私、黒鋼と小狼君とサクラにもう大丈夫だよって言ってくるね」

立ち上がり部屋を出ていくなまえの後ろ姿を見守ることしかできない自分が悔しい。
今となっては、「側にいてほしい」とすらも言えない脆い繋がりになってしまったのだ。

こんなに近くにいても、手を伸ばすことも出来ない。
悔しくて切なくて儚くて、思わず昔に戻りたいというそんな思いが頭を過った。

けれどそんなことは出来ない。
だからこれから、彼女と少しずつ距離を縮めていこうと再び決意し、ファイは空を見上げた。



この身は君しか愛せない



辛いとか悲しいとか好きだとか、そう言うのが何も分からないくらい

どうしようもない馬鹿になりたかった



──────────

おおお…やっぱり連載ヒロイン設定で切なめとなるとこんな感じのファイになってしまう…

予想していたのと違っていたらすみません。
片思いということを際立ててほしいとのことでこうなりました。

ファイはこのまま片思い街道まっしぐらですがどうなることやら…

では、リクエストありがとうございました!


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