桜草







───みんな、死んでいく。
町がどんどん破壊されていく。

デリオラの、地面を踏む大きな足音と叫び声が、オレの耳を支配した。
オレは、何をしているんだ?
父さんと…母さんは、何で倒れてるんだ?
何で…血塗れなんだ…?
嘘だ嘘だ、これは夢だ。そうに違いない。
…でも家がない。人もいない。
血の匂いだけが、異様に鼻を霞めて気持ち悪い。
身体が重い、熱い。
──恐い。誰か助けて。
いやだ、死にたくない。
父さん、母さん、返事してよ。
オレを、この悪夢から覚まして。
デリオラの足音が、だんだん大きくなる。
同時に、血の気が引いていくのがわかった。
やだやだ、いやだ。近付いてくるな。
やだ、助けて、恐い。
死ぬなんて、いやだ。


「──っいや、…嫌だっ!」

「グレイ!しっかりしろ!」


ナツの声に、ハッと我に返る。
定まらない瞳を必死に動かして、視線を集中させると、心配そうに眉を下げるナツと目が合った。
おそるおそる当たりを見回せば、そこはオレの部屋。
前髪が汗で額に引っ付いて、気持ち悪かった。


「お前、どうしたんだよ?すごいうなされてたぞ…」

「ぁ、あ…っなつぅ、!」


夢だと確信して安心すると同時に、何故か涙がどっと溢れて止まらなかった。
そんなオレを見て、慌てて起き上がらせて抱き締めるナツ。
オレはしがみつくように、ナツに抱きついて涙が止まるまで泣いた。






 * * *

 * * *






「落ち着いたか?」

「ん…」


オレが頷けば、ナツは指で涙を拭ってくれながら、そりゃよかったと言って優しく頭を撫でてくれた。


「恐い夢でも見たか?」


びくりと肩が跳ねる。
───こわい、ゆめ。
思い出して、再度目に涙を溜めるオレにナツはぎょっとした。


「あああ、ごめん!言いたくなかったら言わなくていーから!」


だからもう泣くなー、
言いながら、オレを抱き締める。
──こんなに心配してくれているのに、何も言わなくていいんだろうか。
そんなことを考えていると、オレは気づけばナツの腕の中で、ゆっくりと口を開いていた。


「昔の、ゆめでさ…」

「ん…?」

「デリオラに町を壊されて、家もなくなって、」

「……」

「母さんも、父さんも…っみんな、居なくなっ…!」

「グレイ、もういい」


言葉を遮られて、ナツの胸に顔を押し付けられた。
顔をあげれば、辛そうに眉を下げて唇を噛むナツの表情があって。
何でこいつが、こんな顔する必要があるんだ。


「恐かったよな、…辛かったよな」

「なつ…」

「もう大丈夫だ。心配すんな。これからはオレが、」


ぜってぇ守っから──、
そう言いながら真っ直ぐに目を見つめられて、反らそうにもそらせなかった。
心なしかナツの目は強かった。意志が通っていた。


「オレがグレイを守るし、居なくなったりしない」

「っ!」

「約束だ」


我慢していた涙が溢れ落ちた。
ナツになら、オレの人生を全て預けてもいい──そう思えた瞬間だった。


「グレイ…、」


名前を呟かれ、反射的に顔をあげる。
肩に手を置かれ、ゆっくりと近付いてくるナツの唇に、オレはそっと目を閉じた。
唇に触れる柔らかな感触に、頭を支配される。それはすぐに離れて、また重ねられた。
啄むような、触れるだけのキスを何度も何度も。
ちゅ、ちゅ、と小さなリップ音が静かな部屋に響いて、オレたちを包み込んだ。


「ナツ、」

「ん…?」

「ありがとう」

「おー」


すっかり止まってしまった涙に気付いて微笑むと、ナツもにっこり笑って、ぽんぽんと優しく頭を撫でてくれた。


























桜草 -サクラソウ-

(幼い時の悲しみ)









[ 16/26 ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -