短いはなし | ナノ



 大抵冗談でしょって流されるけれど、告白は仁王くんからだった。まさか告白されるなんて思ってもみなかった私は、ビックリしすぎてしばらく置物のように固まってしまったのをよく覚えてる。
 当時、私と仁王くんの繋がりは全くと言っていいほどなかった。友人でなければ、クラスメイトでもなく、しいて言うならば、クラスメイトの柳生君の友人で、時々教室にやってくる格好良い人という認識を持っているくらい。さして取り柄もない平々凡々な私との縁なんて、万が一繋がったとしてもすぐに切れるだろうと思っていた。けれどその予想は綺麗さっぱり裏切られてしまったのである。
 ある日の放課後の事だった。私は柳生君と日直をすることになっていて、そんな日に限って色んな仕事が舞い込んだ。部活をしていない私と違って柳生君はテニス部の練習がある。幸いきつい仕事ではない単純作業だったので、大丈夫だからと柳生君を教室から追い出して、一人黙々とその仕事をこなしていた。

「花山さん」

 突然聞こえた声に心臓が飛び出すかと思うほど驚いた。声のした方を見ると、なんと少し息を切らせた柳生君が扉の所に立っていたのだ。部活に行ったはずじゃなかったのかと驚きを込めて見ていると、彼はすこし乱れた髪を整えて私の隣の席に腰をおろした。

「柳生君、部活…」
「やはり気になったので、戻ってきてしまいました」

 困ったように笑う彼は、噂にたがわず優しいものだ。隣の席のよしみで、時折助けてくれたりもするし、良い人だなぁと思う。だからこそテニス部でジャッカル君ほどではないにしろ、苦労人と言われているのだろうけれど。
 こっちをやりますね、と言いながら柳生君は作業を始める。何とはなしにその手を見て思ったのは、節がある男の人の手だなぁということだった。柳生君は雰囲気が綺麗だから、なんとなくだけど手も女の人みたいだという勝手なイメージがあった。
 普段意識してみないためか、新しい発見をした気分だ。

「……何か?」
「あ、ううん。ごめん、なんでもない」
「そうですか」
「うん」

 会話は消え、作業の音だけが教室を支配する。それほど仲がいいわけではないのでなんとなく落ち着かない。沈黙が妙に心地悪かった。
 しばらくそうしていたけれど、作業にも終わりが見えた。地味だったけれど、面倒な仕事だったなと小さく息を吐くと、柳生君が突然話しかけてきた。

「花山さんは、仁王君をご存知ですか?」
「え?あ、あぁ、うん。知ってるよ。柳生君とダブルスやってるんだよね?」
「はい」

 どうしてそんな話を切り出したのか、その意図が全く分からず困惑する。仁王くんを知っているというのは、本当に知っているという意味で、知り合いだと言う訳ではない。けれど最後の一つを終わらせた柳生君が溜息のような息を吐いて、彼は、と話を続けた。

「酷く臆病者で、一度考え出すと悪い方へとどんどん考え込んでしまうようで」
「へぇ…」

 イメージと違う仁王くん像に戸惑いながら、ますます柳生君の意図することが分からなくなる。一体どうして、そんな話を私にするんだ。

「なので、花山さん。よろしくお願いしますね」
「お、お願いするって……?」
「では、私はこれを先生の所へ届けるので」

 後は、自分で何とかしなさい。
 柳生君はそう言い残して出て行った。お願いの意味も分からないし、言い残した言葉の意味も分からない。教室でポツンと取り残された私は、考えても出てこない答えに長い溜息をついた。すると突然、それに応えるかのように遠慮がちに扉が開かれる。
 静かな音を立てながら、恐る恐るといったふうに開けられた扉が切り取った空間には、テニス部のユニフォームを着た仁王くんが立っていた。私を混乱させる一因ともなった人物の登場に、ますます頭がこんがらがる。そのままじぃっと彼を見ていると。

「えっ」

 カラカラと遠慮がちに扉が閉まったのだ。どうしたんだ、どうしよう、どうすればいいんだ。混乱する私はおっかなびっくり扉に近付いて、勢いよくそれを開いた。ビクンと肩を震わせた仁王くんと目が合う。彼は扉の前で立っていた。

「こ、こんにちは仁王くん」
「……ん」

 私のあいさつに仁王くんはコクリと頷く。それは一体どう反応しろと言ってるんだろう。困った私はとりあえず愛想笑いを浮かべて、どうしてここに来たのかを聞くことにした。

「どうしたの?柳生君なら、多分もう部活にいってるよ?」
「……ん」
「…えーっと…教室に、用事?」
「…ちがう」
「そ、そっか」

 イメージなんて毛ほども役に立たないと、私はこの時思い知った。仁王くんが友達話している所を何度か見かけたことがある。柳生君とも話している所を見たけれど、その時の彼はすらすらと喋っていたし、女子に話しかけられるとそれはそれは綺麗な顔でフッと微笑んで返していた。女たらしだと思ったことは秘密だけれど。
 とにもかくにも、仁王くんがこんなにわけが分からない、いや言い方が悪い。こんな、少し不思議ともいうべき人だとは思いもしなかったのだ。

「………」
「…えっと…そ、それじゃあ、私はもう帰るね」

 沈黙と視線に耐えられず、私は帰ることにした。柳生君が出て行くときに一緒に出て行くんだった。そう思いながら鞄を肩にかける。

「花山さん」
「う、うん?」
「………花山さん」

 仁王くんに呼び止められて立ち止る以外の選択肢が消える。少し俯き加減に立っているせいで、仁王くんの表情は分からない。どうしたんだろう。どうすればいいんだろう。名前を呼んだっきり黙ってしまった仁王くんに、うろたえる私。

「に、仁王くん?」
「………き」
「えっとごめん、聞こえなかったんだけど…」
「…すき」

 ぼそぼそという小さすぎる声が聞きとれなくて、もう一回言ってくれる?と言おうとした矢先の仁王くんの言葉。舌っ足らずの子供のようなつたない発音だったけれど、確かに私にはこう聞こえた。

「好き…?」
「……ん」
「えーっと…それは、……私、を?」

 まさかねーなんて思いながらそう聞くと、なんと仁王くんはコクリと頷いて、俯かせていた顔を上げたかと思うと真っ赤な顔をしながら、もう一度小さな声で「好き」だと言った。
 もともとの肌の色が白いからか、余計に顔が赤く見える。緊張しているのか、視線を下に向けてうろうろとさせているその様子は、まるで告白の返事を待つ女の子のように可愛らしかった。男の子で、身長も高い仁王くんにそんなことを思うのはおかしいのかも知れないけれど、確かに私は可愛いと思ってしまったのだ。
 そんな風に他人事みたいな事を考えていると、仁王くんが私の名前を呼んだ。

「……付き合って、ください」
「えっと、うんと、……私、仁王くんのこと良く分からなくて、」

 だから、付き合えない。そう続けようとしたものの、それは仁王くんの「だめ」という言葉で遮られた。

「付き合って」
「あのね、」
「ぜったい、しあわせにするから」

 それはまるでプロポーズのようだった。幸せにするからと言った時の仁王くんは、さっきまでの様子とはうってかわって真剣そのもので、男の子というよりも男の人らしい顔つきだった。可愛いという印象は吹き飛んでかっこいいという言葉が浮かぶ。
 私は言葉を失って、ただ仁王くんをみつめていた。友人でなければ、クラスメイトでもなく、しいて言うならば、クラスメイトの柳生君の友人で、時々教室にやってくる格好良い人という認識を持っているくらいだったのに。こんな。






「ごめん。すぐ準備するから」
「ん、分かった」

 そう言って携帯をいじり始めた仁王くんを見て、友達は小さく黄色い声を上げる。格好良いなんて言ったり、クールだよねーなんて言ったりして、そうして恨みがましく私を見つめるのだ。それに苦笑で返してから、私は鞄を引っ掛ける。

「それじゃあバイバイ」
「うんバイバーイ!また明日ね」

 友達の声に見送られて仁王くんと連れ立って歩く。廊下にはたくさんの人がいて、時々突き刺す視線にはもう慣れているものの、やっぱり気持ちが良いものではない。
 しばらくして人気がない所に来ると、右手に温もりが滑り込んだ。それをそっと握り返すと、更に力が込められる。

「…すき」
「うん。私も、すき」

 そっと仁王くんを見ると、彼は頬を赤くして小さく笑っていた。




彼と私のある経緯
(20100722)
Thank you project! うめこさま
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