短いはなし | ナノ



「柳、今日の授業、資料集見せてね」
「花山、お前はまた…!」
「もー真田には言ってないじゃん。うるさい」
「うるさいだと?大体お前は、」
「弦一郎、静かにしろ」

 ぐっ、と息を詰めた真田は眉間に皺をよせ、静香を睨みつけてから前を向いた。静香はそんな睨みなど意に介さずに、カチカチとボールペンを鳴らしている。そんな静香に真田は苛立つも、そろそろ教師が来るだろうと我慢して口を閉じたまま。柳はそんな二人を仕様のない子供を見るような目で見ていた。
 チャイムが鳴り、教師が大量のプリントを持って教室に入ってくる。教科担当でないその存在を認めた静香は、期待を込めて発せられる言葉を待った。

「担当の山田先生が諸事情で来れないので、今日は自習ということになりました」

 途端にざわざわとする教室ではあるが、教師の静かにという声で収まった。

「プリントは預かっているので、それを終わらせるように」
「提出は何時ですかー?」
「次の授業までということになっています。私は用事があって席をはずしますが、くれぐれも静かに」

 プリントが配布される。嫌になるほどの多さに生徒の間では小さく不満の声があがるものの、教師はそれを捉えない。静香は他の生徒と同様にプリントの束を嫌悪の目で見ながら、カチカチとボールペンを鳴らす。
 やがて、「くれぐれも静かに」と念を押した教師が教室を出ていった。小さな声が教室を満たすものの、しばらくするとそれも消えてほとんどの生徒がプリントに集中し始める。
 そんな中、ある一角では。

「花山、何故全部仕舞うのだ」
「えーだってさー。次の授業までなら余裕だし。ねー柳」
「余裕とは行かないまでも、まぁ間に合うだろうな」

 小声でのやり取りが続けられていた。
 教師が出ていくなり、いそいそとプリント筆記用具その他を仕舞い込んだ静香に真田が苦言を呈するも、柳を味方につけた彼女は気に留める気配を見せない。そこそこの成績で満足だから、それほど真剣に勉強はしないという考えだからだ。そんな静香を見て真田は眉間の皺を深くする。柳は我関せずの態度でプリントに目を通していた。
 机に突っ伏して寝る体制をとった静香を見た真田は、我慢しきれずに「たるんどる」と声を出した。一部の生徒たちがちらりと真田に目を向けるが、さして気にもせずシャーペンを動かしだした。

「たるんどるぞ花山」
「もー…いいじゃん。真田うるさい」
「なにが良いというのだ。大体うるさいとは」
「うるさい弦一郎」

 説教を始めようとした真田を、柳の一声が制する。発しようとしていた言葉を飲み込んだ真田は、不満をあらわに柳を見た。

「説教なら授業が終わってからにしろ」
「しかし蓮二…」
「他の迷惑になると言っているんだ」
「そうだよ真田。うるさい」
「花山…お前というやつは…!」

 柳の言葉を忘れたかのように、小声とは言い難い声を上げた真田にクラスメイト達の視線が集中する。それに気付いた真田は小さく「すまない」と言ってから、自身を落ち着かせるように息を吐き出した。
 静香はそんな真田をみて悪戯が成功した子供のように笑い、柳は溜息を吐く。真田の睨みに臆することなく、静香はにやりと笑って頬杖をつく。

「真田って、娘が出来たら、将来絶対その子からウザいって言われるよ」
「なっ、」
「確かに言われそうではあるな」
「『ちょ、お父さんマジでウザい』とかって言われんの。あはは」

 柳の同意にショックを受けたのか固まる真田をおいて、静香は笑い、柳も控えめながら笑う。周りの人間の中にも耳を傾けていたものがいるらしく、小さく噴き出してから慌てたように咳払いをした。
 ひとしきり笑った静香は、ショックに固まる真田を、彼の机の上にあったシャーペンで突いた。多少の痛みに眉をしかめ、真田は重々しい溜息をついた。いつもと違う様子に、静香は「おや?」とひそかに思う。

「どうかした?」
「…この前、幸村にも同じことを言われた」

 その言葉を聞いた静香と柳は、幸村がニコニコと笑いながら真田に言う様子を瞬時に思い浮かべて納得する。真田は幸村の言うことをやたらと気にするきらいがあるのだ。
静香は逡巡して、仕方ないと真田を慰めにかかった。

「もーそんなに深く考えなくていいのにさぁ」
「………」
「将来って言ったって、反抗期の時だけだって。真田って厳しいからウザいって思うけど」
「それは慰めているのか」
「最後まで聞けってば。厳しいし、やたら煩いしで、子供の時はウザいって思うけど、大人になったら絶対真田がお父さんで良かったって言われると思う。結婚式とかで」

 静香の言葉に真田は溜息を吐いてから、小さな声でたるんどると零す。柳も珍しく真田を慰めた静香の言葉に感心しながら、シャーペンを動かす。彼のプリントはもうすでに半分ほど埋まっていた。

「花山にしては良いことを言うな」
「にしてはって何。柳、酷いこというね」
「いつもいつも弦一郎を落ち込ませて遊ぶお前には言われたくない」
「あ、遊ぶ…?」
「柳だって止めない癖に。それに幸村ほどじゃないよ」

 静香と柳の会話を聞きながら、真田は俯く。硬く握ったこぶしがぶるぶると震えていた。あくまでも小声のやり取りを続ける静香と柳の二人は、その様子に気づきながらも構おうとはしない。

「花山!」
「うぇ!?」
「お前というやつは…!」
「ちょ、真田落ち着きなって」

 堪忍袋の緒が切れたのか、真田はがみがみと説教を始める。とうとう始まったかと耳をふさいだ柳は、心の中でカウントダウンを始めた。
 5、4、3、2、1。

「隣は授業中だ!静かにしなさい!」

 ゼロのカウントと同時に、隣の教室で授業をしていたらしい教師が怒鳴りこんでくる。水を打ったように静かになった教室に教師は満足したらしく、乱暴にドアを閉めて戻って行った。固まっていた教室は、教師の出て行くと同時に少しずつ動きを取り戻す。静香の噴き出す笑いと共に、真田はぎこちなく椅子に座り叱られたという事実に少しだけへこんでいた。

「あははは。だから言ったのに、落ち着きなって」
「………」
「弦一郎。これに懲りたなら、黙っていろ」

 自分の失態と二人の小さな笑い声に、真田は一際重苦しい溜息を吐き出してから口を真一文字に結び、シャーペンを手に取った。



疑似親子
(20100707)
Thank you project! 佐上馨さま
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