短いはなし | ナノ



 狂気的とはいかないまでも、雅治の嫉妬心や独占欲は並々ならぬものがある。その影響が私の女友達にまで及ぶと言えば、おそらくその異常さは分かって貰えるだろう。
 ある日、女に嫉妬してどうすると雅治に聞いたことがあったのだけれど、彼はその質問の所為で拗ねてしまったようで、翌日には不機嫌で大変だったというお叱りの電話を雅治の友人にもらうことになった。そして、その友人と電話したと知られて、さらに彼が拗ねてしまうという無限ループを味わう羽目になった。
 ある人は雅治を子供のように純粋だから勘弁してやってほしいと言った。なるほど、子供のようと言うのは頷ける。純粋と言うのは否定せざるを得ないけれど。とにもかくにも雅治は子供のように嫉妬心と独占欲をコントロールできない人間なのだ。

「日曜日、休みになった」
「え、うそ」
「………」
「あぁ、うん。嘘じゃないんだよね。分かってるよ」

 雅治は「私には絶対嘘をつかない」という付き合う前にした約束を忠実に守っている。
付き合う前の話だが、散々友達から聞かされていたということもあって、私の雅治に対するイメージと言えば詐欺師だの不良だのマイナスイメージばかりだった。だから告白された時にも冗談だと思って流したのだけれど、怒ったような顔で嘘じゃないと詰め寄られた。それでも信じられなかった私に、付き合ってから嘘を付いたら別れても良いと雅治は言い、鬼気迫るその様子に圧倒されて頷いてしまったのが最大の間違いで、いつの間にか雅治と付き合うことになっていた。
 それが私と雅治の関係の始まりだったのだけれど、それ以来雅治に嘘を吐かれたことはない。
 話を元に戻すと、私が「え、うそ」と言ってしまったのにはわけがある。それは日曜日に予定を入れてしまっているからだ。その日は部活があると雅治に言われていたので、安心しきって映画を見ないかという友達の誘いに乗っかってしまったのである。つまり、どう言ったら雅治の機嫌を損なわずに済むのかという問題に直面しているわけだ。

「その日なんだけど、友達と映画見に行く約束が、」
「断って」
「…ずっと前から約束してたし、断りづらいなぁ、なんて」
「久しぶりの休みなんに…彼氏より友達優先させるん?」
「そ、そういうわけじゃなくって、」
「じゃあ、断って」

 雅治の腕が巻きついて、容赦なく締め付けられる。雅治の力はかなり強いので、いつもいつも苦しい思いをすることになる。ギブアップを示すために不自由な手を必死に動かして雅治の体を叩きながら、息苦しさのあまり必死に息を吸いこむと雅治の匂いがした。
 しばらくしてようやく解放されたと思えば、じっと恨めしげな目で見つめられる。目を逸らすことは許さないと言わんばかりに大きな手で顔をはさまれてしまって、動こうにも動けない。じっとりとした雅治の目に諦めるしかないことを悟って溜息を吐くと、ニッコリ笑った雅治が素早く動いて、私の携帯を差し出した。逆らう気力はすでになく、諦めてそれを受け取る。
 ごめん、行けなくなった。その一言に返ってきたのは頑張れの一言だけだった。何度もこういうことがあったから、友達も分かってくれている。理解がある上に心の広い子で良かったと心の底から思った。

「静香」

 いつの間にか雅治の顔が目の前にあって、一瞬息を止めてしまった。携帯が手からすり抜けて、床に落ちてしまった。

「雅治、顔、近い」
「静香」

 白い腕が巻きついた。雅治がまるで動物か何かのようにすり寄ってきて頭を押し付けてくる。私の視覚は雅治の銀色の髪が、嗅覚は雅治の匂いが支配した。微妙な体勢に少しだけ苦しさを覚えながら、子供をあやす時のように雅治に構う。
 しばらくして満足したのか、私から離れた雅治は色素の薄いその目でじっと私の目を見つめてきた。一体なんだろうかと思って名前を呼ぶと、変な顔をされる。困ったような、悲しいような、とにかく情けなく変な顔だ。

「日曜、行きたかった?」

 「日曜?」と首を傾げて、さっき断ったばかりの予定を思い出した。確かに行きたいのは行きたかったけれど、別にそこまで行きたかったわけじゃない。ただ友達と出かけるのは結構久しぶりだったから、楽しみにしていたのは確かだけれど。
 どう言えばいいかと考えていると、雅治が視界から消えてお腹が締めつけられた。ぎゅうぎゅうと容赦なく私を締めつける雅治の顔は見えない。けれどきっと情けない顔をしているだろうことは分かった。
 断れと言ったことを今になって後悔しているんだと言うのは想像に難くない。仕方ない子だと小さく笑って、雅治の銀色の髪を梳く。少し痛んでいるけれど、気にはならない。何度も繰り返していると、雅治の目が隙間からのぞいた。

「結構前から約束してたし、友達と遊ぶのも久しぶりだったから…」
「……ごめん」

 顔を隠して謝る雅治に、湧き上がるのは「仕方ないなぁ」という気持ちだ。結局いつもそうなのだ。いくら我がままを言われても、無茶を言われても、私は結局仕方ないで済ませてしまう。

「別に、そこまで行きたかったわけじゃないよ」
「…静香…」
「それに雅治の休みも久しぶりだしね。日曜日、何処か行く?」

 私の言葉に雅治は私から離れて、嬉しそうに笑った。この顔が私に仕方ないと思わせるのだ。あまりにも嬉しそうに、子供のような無邪気さを含んだ笑い方をするから、結局折れるしかないのだ。雅治の友人の一人が、ダメな子を甘やかすダメな親みたいだと私を評したけれど、まったくもってその通りだと思う。
 けれど、雅治の笑顔を見るとそれでも良いと思ってしまうのだ。それがダメなんだと分かってはいるけれど、きっといつまでもやめられないんだろうなぁと思う。

「静香」
「なに?」
「ありがとう」
「どういたしまして」



おおきな子供
(20100324)
Thank you project! なつきさま
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