短いはなし | ナノ



「あ。静香、静香」
「何?」
「お迎え」
「あ…ごめんね。ちょっと待っててくれる?」
「急がなくていいよ」

 遠慮なしに美術室に入ってきた幸村を見て静香は慌てて片付け始める。幸村精市という男と知り合いに昇進することとなった初めのきっかけは、私の親友と言って差し支えないほど仲が良い静香の紹介だ。静香は外部入学生として疎外感を味わっていた私に、少し恥ずかしげながらも声を掛けてくれた子で、あの時の可愛さと言ったら私が男だったら襲ってたと思う。
 そんな静香の幼馴染である幸村精市は、それはそれはびっくりするぐらいの美男子で、女子の話に出てくる数を数えるのを一日で諦めてしまった位の人気者だ。おまけにテニス部部長で頭が良いと言うのだから、神様は贔屓しすぎだと思う。それが静香と仲良くなってしばらくして、幼馴染だと紹介されてびっくりした。失礼ながらにも、本当かと疑ってしまった。
 けれど、静香と幸村の関係に対する疑いはすぐにとはいかないまでも、しばらくして溶けることになった。その理由は、幸村と静香の関係をしばらく間近に見ていたから、否、見ざるを得なかったからだ。
 こういうと悪く聞こえるかも知れないけれど、私の贔屓目を抜きにすると、静香は平々凡々な子だ。女の子らしいと思うことは多々あれど、世間一般に言うすごく可愛らしい子だとか美人だとか言うことはないと思う。一方の幸村は、学校の女子がキャーカッコいい幸村くん頑張ってー!と黄色いと書いて煩いと読む声を出す対象になるくらい、腹が立つけれど世間一般に言う男だ。
 そんな静香と幸村に対して一部の女子からは「不釣り合いだ」「本当に幼馴染なの?」とかいう声が上がるわけだけれど、幸村と静香のお互いの態度を見ていると絶対に分かる。というか分からざるを得ない。だから煩いことを言う女子どもは一度でいいから誰か私のポジションを味わうと良い。
 静香と幸村は紛れもなく幼馴染だということが、嫌なほど分かるから。

「慌てて、制服に飛ばさないようにね」
「もう子供じゃないんだから、分かって…あ」

 ぱしゃ、と水が跳ねる音と静香の声。だから言わんこっちゃないと言わんばかりに、幸村が鞄をあさってハンカチを取り出した。手も濡れ制服も濡れて、動けなくなったらしい静香に近付いた幸村は「仕方ないね」なんて、ポンポンとハンカチで静香の制服を拭いた。静香は恥ずかしそうに俯いている。
 幸村の顔を見るとそれはそれは砂糖を一袋かぶったような甘い顔をしていた。悪く言うならば、でれでれとした締まりのない顔だ。今の幸村を、幸村君カッコいいとか馬鹿を言っている女子に見せてやったらどういう顔をするんだろうか。そう考えたけれど、結局幸村くん素敵!とかふざけたことになるのが目に見えて、心底腹が立った。
静香は恥ずかしそうにしていたけれど、幸村が制服を拭き終わるとありがとうとはにかんだ。幸村に比べて可愛らしいとは思うけれど、同じく砂糖を一袋ぶっかけたような感じだ。
 こんな風に、二人はお互いだけに甘ったるくて吐き気のしそうな顔を見せる。いや、この場合私はいるけれど、幸村の目には確実に入っていない。静香だって、一瞬私の存在を忘れている。静香はまだ良いとして、幸村は私を邪魔だと思っている節があるらしく、存在無視というのも珍しくない。腹が立つ。
 半ば強制的にこの光景に立ち会わなければならない私を、静香の親友という立場だけは変えずに、どうにかしてくれないだろうか。まったくもって、頭が痛いと言うか、胸やけがする。

「片付けくらい、辻井にやらせたらいいのに」
「………」
「精市!…ごめんねちーちゃん。悪気はないと思うの」
「あはは…」

 いや、静香。幸村には確実に悪気がある。普段のあの目はどうしたと聞きたくなるくらいに恐ろしい目をした幸村から視線を逸らした。静香の目には幸村専用フィルターがかかっている。幸村のやることなすこと信じるというそれは、最早治し様がない。ちなみに幸村の目には静香専用フィルターなるものがかかっていて、こちらも静香の事を盲目的に優しくて可愛い守るべきものとして見させている。
 いずれにせよはっきりとしている事がある。それはこの二人の一番の犠牲者は私だと言うことだ。二人セットの時には近付かないテニス部とは違って、私は静香と同じ美術部で、幸村に「静香だけ遅くまで待たせとくとか、そんなことしないよね?」という確認名目の脅迫をされ、テニス部の遅い終了時刻まで付き合うことになっているからだ。あの時の幸村の目と言ったら!…生きている心地がしなかった。
 別に静香と一緒にいることは良いけれど、この幸村と静香のセットの時に一緒にいるのは避けたい。精神が削られて行く。そして二人の性質の悪いところは、これで付き合ってないって所だ。お前ら付き合えよと思ったのは何度目か知れない。
一人遠い目をしているうちに静香の片付けも終わったらしく、帰る支度もすでに終わっていた。

「ちーちゃん、帰ろう」
「………」
「…人待たせてるから、校門までね」
「そうなの?」
「まぁ、うん。ほら、行こう」

 幸村の無言の訴えが痛い。というか此処までしといて、静香は幼馴染だとか言う神経が信じられない。もう、早くくっ付いてしまえ。その方が世のため人のため私のためだ。
 二人の甘ったるい雰囲気に、精神ポイントをがっつり削られながら廊下を歩き、下駄箱へ。校門で人を待たせてるなんて嘘だから当然誰もいないのだけれど、とりあえず二人を返すのが最優先事項だとこっそり溜息をついた。

「じゃあ、ここで。なんか寒いから校舎の中にいるらしいし、待ってるわ」
「そうなんだ。あ、じゃあこれあげるよ。カイロ、まだ温かいから」
「え、でも…」
「私もう帰るし、手袋もしてるし。ね?」
「静香、行こう」

 幸村が静香の手をグイっと引っ張ると、少し足をもつれさせた静香は私に大きな声でバイバイと言って少しだけ早足に付いていく。年頃の男女が手を繋いでいるというのに恋人じゃないといって誰が信じるのか。二人の後姿を見ながらやれやれと溜息をつき、少しだけ時間をつぶそうと片手にカイロを握り締めて携帯をいじっていると、画面が薄暗くなった。

「またあの二人に付き合わされたのか」
「なんで蓮二がいるの?」
「部室で少しな。それより帰らないのか?」
「そろそろ帰るわ。今日は人待ってる設定だったけど、もうそろそろいいだろうし」

 静香たちの姿が消えたのを確認して一歩を踏み出すと、蓮二が隣に並んだ。疑問に思って見上げると、蓮二は口を緩ませた。

「送って行こう」
「え」
「どうせ隣の家なんだ。一人で帰ることもないだろう?」
「………」

 私も人の事は言えないなぁと思いながら、伸ばされた手の中に自分の手を滑り込ませた。
 とにもかくにも、一日も早くあの二人がくっ付くことを祈っておく。



傍迷惑なやつら
(20100228)
Thank you project! センさま。
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