「お前、きっと夢でも見ているんだ。どうかしてる」

ふらふら覚束ない足取りで何かを追いかけ、捕まえようと飛んだり跳ねたりする実の弟から視線を外してラム酒を煽った。
いきなりだ。太陽がまだ昇りもしないような時間にいきなり、馬鹿みたいに起こしに来たと思ったら、"迎えに来たんだグレイ!"なんて。迎えに来たって一体何がだ?妖精か?海の悪魔か?愛しの女か?それとも海軍か。
辺り一面見渡したってただ広がる海についに頭がイカレれしまったか、一人ブツブツと何か口の中で呟きながらついには剣を取り出すジャックにため息を吐き出した。
何も迎えに来ちゃいない。
何も迎えになんかこないさ。


「ジャック。見ろ、月が赤い」

「ああ、・・・嵐が来そうな予感がする」

「来るだろうよ。時期に」

赤く染まる月を見上げながら、漸く落ち着いたのかジャックが俺のすぐ隣へ腰を下ろす。
ここ最近はドタバタしていてゆっくりする時間もなかった。兄弟で、こうやって二人きりで話すのもいつぶりだ。
暫く赤い月の見上げ、何も考えずにいたけれどただ無言で月を見上げるジャックに意識が削がれ。
ジャックの横顔に視線を滑らして眺める。その視線に気が付いたジャックは同じように月から視線を外して何か?と言いたげに眉を上げた。
顔を顰める。本日何度目かのため息を吐き出した。

「ジャック」

「なんだ、兄貴」

「顔、赤いな」

「月の灯りさ」

「それにラム酒の匂いもする」

「グレイの手の中にあるからな」

それに、兄貴からも匂うぜ。ハハ、と軽快に笑うジャックにこの愚弟め、ジャックの赤く染まった頬をグーで少し強めにこすり付けた。
ああいえばこういう。ただの酔っ払いかよ。最後に、と父譲りの鼻筋の良く通った高い鼻をつまんでやる。父の背を見て育った。海賊である父が俺たちスパロウ兄弟の誇りだった。


「いや・・・今でも誇り、か」

ただの独り言に何を返すでもなくジャックはぼんやり月を見上げる。
俺も、何を急に言い出しているんだ。
はあ、と肩を落として酒瓶を煽る。いつの間にか空になっていたようで出てきたのは本当に少量のラム酒が数滴だけだった。
不満げに舌打ちをした音が聞こえたのか。ジャックは懐から酒を取り出して片手で差し出してきた。用意と察しのいい弟だ。

「グレイ、空だろ」

「悪いな」

「弟の役目だ、安心してくれよ愚兄」

「この口がよく言う」

得意そうに唇を突き刺すので指で挟みこんでやる。
ん、と表情豊かに不満げな顔をしたので笑ってやった。

「手が出る兄貴を持つと大変だ」

「手の早い弟を持つのも結構大変だぞ」

こりゃどっちもどっちだな、と顔を見合わせながら二人して呆れため息を吐き出す。
夜中のせいか冷えてきた。酒もあまり回りがよくないな今夜は。
欠伸を漏らしながら伸びをするジャックに、両腕をさすって顎で指した。


「そろそろ戻るか、・・・明日も早い」

「ああ、そうだな」

よ、っと。と大層重そうに腰を上げたジャックはそのまま身体を揺らして地面に足から崩れ落ちる。吃驚したが反射的に彼の腕を掴んだお蔭か倒れることはなかったが、ひやひやした。
ジャック自信驚いたように目を丸めて顔を見合わせるのでもうなんか救いようがないな。大丈夫かよ、と腕を引っ張り立たせる。俺が思っているよりもずっと飲んでたようで、彼が思っているほど全然酔いは回っていたようだ。
一人じゃ歩けそうもないジャックにバアカ、と笑ってやった。

「お、と・・・っと。悪い、」

「これが兄の役目ってやつだろ?愚弟よ」

笑うジャックに肩を貸したまま、寝床へ二人して覚束ない足取りで船の上を歩いて行った。
赤い月の下、明日は嵐だ。そんな会話を暗闇に響かせながら、乗組員の鼾にかき消されながら愚弟と愚兄は暗闇に呑まれ、消えていった。


END