『葉山、お前どこ見てンの?』
マグカップに淹れたコーヒーに浮かぶ気泡を見つめて鼻を擽る香りに目を細める。 先日高校時代からの友人との食事の際に交わした言葉は一晩経った今でも頭の中から離れる事はなくいつまでのグルグルと自身を犯している。 こんなことならあんな奴との食事なんて行くんじゃなかった。結局後悔ばかり。いつだって、俺はそうだった。
『俺のこと、ちゃんと見えてる?見てるか?』
昔から馬鹿の癖に変に鋭いところがあって、そしてほんのたまにだけれど、やけに冷たい目をする奴だった。 あの頃はまさかこんな男と社会へ出た今でも関係が続くとは思ってはいなかったものの、今ならまあなんとなく続いているわけが納得できる。 あの冷えた目が、俺と似ているのだ。
「見てる・・・って」
先日返した返事のように、誰もいない部屋で一人口の中で呟く。 違う。本当は逸らしていた。俺はアイツの、彼の瞳が苦手だった。何でもかんでも見透かされているようで怖かったのだ。 隠していることも、全て見透かされているようで居心地が悪かった。 口に出せないようなことも、理解されているようで息が詰まった。 とにかく、俺は彼といるのが苦痛でしょうがなかったんだ。
『・・・変わったな。目の奥、闇がある』
「余計なお世話だ」
『何を、見てんの?』
記憶にある、彼の冷たい瞳が俺の中に潜む闇を捉えた。
「っ、」
大きな音を立ててそれを振り払うかのようにして机に拳を叩きつける。 その振動でコーヒーは零れ机の上に濃い色の水溜りを作り 机の上においてあった水の入ったガラスのコップは机の上から落ちて音を立てて割れた。 ぜえはあと肩で息をして、唇を噛む。 何を、自分は熱くなっているのか。落ち着け、落ち着け。 何も、怖いものなんて。ないだろ。
「ぅ・・・っ、」
胃から競りあがってくる熱いものに、目を見開き急いで洗面所へ向かう。 蛇口を捻り、勢いのある水に先ほど収めた朝食から何まで流していく。その様をボウと見つめ、そして鏡に映った死んだ魚のような目をした自分を真正面から見据えた。
「・・・」
急激な吐き気は今に始まったことではなかった。 ただのストレスによるものなのだが決まって彼に会った翌日はこの症状に見舞われる。 頭に走る鈍痛 眩暈 急激な吐き気 理由はわからないけれど、どう考えたって原因は彼だった。
「河津・・・和季」
名を呟いたその人のことを流れる水に思い浮かべる。 決して嫌いなわけではない。むしろ、付き合いやすい性格をしているし彼には何度も助けられた。 しかしそれとはまた違う意味で俺は彼と共にいるのが、彼のことを考えるのが苦痛だった。隣にいるときはいつだって息苦しくて、早くそこから抜け出したくて、彼の顔を見たくなくて。 それはもう、まるで。
「・・・中学生の恋愛かよ・・・」
眉間にしわを寄せて目を瞑る。 暗闇に移る彼の瞳は、なぜだか悲しげに揺れていた。
end
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