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それは日曜の昼下がりのことだった。今日は光の守護聖であり、私の恋人でもあるユエと朝から自室で一緒に休日を過ごしていた。
二人で読書をしたり、一緒にトランプをしたりなど、二人きりの空間で過ごす時間は実に心地の良いものだった。ユエの広い胸板に身体を預けながら、室内に流れるクラシック音楽に耳を傾け、伝わってくる優しい鼓動と暖かな体温、それからユエの香りに小さな幸せを噛みしめていた時。ふと感じた空腹に視線を時計に移せばそろそろお昼の時間だと気がつく。部屋で何か作っても良いし、カフェテリアまで散歩がてら出かけてもいいかもしれない。お昼、どうしよっか、とユエを見上げるようにして尋ねると、ユエの深くていつもキラキラと輝く瞳が僅かに陰ったような気がした。

「……?どうしたの、ユエ。お腹すいた?」
「ちげぇよ。…いや、違うことはないけどさ」

言い淀むようなユエの反応に首を傾げる。何か思うことでもあるのか。いつもとは違う恋人の様子に訝しく思うけれど、深く突っ込んでも正直に話してくれるだろうか。ユエの膝の上で少し考えるけれど、でも本当にお腹がすいただけかもしれない。それに何か話したいことがあるのであれば、ユエならきっと隠さずに話してくれるに違いないだろうし。そこまで考えて、今にも鳴り出しそうなお腹を慌てて押さえた。彼氏といえど、流石にお腹の音を聞かれるのは恥ずかしい。やっぱり作るんじゃなくて今日はカフェテリアまで行こう、と改めてユエに提案しようとしたところで、ユエの瞳が先ほどよりも暗い影を帯びていることに気がつき思わず口を噤んだ。

「ユエ……?どうしたの、怖い顔してる」
「……お前、もう、他の守護聖の部屋行くなよ」

ユエは私の問いかけに対して、今度ははぐらかさなかった。真っ直ぐ私の目を見つめて言うその姿は決して冗談めかして言っているわけではなく、更にはかわいい嫉妬というわけでもなさそうだった。ユエがまさか、そんなことを言うだなんて。ユエらしくないその台詞に驚いたけれど、部屋にある水晶は夜に一度だけ守護聖の姿を視ることができるから、ユエが以前からそこに引っかかりを感じていることを私は知っていた。私が仕事で他の守護聖の執務室へ行くと、ユエがいい顔をしないことも。それでも全て仕事だと理解している彼は、嫌だと直接私に伝えることは一度もなく、自分の中でどうにか消化しているということも。


「……でも、それは……仕事だし、ユエだって仕方ないって…」
「……わかってんだよ。仕事だから部屋にも行かなくちゃいけないし、必要ならデートもする。それは俺にも、お前にも、必要なことだ」

ユエの声はまるで自分に言い聞かせているようで、小さく、そして力なかった。小さく息を吐き出す音が部屋に響く。ユエのこんなに沈んだ声は、初めて聞くかもしれない。いつだって、何があったって前を見据えていて、首座である光の守護聖として圧倒的な光を、私に、皆に与えてくれていたあのユエが。
ユエの言うとおり、全ては必要なことで、仕方の無いことなのだ。私たちは互いに好き合っているけれど、それと同じくらい自分達の、お互いの使命を大切にしている。だからこそ辛い事も、我慢しなくちゃいけないことだってたくさんあるけれど、私たちなら共に手を取り合って、乗り越えていけるって思えていたはずなのに。

「ユエ、…、」
「でも、もうだめだ。お前が他の奴と一緒にいる姿見ていると、おかしくなっちまいそうで、俺は、」

ユエの声が微かに震える。俯くその姿には、ユエがいつも纏っている光り輝くような強さは見えない。…そういえば少し疲れたような顔をしている。先日起こった惑星での暴動が原因かと思っていたけれど、まさかこれが理由だったのだとしたら。ユエの頬に手を伸ばすと、長い睫が震えた。まるで苦しめられ、怯えた動物のような瞳で私を捉えるユエにそっと唇を寄せる。

「私はユエが好きだよ。ずっと一緒にいたいし、仕事でもユエがレイナとデートしてたらすっごく嫌だ。けど、私は女王になりたい。女王になって、あなたと、この宇宙を守りたいの。だから……」

だから、もう少し頑張ろう。そう続くはずだった台詞は、唐突に落とされた口付けによって途切れてしまう。
閉じた唇をなぞるようにユエの舌が這った。突然のことで驚いたけれど、拒絶することなくゆっくりと小さな隙間を作ると、舌が割って入ってくる。まるで火傷してしまいそうなほど熱い舌が搦めとるかのように絡みついて、ゆっくりと擦り上げた。目を閉じると舌が絡み合う感覚に意識が向いて、全身が燃えるように熱くなる。一つ一つ確かめるみたいに舌先が口内をくすぐって、歯列をなぞる。時折唇に歯が立てられ甘噛みされるのが刺激となってびくつくように肩が震えた。

どちらともつかない、混ざり合った唾液が静かな部屋に水音を響かせていて、目の前のユエの深い緑の瞳が禄に頭の回っていないであろう私の姿を、いつから見ていたのか、瞬きもせずにじっと見つめていた。いやだ、こんな顔見られたくないのに。それに気がつくとあっという間に呼吸が苦しくなって、恥ずかしくて、ギブアップの意味を込めて縋るようにユエの服を掴むけれど、私の気を知ってか知らずか、ユエは唇を離すどころか腕を回して腰を引きつけた。密着した身体に熱が籠もっていく。ユエの舌は飽きることなく口内をゆっくりとなぞって、時折漏れる吐息は熱い。酸素不足からか、頭がぼんやりしはじめて、目に生理的な涙を浮かべながら懇願する。もうこれ以上は、どうにかなってしまいそうだ。

「…っ、ユ、エ、」
「……、…」
「も、だめ…っ」
「アンジュ、…かわいい。大好きだ。本当に、好きなんだ」

素直な愛の言葉に顔に熱が集まるけれど、すぐに気がつく。そう愛を伝えるユエの顔は、心配になってしまうほど辛く、苦しみに歪んでいる。心の奥底まで深く傷つけられたようで、その傷ついた心をどうしたら良いのか、自分でも分からず、持て余しているような、そんな顔だった。

「…ユエ?なんで、そんな顔して……」
「…もう、だめだ。悪い。俺、本当はこんなんじゃないはずなんだ。許してやりたいし、一番近くで応援もしてやりたいって思う。お前が本当に好きだから、だから一番の理解者でありたいって、本当に、そう思ってるはずなのに、……全然、だめなんだ。お前のこと、閉じ込めちまいたい。どこにも出さないで、大切に、奥深くにしまって、誰の目にも触れないように、隠して、……なあ、もういいだろ?全部捨てて、俺だけを見てろよ、……アンジュ」

ユエが私の手を握る。その手に籠もる力の強さは、決して私を離さないと言わんばかりで、もはや有無を言わせないその瞳に私は何を言ったらいいのかわからなくなってしまう。ユエは、一体どこまで本気なんだろう。ユエの目を見ているとわからなくなってしまう。一体彼の本当の願いは、どこにあるんだろう。私がユエと付き合わなければ、恋愛と女王どちらも手に入れようとしなければ、彼にこんな顔させなかったのかな。
答えられないでいる私を強く抱きしめるユエ。触れる体温が、匂いが、ユエの私の名前を呼ぶ声が、じっとりと身体に染みこんでいく。選択する。それがどれほど大きな責任を伴い、そして全てを変えてしまう可能性を持ち合わせていることを、私はきっと何もわかっていなかったのだ。