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「クロ、さ・・・っ」

「なんだ?」

冷たい床に勢いよく押し倒されて呼吸が一瞬止まる。
強く強打した頭がガンガンと鈍く痛み、生理的な涙で視界が悪くなってしまう。私の上に跨りながら何の表情も浮かべずにただただ私を見下すようにして見つめる彼の瞳は暗く濁っていた。

いつからこんな目をするようになってしまったのか。
・・・否、わかっている。前国王でもあった彼の姉、エメリナ様が亡くなった時から。その時から彼、クロムさんはこんな目をするようになったのだ。


「くるしっ、で、・・・ぁ」

クロムさんの冷たい手が私の首をキュウ、と締め付ける。気道を塞がれてしまってはこちらはどうすることもできない。
クロムさんはこのまま全身に酸素を送らずにしねと言いたいのだろうか。しかし私はまだ死ねない。死ねない理由がある。
だからと言って、死にたくないなんて言ったって伝わりそうもない。以前までのクロムさんなら、きっと。


「なあ、ルフレ・・・。姉さんは、どんな思いだったんだろうな」

「は・・・っは、ぁ・・・ひゅ、」

「苦しかったんだろうな」

「ひっ、ぁ・・・はっ・・・」

「怖かっただろうな」

迫りくる地面を見つめてああ自分は誰のために何をやっているんだろうって正気に戻って落ちる最後の最後に涙をこぼしながら恐怖で縮こまった声帯を震わしてだけど誰にも伝えられないまま地面に頭から落っこちて脳みそとか目玉とか心臓とか内臓全部ぶちまけて死んでいったんだろうな。ああ、なんてかわいそうな姉さん。


「苦しいか?ルフレ」

濁った瞳が問いかけてくる。
霞みのかかった脳内はもう当てにならない。殺されかけているという状況に本能的にブルリと身体を震わして首を何度も上下に振る。
苦しい。苦しいですクロムさん、お願い助けて、殺さないで。

「っ、は・・・っは、げほ、・・・げほっ、ごほ、」

パ、っと離された腕にようやく気道が空気を通す。足りない酸素を補うように咳が止まらない。
嘔吐きながら、咽ながら見下ろすクロムさんに意味もなく、請うような視線を送る。
ばっちりと合ったはずの視線はなぜか、どこか外れていたのは。


「クロ、ム・・・さん」

「ルフレ、愛してる」

クロムさんは口の中でそうつぶやいて、私の首へ腕を回した。
抱き着かれる格好となったわけなのだが、なんのドキドキもしないし高揚もない。
ただ、また首を絞められるのではないか。次は殺されるんじゃないか。そんな不安と恐怖だけが体を固めて動けなくしていた。

「愛してる」

「ク、」

「ルフレ、結婚しよう」

そう言って少し体を離して微笑んだクロムさんは私じゃなくて、また別の人に微笑みを向けていたのに、私は気が付いてしまったの。
ああ、なんて哀れなお方。
彼女が彼のすべてだったの。
彼女が彼の安定剤だったの。
彼にとって、彼女が。


「クロムさん、」

私も愛してます。
泣けないクロムさんの代わりに、そっと涙を流した。

END