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 唇を柔く食まれ、重なった唇の隙間から洩れる吐息が驚くほど熱い。自然と閉じていた目蓋を薄く開くと、目の前に迫った琥珀色が隠しきれない情慾で揺れている。眉根の寄ったその表情のどこにも余裕なんてものは見えず、その姿に脊髄が痺れるような興奮を覚えて、思わずゼノの胸に置いていた手に力が籠もった。

 一体どれほどの時間、私たちは唇を合わせ続けただろう。気がつけば全身に籠るような熱に、じんわりと滲むような汗を掻いていた。
 呼吸も苦しくて、息継ぎをするように口の端から酸素を取り込もうとすると、角度を変えて差し込まれる舌が追い立てるようにして絡みついてくる。
 溶けるように深く触れあう舌がまるで味わい尽くす様に、せっかく取り入れたばかりの酸素も、唾液もすべてを奪っていく。ゼノの大きく開けた口に覆われる度にまるで呑みこまれるようで、このまま全て食べ尽くされてしまいそう。そんなことを思考の狭間でうっとりと考えた。
 酸素も、思考も奪われた今、ただ自分に出来るのは快楽に飲まれないよう、目の前のゼノの身体に縋り付くようにするだけ。腰を支える腕がなければ、とっくに自分は床にへたり込んでいたことだろう。

「ん、……っ、ぅ」
「……、」

 ぴちゃぴちゃと静かな部屋に響く水音。とろとろに溶けた舌で上顎の粘膜を焦らすようになぞられて、頭の芯がじんと痺れた。どちらのものかわからない混じり合った溢れるほどの唾液が流し込まれて、ごくりと喉を鳴らすと広がるのは甘美な味わい。瞬間全身が燃え上がるような心地が襲い、脳が震えるほどの興奮を覚えたのだった。

「……、っ……ぁ、……」


 足から力が抜けて、もはや自分の力だけでは立っていられない。
 唇から離したゼノは飲み込みきれずに口の端を伝って溢れる唾液を指で拭うと、蜂蜜がどろりと蕩けたような瞳を細め、快楽に震える私の身体を抱きすくめた。鼻を擦り付けるよう首元に顔を埋めると一度だけ、ぎゅっと腕に強く力を込める。
 それはまるで胸が満ち足りていくようだった。ずっとこうしていたい……温もりと匂いに包まれる今が幸せすぎて溢れそうな気持ちのままにそう思うけれど、私の願いも虚しくゼノの体温はすぐに離れていってしまう。
 触れるだけの口付けを頬に落とすゼノを見つめる私の顔はどんなだろう。きっとゼノ以外の人には決して見せられないような、そんな顔をしているに違いなかった。

 伝わってくる熱も、欲も、全てが狂おしくて仕方が無い。いますぐにでもゼノが欲しくて、きっとゼノも同じ思いでいると信じて疑わない私は言葉少なにゼノの手をぎゅっと握った。そんな私の思いも、持て余す情慾も全て気がついているくせに。ゼノはまるで子供をあやすみたいに私の頭の上に手を置くと、髪を一束手に取って梳いて流すようにして、そのまま離れていったのだった。

「せっかくアンジュが用意してくれたんだし、少し飲もうよ」
「……え、」
「あっこれ、赤ワイン?しかもちょっといいやつじゃない?ごめんね、気を遣わせちゃって」

 思わず溢れた私の素っ頓狂な声に微笑むとゼノの視線が下へと落ちた。つられるようにしてそちらに目を向ければ、そこでは私が手土産として用意した赤ワインが、まるで待ちぼうけを食らっているかのようにぽつんと佇んでいた。

「ぇ、……え?」

 一瞬ゼノが何を言っているのか全く頭に入ってこずに、情けない声が漏れ出るがすぐに状況を追って順に理解していく。
 まさか、これでおしまい?あんなにも互いの欲に触れ合ったキスをして。その続きを放り出せるほどの、興味を惹かれるような魅力がこの赤ワインにあるとは到底思えないけれど。
 困惑と同時に刹那的な憤りさえ感じて、元々酸素不足と欲で濡れたように蒸気した顔をさらに赤く染め上げる。
 身体は熱を帯び、もう自分じゃ抑えが利かないほど昂ぶりを感じていた。今すぐにでもゼノを感じたい。匂いを、音を、熱を、欲を、全てを感じたいと全身が打ち震えているというのに。取り残された熱がもどかしく、喉の奥の燻るような欲が酷く心地悪くて胸を掻きむしりたくなる。
 手を伸ばせば触れられるほど近い距離のはずなのに。先ほどまでの扇情的なキスのせいで欲に溺れそうになっている私を易々と突き放すゼノがわからず、恐ろしく遠くに感じてしまう。あんなキスをしておいて、それは少し、酷い。
 それはまるで裏切りのようにも近く、胸にぽっかりと大きな穴が空いてしまったような。そんな喪失感を感じていること、そしてゼノに対してそのような感情を抱いていることに、私は自分で自分に大きなショックを受けた。
 それでもゼノは何も言わずにただ微笑むだけで、私の手を取り、赤ワインを軽々と拾い上げると部屋の中央にあるソファへと向かったのだった。


「ほら、アンジュこっち。座って」
「……、」

 まるで幼な子のように手を引かれていく。
 もう、全然、だめだ。わからない。ゼノの考えていることが、何も伝わってこない。最近の若い子はこれくらい淡泊なものなのかなと思ったりもしたけれど、それもすぐ、考える気力が沸かずにどうでもよくなってしまう。私が頭を悩ませているのは19や20そこらの一般的な男の子の話ではなく、目の前にいるゼノに対してだ。ゼノから目を逸らしてそんな一般論について頭を悩ませるのはただの時間の無駄でしかない。
 持て余した熱をどうしたらいいのかわからず戸惑うけれど、ゼノがその気でないのなら何を考えたって意味もない。もうどうしようもない。私ばかりが、夢中になってた。胸に鬱々と溜まっていくのは自分の滑稽さによる羞恥と、戸惑いと、そして少しの苛立ちだった。

 ソファの前。手招くゼノの隣に視線を落として、ここはさっきゼノが、一人自分を慰めていた場所だ。そう思うと性懲りも無く私の体は、燻っていた熱に着火するよう再び熱を帯びていく。

 ……ゼノは、一体どんなことを考えて、何に欲情して、どんな風に自分を慰めるんだろう。じわりと溢れるような劣情に胸を詰まらせ、けれどそんな私のことなど気にも留めないゼノは私を置いて着々と晩酌の用意を進めていく。言葉にするまでもなく明らかなその温度差に、私は自分がどうしようもなく淫で恥ずかしい女であることを突きつけられたようで、逃げ出してしまいたいとさえ思うのだから、なんて滑稽なことか。
 蜷局を巻く鬱々とした気持ちを胸に抱き、それをどうすることも出来ず持て余したまま、ぽすん、とソファに腰を落とした。

「赤ワインなんて飲むの初めてかも。この前アンジュと一緒に飲んだ白が美味しかったから楽しみだな」

 なんてこともないようにゼノはそう言って笑った。私の気も知らずに浮かべた、その甘くて綻ぶような笑顔に、あんなにしつこく残っていた私の胸の内の蟠りがじんわりと溶けるようにいとも容易く解れていく。それは先ほどまでどうしようもなく感じていた苛立ちや鬱蒼とした気分が、ゼノの笑顔によってまるで浄化されていくようだった。
 せっかくの休日をゼノとこうして一緒に過ごせることが何よりも幸せなはずなのに、私は何を不機嫌になっているんだろう。いつまでも仏頂面をしてるなんて、何よりも全然可愛くない。
 固まってしまった表情筋を解すように両頬をつまみ上げた。痛い。痛いけれど、これでいい。不思議そうな顔で私の顔を見つめるゼノに、気にしないでと首を振った。機嫌を悪くするのはここでおしまいにしよう、この先は楽しい時間にするんだ。そうやってする私の小さな決意を、ゼノは知らない。知らないままでいい。

「飲んだこと無いと思って、飲みやすい甘口のライトボディを取り寄せてみたんだ。それでも赤だとちょっと癖強いかもしれないからジュースで割ろうと思ったんだけど、オレンジジュースとかある?」
「えっ!俺のために選んでくれたの?どうしよう、すごく嬉しい……ありがとう、今日は割らないで飲むから大丈夫だよ」

 本当に嬉しそうにするゼノにつられて頬が緩むが、それと同時にその意外な答えに少しだけ目を丸めた。
 今までゼノが飲むものと言えば甘いカクテルやサワーが多く、先日共にカフェテラスで飲んだ白ワインだってオレンジジュースで割って飲んでいたのに。人の好みがそんなすぐに変わるとは思えなかったけれど、本人がいいと言ってるのであればいいのだろう。少し不思議に思うけれど、それよりもどこからか用意したのか。いつの間にか卓上に置かれた謎の筒に目は奪われた。

「ゼノ、それなに?」
「ん?これはね、この前の白ワイン飲んだときにあると便利かなと思って作業の合間に作ってみたんだ。試運転も兼ねて使ってみていい?」

 全体がメッキで塗られた、高さ8センチほどの筒のようなもの。ゼノの手で持ってもギリギリ手が回り切らない太さのそれの使用用途がいまいちわからず首を傾げるとゼノは「まあ見てて!」そう言ってコルク栓の閉まったワインの瓶口の上にそれをすっぽりと覆い被せた。そのまま筒の上部にある赤いボタンを躊躇いなく押して数秒後、見えない筒の内部からコルクの抜けるぽん、という音がくぐもって聞こえてくる。
 ゼノがにこにこしながらその筒をワインの瓶口から抜き取ると、あら不思議。コルク栓は何処かへ。ゼノが手にした筒を軽く振ると中からカラカラと音がして、頷くゼノはよかった、と笑った。

「自動オープナーだ……」
「簡単だったよ、これくらいならアンジュにだって作れると思う」
「いや作れないよ?」

 お世辞や皮肉でもなんでもなく、至って真剣な表情で冗談みたいな事を口にするゼノに冷静に突っ込みを入れれば「本当に簡単だから作れると思うけどなあ」と可愛い顔をしてさらりととんでもない発言を残す。きっと本当に作れるだろうと思っているのがゼノの罪深いところなんだよなぁなんて一つため息を吐いた。
 何を言ってもきっとゼノは、私にも“これくらいのもの”簡単に作れると信じて譲らないのだろう。仕方ないのでそれ以上何かを言うのは諦めて、代わりに乾いた笑いを溢しながら用意されたグラスを寄せれば、ゼノが応える代わりにワインボトルを手にとった。瓶底を持ちそのままゆっくりと瓶口を傾けていく。
 ワイングラスの底に注がれる赤が静かに波音を立てずに揺れていく。濃密でいて透けるような赤はオレンジがかっていて、深みのあるガーネットの様、その芳しい香りを立てた。

「……はい、お待たせ」
「注ぎ方、上手だったね。勉強したの?」
「あ、あはは。実はロレンツォ様に教わって」

 照れたように頬を朱に染めて笑うゼノに対して勉強熱心だなあと感心していると、ゼノが居心地悪いと言わんばかりにいそいそとワインの注がれたグラスを手に取った。
 教わり学ぶことを恥じることなんてないのに。そうは思ったけれどゼノの様子を見ていると、これくらいの男の子がそういった反応をするの普通のことなのかもしれない。もう聞くのは辞めておこうと微笑ましく思いながらもグラスを持つゼノの動きに倣って、胸の高さまでグラスを持ち上げて視線を合わせた。

「アンジュ。素敵な手土産をありがとう」
「ふふ、いいえ。ゼノと一緒に飲めて嬉しい」

 乾杯。そうしてゼノがグラスを傾けたのを見届けてから自身も、ワイングラスの薄い縁に口を付けて傾けた。
 飲み口から流れ込んでくる少量を口に含めば、熟成された甘みが広がっていく。それを堪能するようにゆっくりと嚥下して、全身を駆け巡るようなアルコールの熱に、ほう、と息を吐いた。まろやかであり、それでいて軽い喉触り。鼻を抜けていく赤ブドウの芳醇な香りが目を覚ますようだった。
 ゼノと一緒に飲むために甘口のライトボディを選んだところまではよかった。購入してから、もしかしたら私には甘すぎたかもしれないと少し不安になったのだけれど、なるほど。これは飲みやすい。渋みもあまり感じず、フルーティな味わいが癖もなく、もしかしたらこれは飲み過ぎてしまうかもしれないとまだ開けたばかりのワインボトルの残量をちらりと伺った。
 そういえば、ゼノは大丈夫かな。隣に座るゼノに視線を向ければ私の心配も余所に、ふわふわと綻ぶような笑顔をこちらに向けていた。

「うん。すごく美味しい。構えてたより全然飲みやすいかも」
「よかった。渋みが少なくて飲みやすいの選んだから、あんまり飲み過ぎないようにしないとね」
「……アンジュ、ありがとう。俺のために選んでくれて」

「そういえば、丁度チーズがあるんだった!取ってくるね」そう言って思い出したように立ち上がるゼノの服の裾を掴んでいたのはほぼ無意識というか、咄嗟の行動だった。
 振り返って不思議そうな顔で私を見つめるゼノに喉が鳴る。もう良いって、今を楽しもうって切り替えたはずなのに。どうしても私の中では、先ほどまでの行為が引っかかり続けていた。今なら聞けるかも知れない。そう思って、引きつる喉から無理矢理音を発する。緊張からだろうか、霧が掛かったように虚ろな脳内は、まるで一口しか飲んでいないワインのアルコールに酔っ払ってしまったような、そんな心地だった。

「あっ、あの、ゼノ……、えっと。さっきの…その、続きって、」
「……良い子に待ってて、アンジュ」

 しかし私の期待を裏切るように、ゼノは頬に手を滑らせ、まるで子供に言い聞かせるように額にキスを落としてそのまま背を向けて行ってしまった。
 胸が抉れる思いだった。無理矢理口に浮かべた笑みをそのまま、残された惨めな私は酔いが醒めてしまわないうちにもう一度グラスを呷ったのだった。


 *

 ゼノが用意してくれたチーズは白カビタイプのカマンベールチーズだった。偶然にも私が用意した軽い口当たりのライトボディに良く合う、滑らかでマイルドなカマンベールをゼノは嬉々として用意してくれて、私の気持ちも一瞬そこで晴れたような気がしたけれど、結局それもただの気のせいだったみたいだ。
 切り分けられたカマンベールチーズを口に運びながら悶々と思う。一体、なんなんだろう。今日のゼノはやけに冷たいというか、遠いというか。今まで私から押せばゼノは顔を真っ赤にしながらも逃げずに受け止めてくれた。それが今日はどうだろう、どれだけ押しても受け止めるどころか華麗に避けられている気がする。

「それでね、レイナと一緒にカナタを驚かそうって話になってね……」
「……ふうん」

 私の不機嫌なんてつゆ知らず、上機嫌に話を続けるゼノに素っ気ない態度を取ってしまうけれど、もう取り繕うとも思わずただ口内で溶けるチーズを赤ワインで流し込んだ。喉を通り落ちていく灼けるような熱は全身に回っていくようで頬が熱い。気がつけばグラスは何度目かの空を迎えていて、ボトルに目を向ければそれも、もう後一センチも残ってはいなかった。

「アンジュ?」

 私の異変に気がついたゼノがグラスをテーブルに置いて、不思議そうに顔を覗き込んでくる。
 澄んだ琥珀色の瞳に私を映す。その純粋な眼差しに映り込む私の姿はどれだけ滑稽でそして惨めなのか、彼は気がつきもしないんだろう。
 私だけが期待して、私だけが落ち込んで、私だけが苛ついている。ああ、なんて馬鹿みたい。
 ぷつん、とどこかで、何かが切れる音がした。
 もう我慢の限界だった。
 勢いのまま自身のグラスに手を伸ばしかけて、それが空であることに眉根を寄せた。自分の分がないのなら、狙いがゼノのグラスに代わるのみ。まだ中身の入っているゼノのグラスを手に取って、残りのワインを全て口に含む。
 驚いたように私の名前を呼ぶゼノの声も聞こえないふり。グラスを机の上に置いて、隣に座るゼノの頬を両手で挟み込み、――そのまま押しつけるように口付けを。琥珀の双眸が驚きで見開く様をまるで他人事のように眺めながら瞳を細め、口に含んだワインを流し込んだ。

「っ、…」

 私の姿を捉える琥珀色が揺れ動く。その瞳に浮かぶのは困惑、躊躇い、戸惑い、そして少しの期待。
 嚥下するゼノの喉が上下に動いて私の耳にまで、その飲み込む音が伝わってきた。興奮でぞくりと背筋が震える。何回かに分けて嚥下し、ゼノが口内の全てを飲み込んだ後も、私は赤ワインの芳醇な香りを堪能するように、唇を離すことなく、熱く溶けてしまいそうな舌を絡ませた。
 ワインの味を探るように、ゼノの舌を追いかける。戸惑い、遠慮がちに絡む舌。粘着質な唾液が絡み合い、ぴちゃぴちゃと水音を立てる。それはまるで、何かに追い立てられるような心地だった。
 私を受け止める腕に力が籠もる。蜂蜜みたいにどろりと溶けた瞳に息が詰まりそうで、まるで息継ぎをするみたいに唇を離した。

「ねっ、……もう、意地悪しないで。我慢出来ない」

 アルコールのせいで全身が熱く、気怠い。しかしそれを更に上回って感じる、昂ぶるような己の欲が歯止めも利かずに、ただ目の前のゼノを欲している。逃げずに受け止めて欲しい。私は、ただ、それだけなのに。
 ゼノの瞳が欲で濡れている。驚いて仕方ないと言った表情のくせに、何かを期待するみたいに上下する喉仏。もうアルコールの回りきった私の頭では冷静な判断は下せない。


「んっ、」

 再び唇を重ね合わせ、舌を絡ませる。歯列をなぞって、更に奥深く、舌の根までも犯すように擦り上げると触れてしまいそうな喉の奥から嬌声ともつかない声が滲み出た。これが、好きなんだ。新たな発見に目の前の双眸を見つめると、虚ろだった琥珀色が私を捉えた。瞬間、まるで火が付くみたいにゼノの瞳の色が変わる。その変化を、私は見逃しはしなかった。


「は、……っ、」
「っ、ん……」

 さきほどまで私の身体を受け止めるようだったゼノの体勢がこちらに傾いて、慌ててソファに手をついた。
 支えるようにして腰に回された腕が驚くほど熱い、そう感じた次の瞬間に視点が反転して、気がつけばソファの上に押し倒されるようにして横になっていた。

「ゼ、……んっ、」

 私の声も飲み込んでしまうように、ゼノが上から覆い被さるように身体を押しつけて、角度を変えて舌を侵入させてくる。奥深くまで差し込まれるどろどろに溶けた舌が躊躇いもなく蹂躙する。全てを奪われてしまいそうな、その荒々しいキスは目の奥で火花が散るようで、脳内が快感と興奮で震えた。ずっと遠かったゼノを漸く感じられた事が、どうしようもなく嬉しかった。ゼノの欲に直接触れられたような気さえして、私の心は歓喜で打ち震えるのだ。

 唇を離したゼノの視線が真上から降る。まるで獲物を前にした獣のように瞳孔を開かせ、呼吸を荒くさせるゼノの姿に下腹部が疼く。
 私の昂ぶりを見逃さないゼノが舌を舐めずりすると、そのまま首元へと顔を埋めた。ゼノの舌が首筋を這う。ぬるり、と唾液で濡らしていく感覚に抑えきれなかった嬌声が漏れて唇を噛む。首筋を辿って鎖骨まで届くと、浮き出た骨に歯が突き立てられて、その刺激に脊椎が痺れるようなどうしようもない興奮を感じた。


「っ、ゼノ、ゼノ……。お願い、焦らさないで。……触って、」

 もう恥も何も全部捨てた。胸元で揺れる固い髪の毛を引っ張ると、食事中の獣のような瞳をこちらに向けるゼノ。一瞬その瞳に心臓が止まりそうになるが、乞うように言えばゼノの眉根が寄る。息を吐くその温度が高くてぞわりと背筋が粟立った。

「君には、やっぱり敵わないね」
「ゼノ……っひゃ、!?」
「しっ、暴れないで」

 背中と膝裏に手を差し込んだかと思うと、そのままひょい、と軽々しく持ち上げられて身体が宙に浮いた。慌ててゼノの首に腕を回すとすぐ至近距離でゼノがいたずらっ子のように笑う。まさか、この年になってお姫様抱っこをしてもらうことになるなんて思いもしなかった。しかも、年下の男の子に、だ。
 ゼノの場合落としたりなんてことはしないと思うけれど、それでも酔いが少しだけ醒めるくらいには驚いたし、それに、ちょっと怖い。
 落とされては敵わないと、運ばれている間はじっと身を固めているとおかしそうに、思ったよりも近い距離にいたゼノが笑う。笑うことはないんじゃない。抗議の声を上げようとしたところで、ゆっくりとベッドの上に下ろされ、柔らかなシーツの上に身体が沈んでいった。

「ほら、安心安全の鋼運輸だったでしょ?」
「……しかも手厚いアフターサービス付きだもんね」
「もちろん。お客様の声を大事にしているからね」

 楽しそうに言うゼノはベッドの上に広がった私の髪の毛を掬ってそこにキスを落とした。その眼差しにはまるで慈しむような、そんな温かさが含くまれていて、思わず呟くようにしてゼノの名前を口にすると、呼ばれたゼノがゆっくりとこちらへ目を向けた。

 もう一度、瞳の色が変わる、その瞬間を目の辺りにして、呼吸も忘れて目を奪われる。
 ぎらぎらとした熱を隠そうともせず、ゼノの瞳は情慾に揺られている。その双眸は私を捕らえて離さなかった。

「アンジュ。これから君を抱くけど、いい?」
「……ずるい。そんなこと、聞かないで」

 散々焦らされて、私はもう限界を超えてしまっているのに。余裕そうなゼノに腹が立つはずなのに、真っ直ぐ告げられた言葉に全身がようやくだと歓喜で震えている。微笑むゼノが私の頬に手を滑らせて、唇を寄せた。僅か数センチの距離、触れてしまいそうな距離で囁くように言う。火傷するほどの熱い吐息に目眩がするようだった。

「じゃあ聞かない。俺はこれから君を抱く」

「君は、俺に抱かれるんだよ」ゼノがお腹の下を優しく撫でた。ただ服の上から触れただけなのに、まるで魔法のようにそこから熱が全身に広がっていく。

 待ち侘びた熱が、もうすぐそこまで迫って。
 そして深い口付けを皮切りに、私たちは暗く果てしなく、どこまでも深い快楽と歓びに、まるで溺れるよう沈んでいったのだった。