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頭に霧が掛かったように、意識はぼんやりとする。まるで内側から燃えるような火照りが身体全体に広がって、鼓動は早く血の巡りが異常に早い。しかしそれとは反して指先はまるで氷のように冷たく、冷え切った手で燃えるような熱を帯びる頬に触れてみると、頬はまるで日焼けしたかのように熱く、じんじんと疼くまでの熱を持っていた。これだけ熱ければきっと俺の顔は真っ赤になっていることだろう。異様に冷たい指先が己の熱でじんわりと暖まっていくその不思議な感覚に、アルコールってすごい。と今月に入って何度目かの感想を自身の中で反芻したのだった。
 
 今月の頭。七月一〇日に俺は二〇歳の誕生日を迎えた。女王候補であるアンジュとレイナも、守護聖様方も、王立研究員の人たちも、皆が俺の誕生日を祝ってくれて、それはそれは盛大なパーティを開いてくれたのだ。二〇歳と言えばお酒が飲める年。そう言ってバース出身のアンジュ、レイナ、タイラーによって様々なお酒が振る舞われたのは良い思い出で、きっと生涯。俺がいつの日か守護聖ではなくなってからもずっと。この夜のことを忘れることはないだろう。そんな夜となったのだった。
 そうして。その日から俺のアルコール・ライフが始まったわけである。
 
 
「ゼノ。…ゼノ、大丈夫?」
 
 意識が落ちかけていた俺の名前を呼ぶのはアンジュだった。まるで現在進行形で夢を見ているみたいにふわふわした視界で、辺りを見渡してアンジュを探すと、すぐ隣でのぞき込むブルー。空と海が合わさったみたいに透き通った青色が心配そうに揺れていて、アンジュの俺の名前を呼ぶ声が遠くで聞こえた。なんて綺麗なんだろう。その上かわいい。けれど俺がどれだけアンジュに対して好意を持っていようとも、彼女はこの令梟の宇宙にとっても大切な女王候補なのだ。俺だけのものにしたい、だなんて願いは直ぐさま捨てるべきだ。そう胸の奥深くに仕舞い込んで、その上に固い理性という名の重しで蓋をしていたのに。アルコールとは末恐ろしいもので全て無駄だとあざ笑うかのように、閉じ込めていた欲望全てが溢れかえるように顔を覗かせている。アルコールの前では全てが無意味だと、俺はその時初めて知ったのだった。
 
「あんじゅ」
 
 欲望に従って発した彼女を求める声は、驚くほど稚拙だった。
 自分ではいつも通り発声しているはずなのに、音となって鼓膜に響くそれはまるで幼子のそれと変わらない。
 まるで呂律が回っていない、子供のようなその口調にぐにゃりと顔を歪める。こんなみっともない姿をアンジュに見せているだなんて、にわかに信じがたかったけれどきっと俺の姿はそのまんまアンジュの瞳に映っていることだろう。
 
 掠れている視界で目をこらしてよく見れば奥の席にはユエ様が一升瓶を抱えて眠りこけていた。普段から奇跡だ誇りだと言っている人の姿には到底見えなかったけれど、自分も人のことが言えないくらい酔っ払ってしまっているのだから気にするのはよそう。今日はレイナもいたはずだけれど、と辺りを見渡すと察したアンジュが「レイナはユエを運ぶための助っ人を呼びに行ってるよ」と教えてくれた。確かにあの様子では起こさないまま、おんぶでもなんでもして帰ってしまった方が楽そうだ。
 ということは、今はアンジュと二人きりということだろうか。むくりと欲望が頭をもたげる。
 
 お水飲む? と汗のかいたグラスをタオルで拭ってから渡してくるアンジュのその細い腕を掴んで引き寄せた。突然の事に、水を溢さないことに意識を集中させたアンジュの身体が傾いて俺の方へと倒れ込む。衝撃で少しコップの水がこぼれて肩を濡らしたけど、構うものか。胸の中で呼吸を止めるアンジュの背中に手を回してその小さな身体を胸に収めた。
 
「ゼ、ノ……」
「ごめん。ちょっとだけ、だめ……?」
「でもっ、ここは外だよ、流石に……。ゼノ、少し飲み過ぎた? もう帰ろう、歩ける?」
 
 腕の中で身じろぎをするアンジュの困惑したような声が胸を抉る。やっぱり俺は受け入れられないんじゃないか。そう考えて、すぐにいや、違うと自身の考えを否定した。アンジュが言っているのはこんな場所で、こんな行動をすることに対しての困惑だ。それは当たり前で真っ当な反応だし、どう考えたって俺が悪い。それでも。
 
「…歩けない」
 
 アンジュの手元のコップを奪って机の上に置く。そのまま再度アンジュの背中に腕を回して、耳元で囁くように言うと大げさなほど肩が跳ねた。
 先ほどよりもより、密着した身体が熱を帯びる。触れた部分から伝わってくるアンジュの鼓動は早くて、きっと俺の煩いくらいの心臓の音も聞こえているに違いない。アンジュが俺にドキドキしてくれている。そのことが嬉しくて、どうしようもなくて、腕に力を籠めた。
 
「ゼ、ノ…くるし……」
 
 喘ぐ様なアンジュの声に自分の中でぷつりと何か途切れる音が聞こえた気がした。
 気がつけば俺はアンジュの唇を奪っていて。触れた唇に舌を這わして歯を突き立てた。柔らかな肉の感触、痛みによってか、反射的に薄く開いた唇の隙間に舌をねじ込んで侵入していくとアンジュの舌は驚いたように奥へと逃げ込んでいく。それを逃がさないと言わんばかりに絡め取って、絡みつく唾液と共に擦り上げていく。触れた舌は熱く熱を帯びていて、過剰に摂取された互いの唾液が絡まり合い、許容を超えた分が口の端からこぼれ落ちていく。逃げようとするアンジュの腰を引き寄せ、もう片方の手でおとがいを支えるとアンジュの瞳が泣きそうに震えた。
 
 その瞳に、俺の中の昂りが、一瞬にして冷えていく。ほぼ無意識のうちにアンジュを身体を離して距離を取ると、目の前のアンジュは頬を赤く染め、肩で息をしながら潤んだ瞳で、まるで問いただすみたいな瞳で俺をじっと見つめていた。
 
「…っ、」
 
 それはまるで酔いが一瞬に引いていくような感覚で。
 
「ごめ、……俺、なにして、」
「……」
「っ、本当にごめん、っ。…あ、たま、冷やしてくる、……ごめん、本当に」
 
 そうは言うものの、既に頭が冷えて仕方が無い。中途半端に醒めず、こんな時までアルコールに溺れられたら、どんなに楽だっただろうと頭の隅っこで思う。でもきっとそれは、ただの逃げでしかない。それは俺自身よくわかっているのに。
 
「本当に、ごめん。あの、…俺は一人でも帰れるから、アンジュ。送れなくてごめんね、……」
 
 本来だったらアンジュの私室まで送るべきだし、そうしたいと思っているけれど、今の俺が部屋まで送った方がアンジュを怖がらせるだろうと思い直して俯く。合わせる顔がない、俺は一体なんてことをしてしまったんだろう。こんなの、最低で、最悪だ。
 
 
「お酒に呑まれて、こんなことして、…本当にごめん。君の顔が、見れない」
「そんな、」
「俺は、大丈夫だから。アンジュ、帰り気をつけてね。……また、」
 
「……うん。ゼノも、気をつけて」
 
 まだ何かを言いたそうだったアンジュに無理矢理別れの言葉を告げる。悲しそうな顔が、胸を締め付けて仕方がなかった。けれどもこれ以上とどまっていても仕方がないと覚束ない足取りがアンジュにばれないように細心の注意を払いながら帰り道を歩いて行く。眠るユエ様とアンジュを残してしまったことを少し後悔もしたけれど、少し後、遠くからレイナの声が聞こえてきたことにこれでよかったのだと思うことにした。
 
 夜風は涼しく、火照って仕方が無い身体を覚ましていく。
 ずっと、あの時のアンジュの顔が瞼の裏に焼き付いて離れなかった。溶けたような瞳、熱い身体、鼓動する心臓。全てが、俺を狂わす。少しだって期待してしまう自分が憎らしくて、呆れて、どうしようもなかった。
 明日、どんな顔をして謝ろう。そもそも、もう話をしてくれないかもしれない。そうしたら、…どうしよう。そうやってどれだけ頭を悩ませても答えは出ないしまともに思考すら巡らせられない。ああもう全部、全部アルコールのせいだ。火照る頬を押さえつける。体中に溢れかえるほどの熱は、一向に醒める気配など見えはしなかった。
 
 そうして、これが俺がお酒で失敗した初めての夜になったわけである。