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小さい頃、頭の中で思い描いていたヒーローの姿はどんなだったっけ。
大人になった今でもたまに、ふとそんなことを思い返すことがある。俺の惑星のヒーローといえば、バースのようにスタイリッシュでかっこよく、まさしく子供達の憧れになるようなものではなかったけれど、平和の象徴で頼れるような、ヒーローと呼べる存在は確かにいたはずだった。けれどどんなに頭を振り絞ったところで記憶は呼び覚まされない。やはり思い出すこともできないということは、そんなに大したことはなかったということなのかな。
アンジュがタブレットで見せてくれたバースのヒーロー達は皆んなそれぞれ赤や青、黄色やピンクなど多彩な自分の色を持ち、素顔を隠すための仮面を身につけていた。ポーズをとる彼らの静止画をぼんやり眺めながら、少なくともここまでの派手さはなかっだはずだと確信する。

「ヒーローは子供なら大体皆大好きだったな、人気がすごいんだよ」

ページをめくった先、別のポージングをした五人組のヒーローにアンジュがあっと声を上げた。
「これ!小さいときこの戦隊ものが好きだったんだ!特にブラックがかっこよくて」そう言って指を指すヒーローは少し落ち着いた色合いをしていた。
しかし驚いたものだ、仮面をつけ全身スーツを身に纏った人たちは先ほどまで見せてもらっていたヒーローとはまた違うものらしい。その多様性に感嘆の声を漏らすとアンジュは微笑んで、同じページにある動画の再生ボタンを押した。
散る火花。手に汗を握るアクション。画面の中でリーダー格とされる赤色が軽い身のこなしで敵をやっつけていく様子に胸が熱くなる。それに何よりもかっこいい。バースってすごい。お芝居とはいえ、こんなことまで出来るんだと妙に感心してしまった。

「すご……えっ、かっこいいね…」
「ふふ、やっぱり男の子はいつまでも男の子だね」

笑うアンジュにどんな顔をしたらいいのかわからなくて変な顔になってしまった。どうも褒められている気がしなかったけれど…やっぱり子どもっぽかったかなと少し恥ずかしく思う。それでも俺の気を知ってから知らずか、アンジュがやけに嬉しそうに笑っているから、まあいいかと思うことにした。
画面に流れていくヒーロー達の活躍に釘付けになっていると隣のアンジュが音量を少し大きくしてくれたそのおかげでヒーローたちの息づかいまでがよく聞こえてくる。彼らは大切なものを守るためにこうやって戦っているのだと思うと、なんだか胸の奥がじんわりと暖かくなるような気がした。


「ゼノの故郷……スピネルにはヒーローはいた?」

いたとしても、まさかこんなに色取り取りではなかったよね?半分笑いながら尋ねるアンジュにどう答えたらいいかわからず、あはは、と笑って誤魔化すけれど、アンジュはそれを見逃しはしなかった。
煮え切らない俺の返答に、えっ!?と前のめりになるアンジュ。記憶がないから断定はできないけれど、流石に…ここまでカラフルではなかったと思うよ。苦笑しながらもそう答えると、アンジュは一瞬不思議そうな顔をして首を傾げた。

「記憶が無い?…覚えてないの?」
「あっ、いや。違うよ?ヒーローは確かにいたし俺もそれは覚えてるんだけど……なんていうか、姿形?っていうものが、全然思い出せなくて」

自分で言ってて、それも不思議な話だと思う。そもそもヒーローってどんなものなんだろう。バースのヒーローを見て色々と引っ張られてしまっている感じは否めないものの、やっぱりあんなにカラフルでスタイリッシュでかっこいいものではなかったと思うし、そもそも姿も仮面姿どころか、人型だったかさえも怪しい。記憶の引き出しをしっちゃかめっちゃかに漁っても全くそれらしき記憶のかけらは見つからない。うんうんと唸りながらも頭を悩ませる俺の姿にアンジュが不意に立ち上がって「オレンジスカッシュ、飲む?」と微笑んだ。

「うーん、飲む!」
「うーんなんて、悩んでないくせに!」
「あはは、アンジュには何でもばれちゃうね」

思考はそこで一時中断。
空になったグラスにオレンジスカッシュを注ぎ足して、早々に戻ってきたアンジュからよく冷えたグラスを受け取る。オレンジの中では炭酸が弾けてパチパチいっている。ありがとう、と伝えるとアンジュはいいえ、と笑った。

「本当ならどんな姿か、見た目を一番に思い出しそうなものだけどね」
「確かに、そうだね」
「形を持たないヒーロー……?うーん、それってなんだか神様みたいだね」

全然考えてもわかんないや。とあっけらかんと笑うアンジュ。口を噤んで、彼女の顔をじっと見つめると、アンジュは不思議そうな顔で俺の瞳を見つめ返した。彼女の瞳に映った俺は、やけに真剣な顔をしていて。…そこで、突如点と点が繋がったような気がした。形を持たない、まるで神様のようなヒーロー。

「ヒーロー……」

ああ、と思う。これはなにか機械の構造を閃いた時と同じ感覚。確かに、そうだった。まるで糸のほつれが見つかった時のように、一気に思い出される忘れ去ってしまったと思っていた過去の事。

スピネルには子供に限らず大人の心の中にもヒーローがいて、夜眠れない日や何か良くないことがあったとき、胸の中でヒーローにお願いをするのだ。願う先、それはヒーローとも神様とも言えるのかもしれない。
ヒーローは決まった形を持たず、願う人々によって変わってくる。ある人にとっては村にある背丈をも超えるほどの一番大きな石の塊だったり。ある人にとっては先祖代々伝わる工具だったり。宗教とは少し違ったのは、人によって信仰するものが違う中で、割合的に最も多かったのが家族の姿をヒーローとして扱う事だった。それも一家の長である、父親を。
子供にとって最も頼れる存在とは、親であるから至極当然といえばその通りなのだろうしスピネルには家族を大切にする人が多かったから、決しておかしな話ではない。…そして俺も、そんな彼らと同じく、胸の内側に住ませるヒーローは父や母、弟たちの姿だったのだ。

「いつの間にかヒーローがそのまま父さんと重なってたのかも。思い出せないはずだね」
「お父さんがヒーロー?……ふふ、星が違っても、どこもあんまり変わらないんだね」

おかしそうに言うアンジュに「えっ?」と聞き返す。もしかしてバースでも同じような文化があるのだろうか。色取り取りの仮面のヒーローよりも身近な、心の中に住まうヒーローが、アンジュにもいるんだろうか。
隣に座るアンジュの手をなんとなく無意識に取ってそのまま握りしめる。柔らかくて、温かくて、俺の力ですぐに壊せてしまいそうなほど小さな手。俺はこの手を離したくないし、守りたいって思うから。

「……俺は、いつか父親のようになれるかな。家族を、大切な人たちを守っていけるかな」
「大丈夫だよ。うん、ゼノなら大丈夫」
「…ありがとう」

俺の思い描くヒーロー。それが父親や母親だけでなく今では君の姿もある事を伝えたら驚くだろうか。君にはいつも驚かされるし助けられている。知らない自分を教えてくれて、手を引いて導いてくれるから、こんな俺でも君の隣に立っていられる。

君は俺のヒーローでもあるけれど、俺だって君のヒーローになりたいと願う。君が困ったときに一番に頼れる男になりたい。いや、いつかなってみせるから。

「俺がアンジュを守るよ、……絶対に、何に変えたって」

頬に手を添えて、そう伝えると顔を赤く染め嬉しそうに笑うアンジュ。どうしようもない愛しさがこみ上げる。思いが溢れてしまう前に蓋をするよう、その柔らかな唇にそっと触れて、口付けをした。