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 今日は日の曜日。窓から室内に差し込む日の光はあかね色に焼けていて、もうそんな時間かと驚きで目を丸めた。
 昼間から特に何をするわけでもなくずっとおしゃべりをしていた私たちは、他愛もないことで笑ったり真剣な顔をしたりして、結局気がつけばこんな時間だ。たまにはこんな休日も悪くはないなと思いながらも、すぐ隣で最近発明中の機械の話を嬉々として語るゼノに笑いながら相づちを打った。

「それでね、その場に居合わせたユエ様にお披露目したら『こいつ、話せねえのか?』って。会話機能を付けるだなんて、やっぱりユエ様の発想には敵わないなあ」
「ええ…うーん…どうだろ、お掃除ロボに会話機能って必要かな……」
「会話までいかなくてもさ、ちょっとした挨拶とかしてくれるロボットがあったら嬉しくならない?おはよう、とかありがとう、とか。私室戻ったときにおかえりなさい、って言ってくれたら俺疲れててもちょっと元気出ちゃうな」
「会話機能のあるお掃除ロボットをわざわざゼノが作らなくたって私が言ってあげるよ?」
「えっ……、も、もう、からかわないでよ」

 顔を上げたゼノとぶつかるように視線が合うと、彼の顔がぱっと赤くなる。それを誤魔化すように笑って小さな抗議をするゼノに、年下とはこんなにも可愛らしい生き物だったかしらと眉間を押さえた。正直お姉さんはギリギリアウトくらいの心境だ。とはいえギリギリセーフでもアウトでも、おはようもおかえりも、いくらでも言ってあげたいって思うのは恋人として当たり前ではないのだろうか、と私は思うのである。

 二人でソファに腰掛けてすぐ近く、ぴったりと寄り添うようにして寛いでいるこの時間が、私はこれ以上無いくらい好きだった。触れる肩は温かくて、繋いだままの手と微かに香ってくるゼノの匂いが、疲れた身体を癒やすように緊張をほぐしていく。
 それにしても今日は普段より疲れが溜まっているのか、ゆったりと流れていく時間に次第に瞼が重たくなってきた。眠気とまではいかず、さしずめ安らかな懶惰に身を任せるよう、ゼノの肩に頭を預ければ、ゼノの緊張したような身体の動きが繋いだ手や触れた部分から直に伝わってきて、心臓がゆっくりと温かく鼓動した。
 ゼノといると私はとても落ち着ける。彼の話し方や繋いだ手の温もりや大きさ、ゼノが私を見つめるその瞳すべてに、彼の溢れんばかりの暖かな優しさが滲み出るようで、胸がいっぱいになって満たされていくのだ。

「ゼノは、やっぱり優しいね」

 目を瞑って頭をゼノの肩口へ預けながら呟くように言う。繋いだ手の平を確かめるみたいに指でなぞるとまるで漏れるように、くすぐったそうな呻き声が隣から聞こえてきた。その声は一瞬ですぐに聞こえなくなってしまったけれど、今頃隣で顔を赤くさせているであろう恋人の様子を思い浮かべて、ふふ。と空気を震わせた。
 普段から機械や工具を扱っているせいで皮が分厚く固くなっているその手に指を絡ませる。骨張っていて大きい、自分よりもいくつも年下だというのにしっかりと男の人の手をしている。ゼノの手は優しくて、力強い手だった。


「ゼノの手、好きだな。すごく優しい手」
「うーん、そうかな…俺のは固いしガサガサだし、なんだかな。アンジュの手の方が綺麗だし柔らかくて小さくて、優しいよ」
「そんなことないよ、ゼノの手はすっごく優しい。それに大きくて……ほら、私の手なんてすっぽり収まっちゃう」

 閉じていた瞼をゆっくりと開き、そう言ってゼノの手をぎゅっと握って笑うとゼノは頬を赤く染めて、照れたようにはにかんだ。

「……うん、ありがとう」

「でもね」何かが喉の奥に引っかかったみたいに、目を伏せるように視線を落としたゼノが少しだけ言いづらそうに続ける。

「君は、俺のこと優しいって言ってくれるけど、やっぱり違うよ」
「……ゼノは優しいよ」
「アンジュ。俺はね、君には知ってて欲しいんだ」
「…何を?」

 ゼノの台詞の意図を尋ねる自身の声に、不服そうな感情が滲み出ていることに自分で言っていて気がつかないはずがなかった。
 以前からゼノは、自分のそれは優しいとは違うと否定し続けていたけれど一体何が違うというんだろう。彼のものが優しさと呼べないのであれば世界の半分は優しさを失うことになる。ただのエゴでも何でも、例えその優しさには他の理由があったとしても、それは紛れもなく優しさに違いないのに。……とは思うけれど、私はゼノに長ったらしく説教を出来るほど上等な人間でもない。彼の過去を、思いを、そしてこれからの生きる意思を知っているからこそ、私はゼノを否定は出来ないし、そういう思いも全て受け止めたいと思っているのだ。
 …しかしそうは思っていても、やはり好きな人が自分自身を落とすような発言を黙っては聞いていられないのも事実で、不満が全面に出てしまうのを必死に飲み込むべく小さく息を吐く。ゼノが優しいのは、紛れもなく本当なのに、と。
 そんな風にややこしく考える私に視線をずらすよう目を向けたゼノの気配を感じて、私も顔を上げる。そこで見たゼノの表情にはっとして、喉を鳴らし息を呑み込んだ。
 いつからそんな顔をしていたんだろう、気がつけばゼノはその穏やかな顔から笑みを消して、ただ真剣な眼差しで私を見つめていたのだった。



 その瞳に強い意志を灯したゼノの、遠慮がちな指先がゆっくりと私の耳に髪をかけた。不意に敏感な部分に触れられたせいで反射的に身体が跳ねてしまって、羞恥で顔に熱が集まっていく。けれどゼノはそれを笑いもせずただ真剣な眼差しで見つめて離さない。ただただ慈しむように。そのまま包み込むように頬を手のひらで覆って、確かめるように触れた頬を指の腹で撫でた。触れた場所からじんわりと温かな体温が伝わってくる。

「えっと、……ゼノ…?」

 伺うように恐る恐る掛けた声は消え入りそうに弱々しかった。琥珀色の瞳が真っ直ぐに私を見つめて、その瞳に情けない顔をした私の姿を鮮明に映し出していた。
 まるでそのまま私たちだけが時間に置き去りにされてしまったかのようだ。ウイスキーに浮かんだ氷がじわりと溶けていくように琥珀に差す光が揺れる。その微細な変化さえ愛しく、ゼノの瞳に吸い寄せられるように目が離せなくなって、まるでアルコールに酔ったかのように頭がぼんやりとした。酔いの狭間、繋いだ手と頬に置かれた手のひらが身じろぎ一つすることを許さず、ただ気休め程度に乾いた唇を舐め上げた。これでは捕らえられてしまったようだなんて思うのは、思い上がりが過ぎるだろうか。

「アンジュ、俺は君が好きだよ。何よりも大切で、大好きなんだ」
「ゼノが私のこと、大切にしてくれているのは伝わってるよ。私も、ゼノが好き」

 ゼノは微笑む。微笑んで、ゆっくりと顔を左右に振って、そうしてゼノはやんわりと私を否定したのだった。

「俺がどれだけ君を好きなのか。君の一挙一動に、どれだけ心を揺さぶられているのか。君は知らないよね」
「そんな……」
「優しいだけじゃないよ、俺は」

 ゼノはそう言って頬に触れていた手を後頭部まで滑らせ、繋いだ手を後方へと引いた。私の乏しい腹筋では体勢を保つことなどは出来ず、視界はゆっくり反転し、そのまま後方にあるソファへ上半身が沈み込んだ。頭の後ろに回されたゼノの手が支えてくれていなければ今頃目でも回していたことだろう。無意識のうちに掴んでしまっていたゼノの服を慌てて離すとゼノはまるで猫がそうするように目を細めた。ゆっくりとゼノの手がソファに横たわる私の頭の下から差し抜かれ頭が重みによって沈んでいく。
 無事にソファの上に横になる私と、覆い被さるようにして上から私を見下ろすゼノ。先ほどまでの和やかな空気が一瞬で緊張感で張り詰めたようなものに変わって喉が鳴る。口の中は乾いて、心臓はやけに煩く早鐘を打っていた。

「ゼ、ノ」
「ねえ、アンジュ。優しくない俺は嫌だ?怖い?…俺は、君を怖がらせたくはないんだ。今ならまだやめられるから。…嫌だったら言って、アンジュ」

 顔にかかった前髪を指で除けるゼノは耳元まで口を寄せて囁くように言った。耳に吐息が掛かってくすぐったい。ただそれ以上に近すぎる体温が、ゼノの熱さが伝わってきて頭の中が訳もわからず、ぐるぐるして思考はすっかり停止してしまった。
 しかしゼノはそんな私を待ってくれはしない。ゼノの手が頬に触れて、唇が耳にキスを落とす。すぐ近くでリップ音が鼓膜を震わせ、濡れた舌がくすぐるように耳介に触れた。瞬間脊髄に走る甘い電流。舌は悪戯をするみたいにゆっくりと耳の縁をなぞり、鼓膜へ続く外耳道に触れて濡らしていく。
 背中を伝って腰にくる甘ったるい刺激に息を殺すように唇を噛んでいると頬に触れたままだったゼノの手が滑り唇に触れ、指先を口内へと侵入させてきた。半ば無理矢理こじ開けられる口内に、殺していたはずの息は漏れて危うく声までも発してしまいそうだった。