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「っ、……ゼ、」

口内に侵入してきた2本の指先は舌を挟み込んだり擦ったり、こちらがいっぱいいっぱいな事なんてお構いなしのように好き勝手暴れ回る。閉じることを許されない口の端からは、口内で過剰に分泌された唾液が溢れ首筋にゆっくりと伝い落ちて行った。
こんな動物のように唾液を垂れ流す姿、みっともなくて、恥ずかしくて、ゼノには見られたく無いのに、一瞬も取りこぼさんと言わんばかりにその視線は張り付いて離れない。口内から指をゆっくりと引き抜かれる感覚にぞわりと肌が粟立ち、糸を引く唾液が首に垂れる。ゼノは引き抜いた指を濡れた舌で舐め上げると、首筋に続く溢れ伝い落ちていった唾液の跡を辿るよう口端にキスを落とした。

ゼロ距離で琥珀の瞳と視線が重なって全身は汗が滲み出すような強烈な熱を帯びる。キスとはまた違う煽情的なそれを、ゼノは一体どこで覚えてきたのだろう。胸の奥で生まれる焦がれるような嫉妬の念に、どうしようもなくゼノの前から逃げ出したくなって瞳を伏せた。こんな感情を抱いているなんてこと、ゼノには知られたく無い。
そんな私の気持ちを知るはずもないゼノはまるで捕食者のように開いた瞳孔をそのままにじっと私の姿を舐めるように見つめる。ゼノの瞳は私の奥深くまで、思考も感情も、それこそ抱く劣情さえ、全て余すことなくのぞき込まんとしているようにも思えた。

柔らかくも火傷してしまいそうなほど熱い舌が口端を丹念に舐め上げると、次いで首筋にかけて舌先を滑らせていく。意図せずか、頸動脈に突き立てられた歯先にぞわりと身体が粟立って結んだ唇から吐息が漏れ出た。
肌に食い込む微かな痛みと共に感じた下腹部がうずくような、快感にも似たそれに身体は正直で、更なる刺激を欲するようにゆるりと腰が浮く。首筋を辿り下降していく舌先は這うように肌を濡らし、時折ちくりと、先の丸い針で指すような小さな刺激を与えてくる。それと同じくしてゼノの手が微かに浮いた腰を押さえるように掴むとそのまま脇をじっとりと撫でて乳房を下から支えるように服の上から触れた。柔らかく指を食い込ませるその手は優しく胸の膨らみを揉む。服の上からとはいえ好きな人に初めて触られるその場所にどうしようもないほどの昂りを感じて、年上なのに余裕も何もあったものではないと自分に鼻白んで熱い息を吐き出した。

「ぁ…、」

首筋を辿り、鎖骨に噛みつくゼノの銀灰色の髪の毛が視界で揺れ動く。浮き出た骨に沿うよういくつものキスを落とし、肩口に歯を突き立て舌が這うその感覚に、押し殺していた恥ずかしいほどの甘ったるい声が漏れて空気が震えた。

瞬間。ゼノは弾かれたように、触れていた手を離して身を引いた。離れていくその早さは一瞬のことで、ほぼ反射的だったようにも思える。突如として失われた温もりと甘い刺激に「え……?」と漏れる情けない声には愚直なほど、感じた動揺と切なさがありありと含まれていて、まさかこんな声を出しておいて私の落胆が隠し倒せるとは思えなかった。
私の声に誘われてかゼノは戸惑い、伺うような視線をこちらへ向けた。何が何だか、状況が掴めずにいる私よりもよっぽど動揺し、顔が青ざめるゼノは咄嗟にごめん、と泣きそうな声で謝る。揺れ動くその瞳はまるで、悪いことをしてしまった子供がこれから叱られるであろうことに怯えているようにも見えた。

「俺、…ぁ、ごめ、っ」
「ゼノ……」

ゼノのその表情に言葉をなくす。湧き起こるのは悲しみでも苛立ちでもなく、どうしようもない愛しさで、その感情は甘く胸を締め付けた。
手を伸ばして、そのくせっ毛混じりの髪の毛に触れる。すると過剰なほど肩を揺らし、そこから一切の動きを止めてしまったゼノ。固まったまま動かないのをいいことに、固い毛質のゼノの髪の毛に指を流し、そのまま胸に抱えるよう腕を回した。
なぜ突然離れていってしまったか、本当の答えは私にはわからないし、もしかしたらゼノ本人にもよくわかってはいないのかもしれない。けれどゼノが怯えているように見えたのは、きっと全てが間違いなどではない。
大丈夫、怖くないよ。そうやって宥めるように頭を撫でるとゼノの緊張した身体から戸惑いながらもだんだんと力が抜けていくのが伝わってきて、安堵した。自分は優しくないだなんて、やっぱり嘘だ。決して嫌がることはせず押しつけるどころかどんなときでも他人を気遣うゼノが優しくないはずがないのに。

「……ゼノ。私、ゼノに触られるの嫌でもないし、怖くもないよ。見たことないゼノの顔、もっと見たいし知りたい。だから無理しないで、ゼノのペースでいいから。怖がる必要なんてない」

ゆっくりと顔を上げたゼノは何かを我慢しているみたいな顔で再度俯いた。私を視界に入れようとしないゼノの琥珀色の瞳が揺れ動く。

「……でも、俺は、君が思っているよりも全然だめで、君が今そう言えるのは何も知らないからだってやっぱり思っちゃうんだ。…ごめん。俺、本当は君にこんなこと言いたいわけじゃないのに、……あぁ、本当、心配してくれてる君にこんな事言うなんて、俺はダメだね」

「…ごめんね、アンジュ」俯き、謝罪の言葉を残して離れていくゼノがまるでそのまま遠くに行ってしまう気がして心臓が一気に冷えた。ゼノの抱える心の壁をまざまざと見せつけられ、お前には何もできないと実感させられたような気になっていたのだ。
あんなに感じていた燃えるほどの熱が一瞬にして失われていく様は、絶望にも近く、伏せられたまま一向に合わない目と自虐的に浮かべられた口元の笑みにぎゅっと胸が鷲掴まれたみたいな痛みを感じて眉根を寄せた。

なんで、どうして、そんな顔をするの。
ゼノの言いたいことも考えていることも十分なほど伝わってくる。わかるからこそ、私はゼノにはもうこれ以上謝って欲しくない。自分が全部ダメだと、悪いと無理矢理落とし込んで、離れていくゼノを見ると酷く惨めで寂しい気持ちになるから。私なんて必要ないと言われてるみたいで、悲しくなるから。ごめんなんて、言わないで。
胸中に鬱々と溜まるそれを飲み込んで、下方から手を伸ばした。彼の両頬を挟み込んで半ば無理矢理に顔をこちらへ向けると、驚いたような、困ったような、目尻を下げて戸惑うゼノ。今まで合わなかった視線がそこでようやく重なったのだった。

「何度だって言う、私はゼノが好きだよ。好きだから知りたいし、受け止めたい。ねえゼノ、ゼノが何を考えて何を思っているのか、私に教えてよ」

私じゃ頼りないかもしれないけれど。それでも好きな人にそんな顔をしていてほしくない。そうやって、少し怒りながら言う私にゼノは目を丸めて息を呑んだ。
これでもまだ不十分だと言うのなら、まだまだ愛の言葉を伝える準備は出来ている。わからないのならわかるまで伝えれば良いと、もう後に引く姿勢など全て消し去った私にゼノは呆けたようにゆっくりと瞬きをして、次にはへにゃりと崩れるような笑みをようやく浮かべた。それは誰に気兼ねするでもない、私が見たかったゼノの笑顔他ならなくて。
強張っていた身体からゆっくり力を抜くゼノが私の隣へ身体を沈ませてそのまま見つめ合う。それはソファの上が大人2人寝転ぶには少々狭いという理由もあったけれど、鼻と鼻が触れ合うほどの極至近距離でのことだった。


「…やっぱり君には、敵わないな…。敵わないことなんて、とっくにわかってたはずなのにね」
「お願いだから遠くにいかないで。距離、取らないでよ……」
「…ごめんね。ただ俺が怖かっただけなんだ。本当は全然優しくない俺に幻滅して、そのままアンジュが離れて行ってしまったらって思ったら、…もう、どうしようもなくなって」

ゼノはそこで小さく息を吐き、手を伸ばして頬に触れた。そこから伝わってくるのは温かな体温とそれと少しの緊張。溢れんばかりの愛が彼の指先から流れ込んでくる。

「俺、アンジュが好きだよ。誰にも渡したくない。仕事だってわかってはいるけど、…例えば、君が他の守護聖様と一緒にいるとなんでって思っちゃう。本当はこの部屋にだって、俺以外入れないで欲しい」

「…なんてね」そう続けるゼノがすり寄るようにして私の首元へ顔を埋めた。

「わかってるんだ、こんなのただの子供みたいな嫉妬だって。でも、君が俺から離れないっていう確かなものが欲しい。君を誰にも渡したくないんだ……って、言ったらさ、君は……。」

言いづらそうにそこで淀んでしまったゼノの髪の毛を撫で、耳にキスを落とした。突然の私の行動に体を引き目を白黒とさせて、顔を真っ赤にしてこちらを凝視するゼノに私は笑って言う。

「全部あげるよ。ゼノが欲しいもの、私が持ってる物ならなんだって」
「っ、君は……もう…」

ふにゃりと溶けていくゼノの表情が好きだ。
顔を赤くさせながらはにかむ姿も、真剣な眼差しで思いを真っ直ぐにぶつけてくる姿も、意外と頑固な一面があるところも、全部が好きで愛しく思う。ゼノがまだ自分に自信を持てないでいるのなら私がその分たくさん肯定するし、足りないというのなら満ちあふれるほど与えたい。ゼノが笑っていられる世界を作ってあげたいと、心から思うのだ。

「ゼノ。ゼノは私になにを望む?何が欲しいの?」
「あ、はは…もう、アンジュはずるいなぁ」

琥珀の瞳が私を捕らえた。蜂蜜のように甘く絡みつき、バーボンのように私を酔わせる不思議な色の瞳。ゼノが私に与えるものはただひたすらに甘く酔いのする多幸感で、溺れるほど惜しみなく与えられるそれに私はもう、離れられるわけがないというのに。

「守護聖としてじゃなくて一人の男として、君が欲しい。俺は何も持ってないけど…いや違うよね。これから俺はたくさんの誇れるものを手に入れてくから。俺の全てを君にあげるから、君を俺にちょうだい」
「…もちろん」

目を合わせて二人微笑んだ。ゆっくり触れる唇が熱く、慈しむよう味わうように角度を変えて何度も何度も触れ合い絡み合う。穏やかで凪のような幸福感と、燃えるような情欲に窒息してしまいそうで。
深くまで落ちていくようなキスは止めどない愛を与え続ける。その愛に身を任せ溺れていくよう、静かに瞳を閉じた。