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 ここ最近、アンジュの様子がおかしい。
 おかしいと言ってもそれは超微細な変化であり、何が、と聞かれてもはっきりとは答えられないくらいの感覚的な違和感ではあるのだがやはり何かがおかしいのは確実だ。同僚である他の守護聖達にそれとなく「あいつ、なんか最近おかしくね…?」と聞いてみても皆一様に首を傾げるばかりであった事からきっとアンジュの変化に気がついているのはこの俺様くらいなのだろう。まあ首座としては女王候補に限らず周りの微々たる変化もさっとキャッチしてぱっと気がつくのなんて当たり前であり朝飯前ではあるが、それにしたって他の奴らのだらしないことこの上ない。ロレンツォに至っては経験値的にも知識的にも一番に気がつきそうではあるのに「ふむ…興味深いね。なぜそう感じたのか、ユエの考えを聞かせてくれるかい?」なんていつもの呆れるほどの好奇心が俺に向き始める始末だ。なぜ俺に聞くのか、「そんなもん、勘だよ。勘!」と答えたら笑ってどこかへ行ってしまったが、おいロレンツォ、先に質問したのは俺だぞ。何処かに行くならまず俺の質問に答えてから行け!

「ったく。なんなんだよなあ……」
「なにが?」
「女王候補の一大事ってのに皆全然気がつかねえの、だらしねえったらありゃしねえ……って、うわあっ!?アンジュ!?なんでここにっ、」
「なんでって、光のサクリアもらいに来ただけですけど……。もしかして忙しかった?っていうか、何。女王候補の一大事?」

 執務室の扉の前で(一体いつからいたんだ…)アンジュが不思議そうな顔をして俺の返事をただその場で待っていた。
 アンジュが部屋に入ってきたことにも気がつかずに俺はぶつぶつ一人で怪しげに呟いていたのか、と気まずく思わないこともなかったけれど、そもそも誰のせいでこんなに悩んでいるんだっていう話だ。アンジュの脳天気そうな、何も考えていなさそうな顔を見て盛大なため息が漏れるけれど、…いや、まあ、別にこそこそ周りに聞き回らなくたって本人に聞いてみればいい話をややこしくさせていたのは誰でもない俺だったわけで、まあそれがどうってことではないけれど……。と誰に対する言い訳かもわからない事を永遠と一人自分の中で考えていく。自分の顔を見るなり、謎に大きなため息を吐かれたアンジュは「え、なにいまの」と非常に不機嫌そうに眉根を寄せていた。お前、女王候補といえどもうちょっと可愛い顔しろよなあ、と鼻から息を吐く。いや、まあだからって気を遣って笑顔を振りまけっていうわけではないし、今のお互い思ったことを口に出来るフラットな関係が心地よくもないわけではないしな。ああ。まあいいんだそんなことは。

「んで?今回はどれくらいの量のサクリアを……」
「いやいやいやちょっと待って、流石にこの流れでは次に進まないよね?女王候補に一大事?…って私は何もないし、もしかしてレイナに何かあったんじゃ……」
「あー違う違う。そういうことじゃなくてだな、あー……ああ、レイナは至って元気だぜ」

 口にはしないだけで、口の形が既に「は?」となっているアンジュにややこしいことになったとげんなりする。いやだから、別にややこしいっていうか説明すればいいだけの話なんだが、なんというか、…そもそもなんで俺がこんなに気を遣ってんだ?なんだかこうやって一人で悩んで一人であたふたする事が急に面倒に感じられて、唐突に全てを放棄したくなった。
 椅子に腰を落として、肘をつく。その間ただ黙って、怪訝そうに俺の様子を目で追うアンジュに「お前、ちょっとこっちこい」と手招きすればアンジュは黙って俺の言うとおりデスクの前まで寄る。先ほどより距離が縮まってアンジュの様子が近くで見れるようになったことに満足げに頷いてから、最近おかしいと(俺の中で)もっぱら噂の女王候補の姿をしげしげと眺めて見せた。

「……」
「あの。ユエ様は何か私に言いたいことでもあるんですかね」
「……」
「あ!の!」

 やっぱり、ちょっと違うな。初めてこいつと顔を合わせたときを思い出すと、驚くほど違っている。なんていうか、どこにでもいそうな普通の奴だったはずのアンジュが、今ではこんなに輝いている。明らかにきらきらしているのだ。
 これはやはり一大事なのではないだろうか、一体何がここまで変化させるのか自分なりに考えたりバースの特性などを考えてして、結果導かれた答えは…そう、恋だった。人は恋をすると変わるものだ。それはバースに限らずどこの惑星でも同じで、恋をするから我々は繁栄することが出来たわけだし、それがあるからこそ種を保存し受け継いで行く事が出来るのである。なんらおかしいことではない。おかしいことではないのだ。

「お前。好きな奴、出来たんだな」

 自分でそう口にして、驚いた。びっくりするくらい萎びた声だったからだ。掠れて萎びて、今のは誰の声だと一瞬疑った程だ。それはきっと俺だけでなく、俺のことをよく知る目の前の女も同じだったのだろう。驚き呆気にとられたかのように目を丸めて俺をじっと見つめるアンジュに居たたまれない気持ちになる。たまたまだ、今のはたまたま、きっと声帯が準備されていなかったのだ。誤魔化すように咳払いをして喉の調子を整える。どんな答えが返ってこようとも、もう二度と、同じ声は出さない。そうやって切り替える俺に構わずアンジュは少し考える素振りを見せて、またも眉間に皺を寄せたのだった。

「え、出来てないけど」
「……は?」
「好きな奴?え、なんで急にそんな話になったの?女王候補の一大事の話じゃなかったっけ」
「いや、だから…別に一大事ってわけじゃねえけどよ、……いやいやいや、一大事だろ!女王は恋人とは結ばれないんだぜ、一大事以外のなにがあるってんだ」
「あ、確かにそうだったね…。でも私は大丈夫だよ、今のところ誰かを好きになったりとかは無いし、もし誰かを好きになっちゃったらそれはその時に考えるよ」

 それから「はーっ、なんだそんなことかあ」そう言って安堵したように息を吐き笑うアンジュにまるで俺だけその場に置いて行かれたかのような気持ちになる。えっ、なに、別に好きな奴出来たわけじゃなかったのか?俺の導き出した答えは?アンジュが異様にキラキラしている理由は?謎が解決するどころかますます深まったような気もするけれど、笑うアンジュの姿を見ていると、そんなことはもうどうでもいい気がしてきた。いいじゃねえか、キラキラしている女王候補。キラキラの理由が恋であれなんであれ、キラキラすることは悪い事じゃない。

「いいな、お前。かわいいじゃねえか」
「ふふ、ありがとう。にしても上機嫌だね、ユエ」
「ああ、まあな!今夜は気分が良い。多めのサクリア送っておいてやるよ、皆には秘密な」

 嬉しそうに笑って喜ぶアンジュ。さっきまで自分の中で燻っていたのが馬鹿みたいだ。風が通り抜けるようにすがすがしい気持ちでアンジュへひっそりとエールを送る。女王候補に、光あれ。と。




『人は好きな物や興味があるものを見るとき、自然と瞳孔が開いてしまうものなんだよ。瞳孔が開くとどんな風に物が見えると思う?……そうだ、見る物がキラキラ輝いているように見えるんだ。丁度、彼が彼女を視界に入れたときのようにね』