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「はー、今日は久しぶりに皆と話せて楽しかったなー。お腹もいっぱいだし、良い夢見れそう」
「お前らな、なんでそういう楽しそうな事に一番に俺様を誘わないんだよ、寂しいだろうが」
「だから誘ったじゃん。ユエ忙しそうだったし、きちんと仕事が終わってからどうですか?ってお声かけましたけど?」
「は〜〜よく言うぜ、俺が仕事終わりにくたくたになりながらカフェテリア行ってなきゃ声なんて掛けなかったくせによ!あー全然飲み足りねえ。クソ、満ち足りた幸せそうな顔しやがって……」
「皆仕事なんだし、仕方ないよ」

それでも尚、拗ねたような顔をするユエがぶつぶつ文句を言うのを半ば聞き流しながらすっかり暗くなった帰りの道を歩いて行く。ユエの文句もわからないことはないけれど、お開きになってしまった物は仕方ないんだし何より仕事に呼び戻されてしまった守護聖達を思うとやはり管理職は辛いなと思わざるを得ない。
遅れてきたユエが仕事の終わりの一杯を飲み終えるか終えないか、それくらいのタイミングで急遽飲み会メンバーの約半分に仕事の連絡が来たのだ。惑星の一つに不穏な様子有り、と。それぞれ今日の仕事は終えてからの飲み会だったのもあって、プライベートな時間に入り込む仕事の連絡にあまりいい顔はしていなかったけれど、早期の対処を要するということもあって、皆迅速に仕事モードに切り替えていた。なら今日は解散で、と早々にお開きになったのに対して、ご飯を頬張るユエはその口のまま呆然としていたなと思い出す。首座で光の守護聖があんな間抜けな…おっと。あんな呆けた顔をしていいものなのか、少し不安にもなるけれど、まあそこがユエの良いところだし…と未だに文句を言い続けながら隣を歩くユエに苦笑を漏らした。

「また近いうち、みんなでご飯食べようよ。今度はユエも最初から参加でさ」
「ああ、当たり前だ。その時には俺様一押しのメニューを食べさせてやるよ、うますぎて目剥くぜ」
「へえ、それは楽しみだな」

不意に夜風が頬を撫ぜた。上を向くと満天の星空が広がっていて、空の匂いをかぐように肺いっぱいに空気を取り込む。少し冷たい、けれどアルコールで火照った身体には丁度いい澄んだ空気だ。こんな空、バースでは…少なくとも私のいた都会の方では見る事なんて出来なかった。本当に遠いところに来てしまったんだなあ。なんて今更間の否めないことをしみじみと思うけれど、ここへ連れてこられたばかりの時のように、己の身に降りかかった理不尽さに文句を言いたくなるようなことはない。むしろ宇宙の女王になるための試験だなんて、一体どれくらいの人が経験するだろうか。そうやって考えると、私はこの夢のような日々に愛しささえ感じるのだ。

「あんましフラフラしてっと転ぶぞ。ほら、前向いて歩け」
「うん、ありがとう」
「…なんか。お前、変わったよな。なんかいい、良くなった。前よりずっと」

ユエが少しだけ目を丸めて言う。驚いたようなその顔は、一体何に心を揺さぶられたのだろうか。

「そうかな……自分じゃわからないけど、でも大人って辛い事がたくさんあるよね。それでもその分楽しいこともたくさんあるし、何より自由だなあってすごい思うんだ。お酒だって飲めるしね」

不思議だよね、バースじゃそんなことに気がつきもしなかったのに。なんて笑って言う。きっとあの頃の私には余裕が足りなかったんだろうと今では思う。周りの事はおろか、自分のことにも気がつけず、ただ必死に追い立てられるようにして毎日を生きて行くしか出来なかった。今となっては既に過去のことだけれど…いいや、過去のことだとしても気がつくことが出来ただけきっと私は前進していて、そして今の私がいるから過去の私が報われるのだと、そう思うのだ。

「ああ、ほらな。やっぱりだ」
「…?なにがやっぱりなの?」
「いきなりこんなところに連れてこられていきなり女王試験って言われてもさ、俺、お前は変わることなく、ずっとあんな感じなんだろうなって思ってたよ。現実を受け入れ難くって、故郷に帰りたいと願い続け、自分の置かれた理不尽さに腹を立てて。でも大抵の奴がそんな感じだと思う。それは仕方ねえことだってわかってるから、なおさらだ」
「それは……どうだろう。一人だったらそうなってたかもしれないけど、ここにはレイナがいて、サイラスがいて、そしてユエが、他の守護聖達がいたから、私は頑張ろうって思えてるんだと思うんだ」

静かに私の話を聞いてくれるユエがそうか、と頷く。

「まあ、泥酔して契約書にサインしちまったのは自分だけど……うん。それでも、だ。きちんと女王試験に向き合ってる今のお前、すごいよ。すっげえ輝いてる。自分じゃ気がつかないかも知れねえけどさ。眩しいよ、お前」
「あっ、ちょっと…!」

頑張ってて偉いな。そう言ってぶっきらぼうに頭の上に手を置いたかと思うとそのまま髪の毛をかき混ぜるユエの手の平。雑に見えて優しさが垣間見えるその手の動きに一瞬心臓が跳ねるけれど、止まることのなくかき混ぜ続けるその手に慌てて動きを辞めさせようとする。しかしユエは面白そうに笑うだけで、一向に頭から手を離そうとはしなかった。
なんだか、面と向かってこんな風に言われるとちょっと照れる。これだけ派手にかき混ぜられてしまえばきっと髪の毛はぐしゃぐしゃだろう。まあ、もう時間帯は夜で人通りも少ないし、あとは部屋に戻るだけだからいいけどさ。
照れ隠しが半分、あとの半分は恨みがましくも思って、少しむくれた顔をしてユエを睨むけれど、ユエは素知らぬ顔をして未だ頭から手を離さないままに、鼻歌交じりに私の隣をゆったりと歩き続ける。私の頭をすっぽり覆ってしまうほど大きなユエの手のひらは一体何のつもりなんだろう。全く、光の守護聖様は私の頭を肘掛けか何かと勘違いしてるんじゃなかろうか。呆れもしたけれど次第にそんな些細なことはすぐにどうでもよくなるのがアルコールの力というもので、次の瞬間にはユエの鼻歌に釣られるように、そのつたないメロディに合わせて私の歌が夜風に乗っていった。



「送ってくれてありがと、ユエ」
「おー。また酔った勢いで、勝手にどこかで怪しい契約してこられても困るしな。これくらい守護聖として当然の責務だ」
「怪しいって自覚はあったんだ?」
「この俺様が直々に迎えに行ってやったんだ、怪しさなんて全部帳消しだろ。怪しくたってなんだって、あの紙切れ一枚でお前はとんでもねえ幸福と奇跡を手にしたってわけ。なんたってこの俺様がお前を部屋まで送っていってやってるんだからな、ありがたく思えよ」

いつも通りのユエの様子に笑いながらそうだね、と相づちを打つ。ユエも満更でもなさそうにうんうん、と深く頷いてその場で踵を返した。

「ん、じゃあお疲れ。明日寝坊するなよ、女王候補」

お前には期待してるぜ、ユエはそう言って屈託のない笑みを浮かべた。ユエが隣にいてくれれば、私はきっと宇宙の女王にでも、何にでもなれる。ユエの隣にいると、そんな根拠のない自信と安心感が胸に広がっていくのだ。こんなことをユエに言ったらきっと、根拠は俺様の存在だとかよくわからないことを言ってくるんだろうから、わざわざ口にはしないけれど。背を向けて歩き出すユエの後ろ姿におやすみなさい、と言うとユエは顔だけ振り返っておやすみ、と言った。その後ろ姿が見えなくなるまで、私はただじっと彼を見送っていた。