ポツリと鼻頭に水滴が落ちてきた。
おや、と思い空を見上げる。今日の天気は朝からどんよりとしてて重苦しい1日だった。薄暗くぶ厚い雲は今にも降り出しそうで、いや、もう耐えきれず降り出してきたみたいだ。地面に暗いシミを作っていく様を眺め、いかんいかん。今日は傘を持ってきてないんだから本降りになる前に早く帰らなきゃ。
スクールバッグを持ち直して早足で歩き始めた。
*
「いや!降りすぎ!!」
まるでバケツをひっくり返したようだ。豪雨とはこういうことを言うのだろう、ものすごい音を立てて地面に打ち付ける雨から逃げるように、商店街のお店の陰に逃げ込んだ。もう最悪、全身びちょびちょだ。
先週から夏服に切り替わったせいで制服は薄く、さらに雨に濡れたせいでピタリと肌にくっつく。失敗した、カーディガン持ってくるべきだった。ひんやりと冷えていく肌に、この雨いつ止むのかしらと屋根の下から空を覗くが止む気配は見えない。この豪雨で通り雨じゃないとか最悪だよ、とりあえずもう少し落ち着くまで待とうとシャッターに背をくっつけた。
「?」
雨の向こう側から誰かが走ってくる。
私と同じで傘忘れたんだな、頑張れと心の中で応援するもすぐにその人物は目の前までやってきていた。は、はや!ギョッとしながら、肩で息をしてへたり込む、制服からして同じ学校の男子生徒は雨に濡れてびちょびちょ。本当にお互い災難だ。
「うわぁ、この雨はやばいなぁ」
「え?あ、うんやばいね。止むかなぁ」
「うーん、難しい話やなぁ。これはもう少し弱くなったらダッシュするしかないわ」
唐突に話しかけてきた彼はうんざりしたように顔を歪め空を見上げていた。その顔は整っていて、脱色された髪の毛はとても明るい。こんなかっこいい人学校にいたっけ、後輩かな?ちらっと彼の横顔を眺めていると不意に視線が合ってしまった。
「うわぁ、びちょびちょやな。せや、これ使い」
「え…でも…」
「ええから!今度返してくれたらええよ、俺3の2の忍足謙也な」
そう言ってカバンからなにやら取り出して、半ば強引に押し付けてきたものはジャージだった。どこか見覚えのあるそのデザインは確か、テニス部だったかな?受け取ったそのジャージからはいい匂いがする。洗剤の匂いとお家の匂いが混ざっていてきっとこれが忍足くんの匂い。
ありがと、と小さくお礼を言えば人の良い笑みを浮かべる忍足くんに、心臓がきゅうと締め付けられた。なにこれ少女漫画みたい。
「あっあかん、遅刻する!すまんけど先いくな!ほな!」
「えっ、あ!」
ぴゅーーっと雨の中を走って行ってしまった忍足くんの後ろ姿はすぐに雨にかき消され見えなくなった。え、は、はやい。なんていうか、まるで嵐みたいな人だった。残されたジャージだけが今の出来事が夢ではないことを教えてくれる。
ぎゅ、と大きめのジャージを一度胸に抱き忍足くんの名前を口の中で呟いた。
次の日
「お、忍足くん!」
「あっ結城、さん!昨日は大丈夫やった?置いて帰ってもうてすまんかったなぁ」
「え…あっうん。あの後弱くなったの見計らってダッシュで帰ったよ。それよりジャージ、ありがとう」
「そらよかったわ。洗ってくれたんやな、おおきに!」
「いいえ!今日もこの後降るらしいけど傘持ってきた?」
「えっ、ほんまに?わ、忘れた…」
「忘れたの?入ってく?」
「えっ」
「えっ?…あっ、ご、ごめん!つい…」
「い、いや!迷惑やないんやったら、ぜひ…」
「そんな、迷惑なんかじゃないよ!」
「ほな、そんならよろしく、お願いします」
(あれ私昨日名乗ったっけ?)
((梅雨の日の出会い))