どんよりとした天気につい溜息が漏れる。空は曇りじめっと湿った空気はまだ降り出してもいない雨の匂いがした。

「ゆーうつ…」

雨は嫌いだ。テンションが下がるだけでなく心なしか身体も痛い。頭はズキズキと痛むし去年骨折した、いまは完治しているはずの左手も骨が軋むように痛む。それから腰も。なんとも形容しがたいこのむずむずとした痛みは低気圧のものであるのは生まれて18年のも間経験してきたこの身で分かっている。

「ほんま、今日はあかん。さっさと帰らんと死者でる。」

偏頭痛に苦しむ人間がもう一人。
私の隣の席で机にへばりつくように伏している財前に気の毒に眉を寄せる。はたから見ても彼の今日の姿はけして絶好調とは言えないものである。まあ普段から低気圧みたいな顔はしているけれど、明らかに今日の財前は体調が非常に悪そうだ。もはや死にかけと言っても過言ではないだろう。低気圧で人は死ぬのだ。

「まだ授業始まってすらいないんだけど」
「はぁ?こんな天気であと6時間も横になれんってどーいう意味かわかっとんの?」
「私に怒らないでよ」
「俺に死ねって言いたいんか」

そしてそんな隣の財前は天気が悪い日はすこぶる機嫌が悪い。普段もどちらかというと塩対応な彼だけれど流石にここまでの塩…否、もはや八つ当たりに近いものがあるが、いつもはもう少し優しいところだってある。そんな彼を変えるのはこのどんよりとした、見ているだけで気分が悪くなる天気のせいだというのだから本当傍迷惑である。
私だって低気圧には弱い。だから財前の苦しみは分からなくはないし、むしろ痛いほどわかっている。特に今日は、確かにやばいレベルの低気圧だと全身が警報を発しているのは朝起きた時から感じていた。本当は私だってさっさとお家に帰ってあったかいお風呂に浸かってからお布団に包まりたい。ホットミルクでも入れてドラマの続きをぼんやりと見るのだ。あ、ちょっと待って最高じゃない?

「…低気圧で帰れるのかな」
「まだ出席さえ取ってへんけど」
「!」
「帰るなら今やな」

ダルそうに机に伏せる格好のまま、顔だけをこちらに向けて言う財前。数秒見つめあった先には、無言で財前も、私も席から立ち上がっていた。

「まだ授業始まってすらいないんやろ?受けなくてええのか?」
「財前こそ、帰る時間の方が惜しいんじゃない?一日机にへばりついてた方が案外楽かもよ」
「…よう言うな自分。」
「財前こそ。」

売り言葉に買い言葉。ひきつる笑みを浮かべながらスクールバッグを肩にかける。財前も考えていることは同じようで、憎まれ口を叩きながらも鞄を背負ってさっさと歩き始めてしまった。
学校に来てすぐ帰るなんて。こんな不良行動起こしたこともない。教室へ向かう生徒の流れに逆らう財前の後ろ姿を追いかけながら下駄箱を目指す。
予鈴まであと五分とないだろう、遅刻ギリギリに廊下を駆ける生徒たちの逆方向を行く優越感は計り知れなかった。

「どこいくん」
「え?帰らないの?」
「…阿呆か。正門から帰ったら丸見えで先生に止められるんがオチや」
「裏門から行くんですね!」
「ほんま、頭使えや」

一言余計というか、辛辣というか。
それでもきちんと教えてくれる辺り優しさも混じってるんだよなぁ。外履きに履き替えて裏門を目指す財前にバレないよう少し笑う。
初めてクラスメイトと学校をサボった理由は低気圧、だなんておかしいものだ。ドキドキするワードに不釣り合いな言葉が私たちらしくてダルそうに前を歩く財前に、これも青春の1ページか。と 目を細めた。空はどんよりと曇り重たい。降り出してもいないはずの雨の匂いに、もう溜息が漏れることはなかった。

おわり